カテゴリー「天気・気象」の69件の記事

2023年12月30日 (土)

夕焼けで燃え上がる炎雲

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 山の稜線に太陽が沈み始めるころ空と雲が真っ赤に染まっていきます。

夕焼けで真っ赤に染まる空と雲
夕焼けで真っ赤に染まる空と雲

 この日はちょうど山の上部に山の形をした雲がありました。その部分を拡大してみると太陽は右の方にあります。わずかに沈んで下部が隠れています。光芒で山のような雲の稜線が赤く光り出したのですが、まるで山が燃えて炎が出ているように見えました。

炎雲
炎雲

 このような光景はほとんど見たことがありません。夕焼けは大自然がつくりだす芸術ですね。

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2023年12月 5日 (火)

バミューダトライアングルの日(1945年12月5日)

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 魔の三角海域と知られるバミューダトライアングルはフロリダ半島先端、大西洋のプエルトリコ、バミューダ諸島を結ぶ海域のことです。この海域では古くから船舶や航空機が消失する事件が多発しています。それらの事故は原因が科学的に解明できなかったことから超常現象として取りあげられました。特に1974年のチャールズ・ベルリッツ著「The Bermuda Triangle(謎のバミューダ海域)」は世界20か国語に翻訳されてベストセラーとなり、バミューダトライアングルの名とその超常現象が広く知られるようになりました。

魔の三角海域と知られるバミューダトライアングル
魔の三角海域と知られるバミューダトライアングル

 バミューダトライアングルで特に有名となった事件は1945年12月5日にアメリカ海軍のゼネラルモーターズ社製TBMアヴェンジャー雷撃機5機(乗員14名)が訓練飛行中に消息を絶ったフライト19事件です。捜索を行ったマーティン社PBMマリナー飛行艇(乗員13名)も消息を絶ったことから超常現象が起きたのではないかと考えられました。

 海軍の当初の報告書では悪天候とコンパスの故障が重なり飛行隊を率いていた中尉が飛行コースを誤ったと結論づけていますが、中尉の責任となることを避けるため後に「原因不明」と修正されました。このことが超常現象説を増長させることになりました。なお報告書ではPBMマリナー航空機の墜落は空中爆発としています。

 バミューダ島周辺は磁鉄鉱が多く含まれる玄武岩が多くコンパスに影響を与える可能性が指摘されています。また海上竜巻やハリケーンが発生しやすいことも指摘されています。しかしながら、実際にはこの海域が特別に遭難事故が多いというわけでもありません。バミューダトライアングルで起きた事故が超常現象と関連づけられるようになり遭難が多発する地帯と誤認されるようになりました。

 フライト19事件が発生した12月5日は「バミューダトライアングルの日」とされています。なおフライト19の飛行隊は1977年に公開されたスティーブン・スピルバーグ監督のSF映画「未知との遭遇」の冒頭に登場します。飛行隊はソノラ砂漠で燃料タンクが満タンで無傷の状態で発見され、地球外生命体の仕業であったことが示唆されます。映画のエンディングシーンでは乗組員たちがエイリアンの母船から地球に帰還します。

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空飛円盤記念日 ケネス・アーノルド事件(1947年6月24日)

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2023年7月 7日 (金)

七夕と夏の大三角形(7月7日)

 七夕はアジアの多くので行われる伝統的な年中行事です。旧暦の7月7日に行われ日本では「七夕」または「七夕祭り」と呼ばれます。

 七夕は古代中国の織女(織姫)と牽牛(彦星)の伝説に由来しています。織女は天帝の娘で機織り職人、織女は牛飼いでした。織女の婿を探していた天帝は牽牛が気に入り2人を引き合わせます。めでたく2人は仲の良い夫婦となりました。ところが夫婦は仕事をそっちのけでいつも2人で談笑 ばかりするようになりました。天帝が注意しても2人は改めようとしません。ついに天帝の怒りに触れ、天帝は2人を引き離してしまいました。あまりの悲しさで落胆する織姫のために、天帝は2人が真面目に仕事をするのであれば1年に1度、7月7日に会うことを許しました。

 この伝説は天の川と星座から生まれた物語に見立てられています。織女と牽牛はそれぞれこと座のベガとわし座のアルタイルです。夏の夜、ベガとアルタイルはちょうど天の川で隔てられた位置に見えます。織女と牽牛が出会うためには天の川を渡らなければなりません。毎年、カササギの群れが現れて羽を広げて天の川を渡す橋となりました。このカササギの橋は鵲橋(しゃくばし、かささぎばし)と呼ばれています。カササギは頭の良い鳥で中国ではいろいろな物語に重要な役柄で登場します。

夏の大三角形
夏の大三角形

 なぜカササギが天の川を渡すのか諸説あります。ここでははくちょう座との関係について説明します。ベガとアルタイルにはくちょう座のデネブを加えた3つの星を繋ぐと大きな三角形になります。これを「夏の大三角形」と呼びます。

 はくちょう座は天の川を大きな翼を広げて飛んでいくように見えます。その翼がベガとアルタイルを繋ぐように見えます。この星座が白鳥であるというのは古代ギリシアの星座に由来しますが、もともとはこの星座は単純に鳥の意味だったそうです。この星座がカササギに見立てられ鵲橋となったという説がありますが、はくちょう座と鵲橋は関係ないという説もあります。

 七夕の物語と夏の大三角形、デネブだけが仲間外れなのでしょうか。ベガとアルタイルとはくちょう座を見ていると鵲橋が織女と牽牛を引き合わせたと思えてしまいます。

【関連記事】七夕と夏の大三角形(7月7日)

 カテゴリー:天文 宇宙

宇宙・天文|今日は何の日 

月と金星と木星がランデブー(2023年2月22日)

皆既月食と天王星の天体ショー(2022年11月8日)

 

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2022年11月23日 (水)

宝永大噴火(1707年11月23日)

 日本最大の活火山である富士山が最後に噴火したのは江戸時代中期の宝永4年(1707年)11月23日の宝永大噴火です。

宝永大噴火は平安時代の延暦の大噴火(800~802年)と貞観の大噴火(864~866年)と並んで富士山の三大噴火のひとつです。噴煙が上空20キロメートルまで昇り100キロメートル先の江戸の町に火山灰が積もるほどの大きな噴火でしたが溶岩が流れ出ることはありませんでした。

 噴火は富士山山頂からではなく東南の斜面で発生し3つの火口ができました。ここに富士山の側火山(寄生火山)である標高2693メートルの宝永山ができました。これにより富士山は肩をもつようになりました。

富士山と宝永山
富士山と宝永山

 この噴火で火山灰が大量に流出し関東一円に大きな被害をもたらしました。被災地の復興には莫大な費用がかかり、幕府は全国の大名に増税し資金調達しました。復興に要する時間も長期に渡り、とりわけ農作物の収穫に大きな影響を及ぼしました。数十年経過しても収量が元に戻らない地域もたくさん存在しました。小田原藩の米の収量が元に戻るまで90年もかかったそうです。また静岡県および神奈川県を流れる酒匂川では火山灰が大量に積もり、以降は長年にわたって大雨のたびに水害が発生しました。この水害は100年も続き本格的な復興工事が始まったのは享保11年(1726年)でした。。復旧にあたったのは徳川吉宗の時代に大岡越前守忠相のもとで働いていた地方巧者の田中休愚でした。

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2022年11月17日 (木)

雲仙岳が水蒸気爆発(1990年11月17日)

 雲仙岳は長崎県の島原半島に存在する火山です。雲仙岳は三峰五岳(普賢岳・国見岳・妙見岳と野岳・九千部岳・矢岳・高岩山・絹笠山)が有名ですが、実際には1990年代の火山活動でできた平成新山をはじめとする大小20以上の山々からから成ります。

 雲仙岳の火山活動は有史以前の約50万年前に始まったと考えられ現在の地形の基礎が形成されたと考えられています。有史以降では島原の乱から26年後の1663年と1792年に噴火しています。1792年の噴火では眉山が崩壊により津波が発生し島原や対岸の肥後に被害を与えた島原大変肥後迷惑と呼ばれる大災害が起きています。その後、噴煙が生じたり大地震が発生したりしましたが大きな火山活動は発生していません。1934年には日本初の国立公園に指定され、1957年にはロープウェイが開業するなど多くの人々が観光に訪れました。

 自分が島原を訪れたのは今から約20年ほど前です。2003年末から知人数人で屋久島を訪れ、年が明けてから九州縦断の旅をしました。屋久島からフェリーで鹿児島に向かい、その後はレンタカーで熊本へ。熊本港から島原港へ向かいました。島原を訪れたのは2004年1月6日です。

 島原港を出て57号線を少し自動車で走り最初に見た風景が火砕流で覆われてしまった水無川です。1990年代の雲仙岳の火山活動は知っていましたが実際に訪れてみて噴火や火砕流の被害がいかに甚大なものだったのかを認識しました。

雲仙岳火砕流跡・水無川(国道57号線から)
雲仙岳火砕流跡・水無川(国道57号線から)

 そのまま57号線を進んで雲仙岳を昇り仁田峠の駐車場に向かいました。ここには標高1333メートルの妙見岳まで昇る雲仙ロープウェイがあります。このロープウェイでは普賢岳(標高1,359メートル)には昇れませんので歩いて普賢岳頂上をめざすことにしました。そして到着したのが下記の写真の山頂です。前方に見える普賢岳より高い山は火山噴火でできた標高1,483メートルの平成新山です。

普賢岳頂上(標高1,359メートル)
普賢岳頂上(標高1,359メートル)

 普賢岳山頂から麓の方を見たのがこの景色です。木々の緑の中に削られた跡が目に飛び込んできました。

普賢岳山頂から火砕流跡をのぞむ
普賢岳山頂から火砕流跡をのぞむ

 1991年に発生した火砕流では40人の尊い命が失われました。木々は焼き尽くされ多くの家が埋もれてしまいました。噴火から10年以上経過しても当時の甚大な被害を想像できましたが、自然はありのままの姿で静寂に佇んでいました。噴火前は雲仙岳が最高峰でしたが、平成新山が高さを増していったそうです。平成新山は国の天然記念物(2004年指定)です。

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ポンペイ最期の日(79年8月24日)

「津波防災の日」と「稲むらの火」(1854年11月5日)

桜島の大正大噴火(1914年1月12日)

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2022年11月 7日 (月)

冬の始まり|立冬(2022年11月7日)

 「冬の気立ち始めて、いよいよ冷ゆれば也」(太玄斎の著書「こよみ便覧」の立冬)。

 冬至は二十四節気の最初の立春から数えて22番目の節です。定気法に従う二十四節気では太陽黄経225度のときで多くは11月7日となり、この日は秋が極まり冬の気配が立ち始める日とされています。23節の小雪の前日までが立冬の期間になります。天文学では太陽黄経225度になった瞬間が立冬となります。

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太陽の日周運動(春分・夏至・秋分・冬至)

 立冬は秋分と冬至の中間でこの日から冬が始まり立春の前日まで続きです。 ただしこれは昼夜の時間を基準とした季節の区分です。北海道や東北を除く多くの地域では11月7日は冬の始まりというよりも秋も大詰めと言ったところです。美しい紅葉が見られるシーズンです。

紅葉シーズン
紅葉シーズン

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冬至とは(2020年12月21日)

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2022年11月 5日 (土)

「津波防災の日」と「稲むらの火」(1854年11月5日)

 2011年3月11日に発生した東日本大震災によって制定された「津波対策の推進に関する法律」において毎年11月5日が「津波防災の日」と定められました。2015年12月には国連総会決議で11月5日は「世界津波の日」となりました。

 東日本大震災で津波が発生したのは2011年3月11日でしたが被害を受けた人をはじめ多くの人々の心情に配慮し3月11日を「津波防災の日」とすることは避けられ11月5日となりました。それでは11月5日に定められたのはどうしてでしょうか。

 実は嘉永7年(1854年)11月5日にマグネチュード8以上、最大震度6強の安政南海地震が発生しました。このとき最大で16メートルを超える大きな津波が発生し南海道・東海道の広範囲で大きな被害を受けました。

 地震が発生したのは午後4時30分頃で間もなく日の入りの時間が迫っていました。紀伊国広村の醤油醸造業濱口儀兵衛家(現:ヤマサ醤油)の七代目濱口儀兵衛を名乗った濱口梧陵はいち早く津波が来襲することを察知し、自身の田の稲藁に火を着けて村人に津波の襲来を知らせました。これによって村人は安全な高台に避難することができ多くの村人の命を救ったのです。

濱口梧陵と稲藁
濱口梧陵と稲藁

 大地震の後に大きな津波がやって来るのは当時も多くの人に知られていましたが、濱口梧陵の行動によって津波の被害を避けるにはいかに迅速に情報を伝えるかが重要であるかが証明されたのです。震災後、濱口梧陵は資材を投じて村の復興と防災対策に取り組みました。この史実によって「津波防災の日」を11月5日に定められたのです。

 濱口梧陵の活躍は小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の1896年の著作「A Living God」で紹介されました。1852年に濱口梧陵が創設した耐久中学校(現:和歌山県立耐久高等学校)卒業生の中井常蔵がこの本を読んで感銘を受け、1934年にこの本を翻訳し「燃ゆる稲むら」として国語教科書の教材公募に応募しました。この作品は国語の教材として採用され「稲むらの火」の物語となり後世に語り継がれることになりました。

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2022年8月 2日 (火)

霧と靄の違い

 霧(きり)と靄(もや)はどちらも空気中に小さな水滴が漂って視界が悪くなる現象です。視界が悪くなるのは光が水滴で散乱して雲のように見えるからです。

 霧と靄の発生原理は同じですが、それぞれがどのように定義されているかというと、霧は1キロメートル先が見えない状態、靄は1キロメートル先が見える状態です。つまり、霧と靄の違いは視界の違いです。霧の方が靄よりも視界が悪いことになります。また霧や靄は地面と接しているものです。地面に接しておらず空中に存在する場合は雲と呼びます。なお英語では霧は「fog」で靄は「mist」になります。ちなみに霞がかかっている状態は「haze」です。

霧・靄のかかった街
霧・靄のかかった街

 霧の街で有名なのはサンフランシスコです。サンフランシスコでは夏に霧や靄が発生しやすくなります。夏の暑い日に湾内に水温の低い寒流が流れこむと霧が発生します。

The Crazy San Francisco Fog

【関連記事】霧と靄の違い

光化学スモッグの日(1970年7月18日)

オゾン層からオゾンが落ちてこない理由

飛行機雲はどうしてできるのか?

霧笛記念日(1879年12月20日)

フランクリンが凧揚げの実験を行った日(1752年6月15日)

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2022年7月24日 (日)

飛行機雲はどうしてできるのか?

 澄み切った青空を突き抜けていく飛行機雲。まるで飛行機が白い煙を吐き出しながら飛んでいるようですが、飛行機雲は空に浮かぶ雲と同じものです。どうして飛行機が飛んだ跡に雲が現れるのでしょうか。

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飛行機雲

 飛行機雲ができるしくみを考える前に空に雲ができる理由を考えてみましょう。空に浮かぶ雲の正体は細かい水や氷の粒です。それらはもともと地上や海上で蒸発した水、水蒸気です。

 空気は暖かいほどたくさんの水蒸気を含むことができますが暖かい空気は軽いので上空へと昇っていきます。気温は高さが100メートル上がるごとに1 ℃づつ低くなります。上空へ昇る空気はどんどん冷やされます。冷蔵庫に霜ができるのと同じように、空気に含まれていた水蒸気は水蒸気の形ではいられなくなり、細かい水や氷の粒になります。これが雲の正体です。

空に立ち上る雲<
空に立ち上る雲

 飛行機雲は雲がひとつもない空でも飛行機が飛んだだけでできます。空に雲がないということとは、上空の空気に含まれた水蒸気が水蒸気の形でいられるということです。飛行機雲が空に浮かぶ雲と同じなら、飛行機雲も細かい水や氷の粒でできているはずです。空に雲がないのにどうして飛行機が飛んだ跡に雲ができるのでしょうか。

 飛行機雲を良く観察してみると、飛行機雲が飛行機の主翼のエンジンから出ているのが分かります。エンジンから出る排気ガスには水蒸気が含まれています。飛行機が飛ぶのは高度1万メートルの高さですが、その気温は真夏でもマイナス60 ℃ぐらいになります。飛行機のエンジンから出た排気ガスはあっという間に冷やされて、排気ガス中の水蒸気は細かい水や氷の粒になります。これが飛行機雲として見えるのです。

 このため飛行機雲はエンジンの本数だけできることになります。ですから、エンジンが2基の飛行機は次の写真のように飛行機雲が2本できます。

エンジン2基の飛行機の飛行機雲
エンジン2基の飛行機の飛行機雲

 エンジンが4基の飛行機は飛行機雲が4本できます。

エンジン2基の飛行機の飛行機雲
エンジン4基の飛行機の飛行機雲 

 ところで、飛行機雲を出していない飛行機が飛んでいるのを見たこともあるでしょう。

飛行機雲を出していない飛行機
飛行機雲を出していない飛行機

 飛行機雲が生じないということは、飛行機の排気ガスに含まれている水蒸気が、水や氷の粒にならずに、水蒸気のままで空気中に存在できるということです。どのようなときに、そのような状態になるかというと、上空の空気に含まれる水蒸気の量が少ないときです。逆に、飛行機雲がなかなか消えないときは、上空の空気に水蒸気がたくさん含まれていて、飛行機雲の水や氷の粒がそのまま残っている状態です。

 飛行機雲がすぐに消える場合には快晴の日が続き、飛行機雲がなかなか消えない場合は天気が崩れる可能性があります。

 アクロバット飛行機が飛行機雲を吐き出しながら飛んでいるところを見たことがあると思います。この飛行機雲は上述の「雲」ではなく、油をエンジンの排気熱を利用して気化した油が上空で冷やされて白い煙となったものです。ですから、これはスモークで飛行機雲ではないのですが、広義で飛行機雲と呼ばれています。人為的に作っているため、飛行機雲を出したり、止めたりすることができるのです。また、油に染料を混ぜると色のついた飛行機雲を作ることができます。

 次の写真は1964年の東京オリンピックの開会式で航空自衛隊のブルーインパルスが飛行機雲で作った五輪のマークです。

ブルーインパルスによる五輪マーク(1964年東京オリンピック開会式)AIカラー
ブルーインパルスによる五輪マーク(1964年東京オリンピック開会式)

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2022年3月23日 (水)

なごり雪と桜のつぼみ

 春分も過ぎ3月も後半になり暖かくなってきましたが昨日(21日)は思いがけなく雪が降ってきました。春雪は「なごり雪」とも言いますが、なんだか本格的に降って積もり始めました。この辺りはそろそろ桜の開花の時期ですが、この雪で桜のつぼみも縮こまってしまった感じもします。

なごり雪と桜のつぼみ(2021年3月21日)
なごり雪と桜のつぼみ(2021年3月21日)

 桜の開花は気温の積算と寒暖差が関係しています。これからますます暖かくなってくるので桜の開花は間もなくです。今週末はカメラを片手に近くの公園に花見にでも出かけてみよう。

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梅は咲いたか桜はまだかいな?

矢口桃(ヤグチモモ)の赤花

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