カテゴリー「化学」の65件の記事

2022年9月 2日 (金)

図解入門よくわかる最新プラスチックの仕組みとはたらき[第4版]

図解入門よくわかる最新プラスチックの仕組みとはたらき[第4版]

秀和システム 桑嶋幹・木原伸浩・工藤保広

 久しぶりに書籍の紹介です。この本は書籍としては新刊ですが、初版2005年7月、第2版2011年9月、第3版2019年9月と内容が更新され続けています。今回出版されたのは第4版です。

 ここ数年でプラスチックを取り巻く環境は大きく変化しています。プラスチックの自然環境や資源問題への影響が注目され、新たな法整備も進みました。

 この本はプラスチックの基礎(第1章)・合成(第2章)・用途(第3章、第4章)・新技術(第5章)・環境問題(第6章)について最新の情報が網羅されている入門書です。プラスチックの合成方法の解説では難しい化学式を使わずに様々な重合を解説しています。プラスチックの利用や環境問題に関わる統計データも最新のものに更新されています。

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 私たちの身の回りには、日用品や家電品、自動車や飛行機などプラスチックが使われているものがたくさんあります。ところがプラスチックをどうやって作るのかなどその詳細は、あまり知られていません。本書は、プラスチック(合成樹脂)の種類や特性、用途などをやさしく解説した入門書の第4版です。新しく施行された「プラスチック資源循環促進法」やSDGsに対応した、新しい生産・分解技術についての解説を追加しました。


目次

はじめに

第1章 プラスチックとは何か

1-01 プラスチックを探してみよう
1-02 そもそもプラスチックとは
1-03 人類とプラスチックの関わり合い
1-04 プラスチックの発展(合成樹脂の利用)
1-05 プラスチックはどのような物質か
1-06 プラスチックの種類と性質
1-07 プラスチックの見分け方(用途や品質表示)
1-08 プラスチックの見分け方(化学分析)
1-09 広がるプラスチックの利用

第2章プラスチックができるまで

2-01 プラスチックのもと(モノマーとポリマー)
2-02 手をつなぎ変えながら伸びていく重合(付加重合) 
2-03 手をつないで伸びていく重合(縮合重合)
2-04 どうすれば長くなるか
2-05 プラスチックの性質を決める(分子間相互作用の重要性)
2-06 2種類以上のモノマーやポリマーを使う(共重合とポリマーアロイ)
2-07 プラスチックに形を与える(成型)
2-08 熱による成型方法いろいろ
2-09 融けないプラスチックを作る(架橋)
2-10 ゴムとエラストマー
2-11 樹脂
2-12 プラスチックの大部分はプラスチックではない!
2-13 発泡体

第3章 私たちの暮らしとプラスチック

3-01 家庭用品には汎用樹脂が活躍
3-02 文具では用途に合わせて様々な素材が活躍
3-03 家電製品はメンテナンスが少なくてすむ素材が活躍
3-04 包装はプラスチックの最も大きな利用先 
3-05 衣料には適度な強度と肌触りが大事(合成繊維)
3-06 軽くて高機能なメガネ、コンタクトレンズ
3-07 錆びない材料で維持しやすい住居
3-08 スポーツ、レジャーでは軽くて強い素材が活躍
3-09 子どもが安心して遊べる素材を
3-10 携帯電話、スマホ、タブレットにもプラスチックを幅広く活用

第4章 産業で活躍するプラスチック

4-01 自動車では内装からエンジンルームまで幅広く使用
4-02 鉄道車両とプラスチック
4-03 駆体は鋼板から繊維強化プラスチックへ(船舶、航空機)
4-04 スポーツ施設で活躍するプラスチック
4-05 実は軽くて強い発泡スチロール(土木) 
4-06 季節に関わらず様々な食材を得るために(農業、水産業)
4-07 風雨などから素材を守る(塗料)
4-08 飛行機の構造材から付箋紙まで様々なものを結ぶ(接着剤)
4-09 自然エネルギー利用で活躍するプラスチック(風力発電、太陽光発電)
4-10 電子回路を使用した製品で活躍するプラスチック
4-11 医療用器具で幅広く使用されるプラスチック

第5章 進化するプラスチック

5-01 光とプラスチック(透明性と光応答性)
5-02 音とプラスチック(防音と発音)
5-03 包装を変えたプラスチック(食品はもう腐らない)
5-04 医療を変えたプラスチック(衛生と生体適合性)
5-05 微生物や光で分解するプラスチック(分解性材料)
5-06 プラスチックによる構造材料(強力なだけではなく)
5-07 電気と磁気とエネルギーとプラスチック
5-08 薄皮 1 枚で分ける(膜分離)
5-09 プラスチックを印刷する(3D プリンター)

第6章 プラスチックの課題と私たちの生活

6-01 プラスチックがもたらすもの
6-02 プラスチックの安全性
6-03 プラスチックと資源問題
6-04 プラスチックと環境問題
6-05 プラスチックとごみ問題
6-06 プラスチックのリサイクル
6-07 容器包装リサイクル法とは
6-08 ペットボトルのリサイクル
6-09 科学と技術でプラスチックの課題を解決することができるか 
6-10 持続可能な社会とは
6-11 心豊かで快適な暮らしを続けるために

索引 
参考文献

コラム

・目的によって作り出される複合材料
・高分子の概念を提唱したヘルマン・シュタウディンガー
・レゾール型とノボラック型のフェノール樹脂
・赤外分光法 
・超高分子量ポリエチレンとゲル紡糸法
・ポリマーアロイがもたらしたエンジニアリングプラスチック、PPE
・アクリルとは
・架橋と紙おむつ
・フッ素樹脂で加工した調理器具
・プラスチックと金属の表面の違い
・不織布マスクにもプラスチックが活用されています
・プラスチックボディの車?旧東ドイツのトラバント 
・接着剤による接着の仕組み
・太陽電池(PN 接合型太陽電池と色素増感太陽電池)
・高分子圧電材料
・プラスチックによる電線の被覆
・インテリジェント材料
・レジ袋に使われている原油の量
・洗濯バサミがバラバラに崩れる理由は?
・二酸化炭素からプラスチックの合成
・ゴミ収集車
・有害廃棄物の国境を越える移動及びその処分の規制に関するバーゼル条約 
・生分解性プラスチックは環境にやさしいと言えるか? 

出版社 :秀和システム; 第4版 (2022/8/31)
発売日 :2022/8/31
言語  :日本語
単行本 :318ページ
ISBN-10:4798068292
ISBN-13:978-4798068299
寸法  :14.8 x 2.3 x 21 cm

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2022年7月25日 (月)

うま味調味料の日(1908年7月25日)

 うま味調味料の主成分がL-グルタミン酸ナトリウムであることを突き止めたのは日本の化学者の池田菊苗博士です。子どもの頃から昆布だしに興味を持っていた池田博士は1907年にそれまで知られていた「甘味」「酸味」「塩味」「苦味」の他にも味があると考えそれを「うま味」と名付けて研究を始めました。

 池田博士は大量の昆布を買い込み妻の貞は博士に協力し昆布を刻みました。池田博士は貞が刻んだ昆布を茹でて煮汁からL-グルタミン酸ナトリウムを単離しました。得られたL-グルタミン酸ナトリウムの量は乾燥昆布12キログラムからわずか30グラムでした。なおグルタミン酸自体は1866年にドイツのリットハウゼンが発見した物質でよく知られていました。

 池田博士は1908年4月24日に「グルタミン酸を主要成分とする調味料製造法」の特許を出願しました。そして同年7月25日に特許が登録されました。この特許取得を記念し日本うま味調味料協会は7月25日を「うま味調味料の日」と制定しました。

 池田博士が単離したうま味成分は鈴木製薬所(代表:鈴木三郎助)が製造販売することになり、1909年5月20日に「味の素」として売り出されました。鈴木製薬所は1912年に鈴木商店、1932年に 味の素本舗 株式会社鈴木商店、1943年に大日本化学工業株式会社と名称変更し、1946年に味の素株式会社となりました。

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池田菊苗博士と味の素

 昔から味覚には「甘味」「酸味」「塩味」「苦味」があると考えられていました。「うま味」が本当に味覚として存在するかどうかは長らくわからなかったのですが、舌の味蕾の細胞にグルタミン酸受容体が発見されたことから味覚として認められました。グルタミン酸受容体が発見されたのは2000年で「味の素」の販売開始から90年以上も後のことでした。

 なお鰹節のイノシン酸がうま味成分であることを突き止めた小玉新太郎は池田博士の優秀な弟子の1人でした。シイタケのグアニル酸が旨味成分であることを突き止めたのはヤマサ研究所の国中明です。

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2022年7月18日 (月)

光化学スモッグの日(1970年7月18日)

 1970年7月18日、東京の空は白っぽく霞がかっていました。杉並区の東京立正中学校・高等学校のグランドで体育の授業を受けていた生徒43名が突然眼の痛みや喉の痛みなどの健康被害を訴えました。東京都公害研究所(現:東京都環境科学研究所)が調査したところ原因は大気中の化学物質によるものであることがわかり、太陽光に含まれる紫外線で窒素酸化物(NOx)が有毒な光化学オキシダントに変化して光化学スモッグが生じていたことがわかりました。光化学スモッグはこれ以前にも発生していましたがこの事件によって広く知られるようになったことから1970年7月18日は「光化学スモッグの日」とされています。

 光化学スモッグは5月から9月の午前10時から午後5時ぐらいにかけて日射が強い・気温が高い・風が弱いなどの気象条件が重なったときに生じます。スモッグは煙(スモーク、smoke)と霧(フォッグ、fog)を合わせた言葉で、工場や自動車の排煙の粒子が核となって霧が発生じている状態です。スモッグには排出された石炭の微粒子や二酸化硫黄など有害な化学物質を含むロンドン型スモッグと、排出された物質が紫外線で光化学反応を起こしてさらに有害物質を生成するロサンゼルス型スモッグがあります。ロンドン型スモッグでは大気中に黒いスモッグが発生し、ロサンゼルス型スモッグは白いスモッグが発生します。光化学スモッグはロサンゼルス型スモッグのことです。

光化学スモッグで白く霞がかった街
光化学スモッグで白く霞がかった街

 ロンドン型スモッグはイギリスの産業革命以降に発生するようになったスモッグですがロサンゼルス型スモッグは1940年代に米国のロサンゼルスで発生したものです。ロサンゼルスの地形は盆地であり大気が滞留しやすい土地柄です。人口増加に伴って産業が発展し自動車が増加したことで大気汚染が発生するようになりました。ロンドン型スモッグは排煙などの規制により改善されましたが、1943年9月8日に高濃度のスモッグが発生し多数の人々が眼や喉の刺激を受けるなどの健康被害に遭いました。調査の結果、工場や自動車から排出される窒素酸化物および光化学反応性の高い炭化水素が紫外線のエネルギーを受けて光化学反応を起こしその結果生じた有害な大気汚染物質が原因で発生すした光化学スモッグであることがわかりました。この大気汚染物質を光化学オキシダントといいます。オキシダントは大気中に存在する酸化力の強い物質の総称でオゾン、硝酸ペルオキシアセチル、二酸化窒素、過酸化物などがあります。光化学オキシダントはオキシダントから二酸化窒素を除いたものと規定されています。

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2022年6月18日 (土)

【おもしろ映像】消える水・高吸水性高分子を使ったマジック 

 コップを3つ用意し1つに水を入れます。コップの水を別のコップに移し替えてコップをシャッフルし、どのコップに水が入っているのか当ててもらいます。すべてのコップをひっくり返しても水は出てきません。いったい水はどこに行ってしまったのでしょう。

 定番のマジックですが最後に透明なコップで種明かしをしてくれています。実はコップの中には水を吸収する高吸水性高分子の粉が入れてあったのです。

 コップの中が見えないだけで不思議に見えてしまいます。マジックのな~んだというトリックとそのトリックが起こす現象の不思議さ実感することができます。

Science Magic 1 - Vanishing Water

 

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2022年5月28日 (土)

両国川開き|隅田川花火大会の始まり(1733年5月28日)

 萬治2年(1659年)、大和国の篠原村から火薬を扱うことができる弥兵衛という人物が江戸に出てきました。弥兵衛は江戸に出てくると植物の葦の中空の茎の中に火薬を入れた花火を自作しました。当時の江戸の人たちは線香花火や鼠花火を楽しんでいましたが弥兵衛の花火は派手な火を出すことからたちまち人気となりました。弥兵衛は両国横山町に屋号「鍵屋」の花火屋を開きました。

 当時の江戸では花火が原因による火事が耐えなかったため町中での花火の禁止令がたびたび出されました。慶安元年(1648年)の禁止令では花火が許可されたのは隅田川のみでした、寛文5年(1665年)、寛文10年(1670年)にも花火禁止令が出され江戸では花火が行われなくなりました。

 そのような中でも弥兵衛は鍵屋で花火の研究開発を進め、より大型で高く打ち上がる花火を作り出しました。正徳元年(1711年)には江戸幕府第6代将軍の徳川家宣の命で鍵屋が隅田川で流星を打ち上げています。

 現在、東京の夏の風物詩として行われている隅田川花火大会 は両国川開きが始まりです。両国川開きは江戸の火除けの地として造成された両国橋のたもとの広場などに夜店や屋台の出店が許可された期間(旧暦5月28日~8月28日)の初日のことです。両国川開きは江戸の夏の始まりを告げる納涼祭で川にはたくさんの屋台船が出ました。

 享保18年(1733年)5月28日(新暦1733年7月9日)の両国開きで鍵屋6代目弥兵衛が打ち上げ花火と仕掛け花火を打ち上げました。大飢饉や疫病による死者供養と災厄除去を祈願しての花火の打ち上げとされています。これが「隅田川花火大会 」の始まりとなりました。

 隅田川花火大会 はしばらくの間は鍵屋が打ち上げを行いましたが、1808年に鍵屋番頭の清七(玉屋市兵衛)が暖簾分けし玉屋を創業しました。鍵屋と玉屋の名前の由来はお稲荷さんの2匹の狐がそれぞれ鍵と玉をくわえていることに由来します。 これ以降は鍵屋と玉屋が打ち上げを担当するようになりました。

 隅田川花火大会では鍵屋と玉屋は異なる場所から花火を打ち上げたため、観客は打ち上げられた花火がどちらの花火屋のものか判断することができました。打ち上がった双方の花火を見て「たまや~」「かぎや~」と声がかけられるようになりました。

歌川広重「名所江戸百景」両国花火
歌川広重「名所江戸百景」両国花火

 玉屋の花火はずいぶん人気になりましたが、天保14年(1843年)に火事を出し町を半丁ほど焼失させてしまいました。またその日が江戸幕府11代将軍の徳川家慶の日光東照宮の参詣の日だったこともあり厳しい処罰がなされ玉屋は財産没収、市兵衛は江戸から追放されてしまいました。これによって市兵衛の玉屋は1代で断絶してしまいました。

 一方の鍵屋は初代弥兵衛から続く株式会社宗家花火鍵屋として現在も花火の打ち上げをしています。現在、当たり前のように打ち上げられる同心円状に開く花火は鍵屋10代目弥兵衛が明治7年に開発し世に広く知らしめたものです。

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2022年5月 3日 (火)

【おもしろ映像】ガスライターの火がつく瞬間

 ガスライターに火がつく瞬間をハイスピードカメラで撮影した映像です。発火石から出た火花がガスに着火して炎となります。その瞬間がハイスピードカメラでしっかりと捉えられています。 火花がなくなる頃に炎が出でいることがわかります。

Slow Motion Lighter

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2022年3月21日 (月)

通産省がPCBの生産使用禁止を通達(1972年3月21日)

 PCBとはポリ塩化ビフェニル(Polychlorinated biphenyl)という化学物質のことです。PCBは2つのベンゼン環がつながった「ビフェニル」の水素原子の1つ以上が塩素原子に置き換わった構造をしており、広い意味ではダイオキシンの一種とされています。

PCB(ポリ塩化ビフェニル)の化学構造
PCB(ポリ塩化ビフェニル)の化学構造

 PCBは1881年にドイツで開発され1929年にアメリカで工業的な製造が始まりました。日本でも1954年に製造されるようになりました。PCBは耐熱性や絶縁性に優れているためので、トランス(変圧器)やコンデンサの電気機器の絶縁油などに使用されました。トランスやコンデンサは工場などの大掛かりな機械の他、蛍光灯、テレビ、電子レンジなど家電製品にも使われていました。また、熱によって分解されにくいため、いろいろな機械の加熱・冷却用の油にも使用されていました。

 PCB非常に幅広い分野で使用されるようになりましたが、毒性が高く1968年に「カネミ油症事件」が起きました。福岡県のカネミ倉庫株式会社で製造された米ぬか油を食べた人たちの身体に異常が発生したのです。皮膚が黒くなったり、肝臓が働かなくなったり、手足のしびれが起きるなどしました。原因は米ぬか油の製造ラインで脱臭工程の熱媒体として用いられていたPCBやPCDF(ポリ塩化ジベンゾフラン)が米ぬか油に混入していたからでした。この事件によってPCBの問題が注目されるようになり、当時の通商産業省は1972年3月21日にPCBの生産・使用禁止の通達を出しました。

 PCBは国内では使用されなくなってもう30年以上経ちます。PCBに対する人々の意識は薄れてきていますが、回収されていない製品が未だに存在しています。また過去に廃棄されたものから漏れ出したPCBが土壌や水質を汚染し、PCBが生物の体内に蓄積されて害を及ぼす可能性も指摘されています。

 世界的には2028年までにPCBを全廃しようというPOPs条約が2001年に成立しています。未だにPCBを含む電気機器が見つかったり、回収されたPCBの処分が遅れたりするなどの問題があります。2028年に向けてPCB問題は再び注目されるようになるでしょう。そういう意味では30年経過した現在においてPCB問題は古くて新しい問題と言えそうです。

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2022年3月 6日 (日)

メンデレーエフが周期律表を発表(1869年3月6日)

 19世紀初めにドルトンが原子論を発表すると科学者たちは競って新しい元素の発見に取り組むようになりました。そして元素が発見されていくにつれて多くの科学者は元素がその性質によって分類できるのではないかと考えるようになりました。

 1864年、イギリスのジョン・ニューランズは、元素を原子量の順に並べて行くとまるでドレミの音階のように8番ごとに性質が良く似た元素が現れることに気がつきました。ニューランズはこれを「オクターヴ説」として発表しましたが大きな原子量の元素には当てはまらなかったため支持されませんでした。

 1860年代初めにヨーロッパに留学していたロシアのドミトリ・メンデレーエフは留学後にロシア濾紙のペテルブルグ大学で化学の教授となりました。執筆中の化学の教科者で元素をどのように説明するか考えていました。そして当時発見されていた63種類の元素について同じ原子価の元素を原子量の順に並べるとよく似た性質の元素が周期的に現れることを見い出しました。

メンデレーエフはこれを表にまとめ1869年の3月6日にロシア化学学会で「Соотношение свойств с атомным весом элементов(元素の性質と原子量の関係)」と題した発表をしました。メデレーフの発表はロシア語、ドイツ語、英語の専門誌に掲載されました。

メンデレーエフと1869年に作成された周期表
メンデレーエフと1869年に作成された周期表

 他にもたくさんの科学者が「元素は同じ性質の元素が周期的に現れる」ことを示し周期表を作りましたが、現在ではメンデレーエフが周期表の発明者とされています。それは多くの科学者達が既知の元素に対してのみ周期表を作成したのに対して、メンデレーエフは周期表に元素を割りてるにあたって対応する元素が存在しない場合はそこに未知の元素があると予言したからです。その後、それらの場所に入る元素が発見されていきメンデレーエフの周期表の正しさが実証されたのです。

 現在では、100種類を超える元素が発見されておりメンデレーエフの周期表の修正もありましたが基本的にはメンデレーエフの周期表が受けつがれています。元素の周期表には、元素の性質に関するたくさんの情報が示されており、また後に原子の構造や化学反応の基礎研究や新しい物質の開発などに大いに役立ったのは言うまでもありません。

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2022年2月12日 (土)

ペニシリンの臨床実験が行われる(1941年2月12日)

 1928年、スコットランドの細菌学者アレクサンダー・フレミングはブドウ球菌をペトリ皿で培養中にアオカビが混入し、カビの周囲で細菌の生育が阻害されていることを発見しました。フレミングは追試を行い確かにアオカビが細菌の生育を阻害することを突き止めました。その物質を突き止めることはできませんでしたがこれをアオカビ(Penicillium notatum)の名称からペニシリンと名付けました。

 フレミングの発見からしばらくの間はペニシリンがどのような物質がわかりませんでした。1940年にオックスフォード大学の細菌学者ハワード・ウォルター・フローリーと生化学者エルンスト・ボリス・チェーンがアオカビからペニシリンを単離することに成功し、ペニシリンが1つの物質ではなく混合物であることを発見しその化学組成を突き止めました。その後、フローリーの部下だった生化学者ノーマン・ヒートリーがマウスを使ってペニシリンの効果を確かめました。

 当時ペニシリンの構造がわかっていなかったため人工的に合成することはできませんでした。アオカビから得られる天然のペニシリンは量が少なく大量生産ができませんでした。そのためヒトの臨床実験にはペニシリンが足りませんでした。ヒートリーはアオカビを培養する方法を考案し臨床実験ができる量のペニシリンを確保しました。

 1940年12月、警察官のアルバート・アレキサンダーは誤ってバラのトゲで顔を怪我し細菌に感染し敗血症となりました。サルファ剤を投与するなど従来の治療を施しましたが全く効きませんでした。ペニシリンの副作用が懸念されましたが、アレキサンダーが瀕死の重傷で末期状態であったため1941年2月12日にペニシリンが投与されました。これがペニシリンの臨場実験となりました。アレキサンダーの体温は下がり、食欲も回復、感染症も治り始めました。しかしながら、ペニシリンの量が不足していたためアレキサンダーは再発し亡くなりました。

 第二次世界大戦中のイギリスではペニシリンの大量生産は難しく、米国のロックフェラー財団と微生物学者アンドリュー・J・モイヤーがペニシリンの工業的な生産方法を確立しました。これによってペニシリンは第二次世界大戦で負傷した多くの兵士の命を救いました。

 1945年、ペニシリンの功績によりフレミング、フローリー、チェインの3人がノーベル生理医学賞を受賞しました。受賞者に3人の制限があったため研究の多くを手がけたヒートリーはノーベル賞を受賞できませんでした。

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左からフレミング・フローリー・チェイン・ヒートリー

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2022年2月 1日 (火)

ミルクティーは紅茶が先かミルクが先か

 ミルクティーを作るときに「紅茶とミルクのどちらを先に入れるか」という議論があります。この議論については、2003年6月に英国王位化学協会(The Royal Society of Chemistry)が「How tomake a Perfect Cup of Tea」という論文を発表していて「ミルクを先に注ぐべし」と結論づけています。

ミルクティーは紅茶が先かミルクが先か
ミルクティーは紅茶が先かミルクが先か

 その理由として牛乳のタンパク質の変質があげられています。熱い紅茶に牛乳を注いだ方が冷たい牛乳に紅茶を注いだときよりも、牛乳のタンパク質が変質しやすいことがあげられています。牛乳のタンパク質のほとんどはガゼインと呼ばれる物質ですが、その他、乳清タンパク質が微量ながら含まれています。ガゼインは熱に強いのですが乳清タンパク質は熱に弱く熱をかけると変質して固まります。

 牛乳に含まれる乳清タンパク質は微量なので沈澱は生じませんがありませんが変質はするでしょう。また、牛乳は温度が高くなると皮膜ができます。これをラムスデン現象と呼びますが牛乳中のタンパク質に脂肪が付着したものと考えられています。

 いずれにしろ、ミルクティーの場合は牛乳に含まれるタンパク質の変質があるので、カップにミルクを先に入れ、ミルクに紅茶を注ぐ作り方が推奨されたようです。なぜ王位協会がこの調査に乗り出したのか・・・・イギリスではミルクティーは歴史的権威のある伝統的な飲み物だからではないでしょうか。

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