カテゴリー「物理」の48件の記事

2021年3月 1日 (月)

アンリ・ベクレルが放射線を発見(1896年3月1日)

 ドイツの物理学者ヴィルヘルム・レントゲンがエックス線を発見したのは1895年のことでした(夜明け前「エックス線の発見(1895年11月8日)」)。レントゲンの論文を読んだフランスの物理学者アンリ・ベクレルはエックス線が蛍光を生じるのであれば、蛍光物質もエックス線を生じるではないかと考え、蛍光物質とエックス線の関係を調べる実験に着手しました。

 1896年2月、ベクレルは強い隣光を出すウラン化合物を2枚の非常に厚い黒紙に包んで遮光した写真乾板の上におき数日間日光をあてたところ、写真乾板が感光していることを発見しました。そして、27日にフランス科学アカデミーにおいて、ウラン化合物から写真乾板を感光させるXエックス線のような光線が出ていることを報告しました。このとき、ベクレルはこの現象は日光やウラン化合物が出す燐光と関係があるのではないかと考えていました。

 ベクレルは追試のため前述と同じ写真乾板を準備しました。しかし、天候が悪い日が続いて実験が出来ないため、写真乾板を黒い紙で包み、紙の上にウラン化合物とマルタ十字の形をした文鎮を重しとして乗せて机の引き出しにしまっておきました。

 1896年3月1日、ベクレルは、この写真乾板にマルタ十字が写っていることを発見しました。このことから、ベクレルは写真乾板の感光には日光や燐光は関係しておらず、ウラン化合物から出たエックス線と似た光線によるものと考えました。そして、その光線について、エックス線の実験のような特別な装置を使っておらずウラン化合物自身から直接出ていることからエックス線とは違うものと考え、ベクレル線と名付けました。その後、この放射線はエックス線と同様に空気を電離することがわかりました。このウラン化合物は放射能を持つ放射性物質であり、ベクレル線とはウラン化合物から出ている放射線だったのです。

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ベクレルとウラン化合物で感光した写真乾板(下側にマルタ十字)

 キューリー夫妻がラジウムを発見したのは、このベクレルの発表に関心を持ちベクレル線を出す物質の研究を続けた成果とされています。その後も放射性物質の研究を続けたベクレルは、キューリー夫妻とともに1903年ノーベル賞を受賞しています。

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2021年2月 8日 (月)

郵便マークの日(1887年2月8日)

 郵便でおなじみの「〒」は郵便記号または郵便マークといいます。

 日本では古代から近世にかけて駅伝制により交通や通信の整備が進められてきましたが、現在の国営の郵便事業が始まったのは明治4年(1871年)4月20日です。郵便事業の始まりについてはココログ 夜明け前函館と郵政記念日の関係」をご覧ください。

 実は郵便事業が開始されたときには郵便マークは存在しておらず、文字で郵便と記されているだけでした。明治10年(1877年)頃から、赤い太い横線に赤い丸を重ねた「丸に一引き」と呼ばれる記号が考案され、郵便車の郵便旗や郵便配達員の制帽や制服に使われるようになりました。この記号が郵便の紋章として広く認知されるようになり、1884年に正式に郵便紋章として定められました。

 明治18年(1885年)に郵便等の所管官庁として逓信省が創設されると、逓信省は新しい郵便紋章を考案し、明治20年(1887年)2月8日に「今より(T)字形を以って本省全般の徽章とす」という告示を出しました。つまり、発表当時の郵便紋章は「〒」ではなく「T」だったのです。「T」の由来は逓信省(Teishinsho)の「T」からとも、甲乙丙丁の「丁」からとも言われています。

 ところが逓信省は発表から6日後の2月14日に郵便紋章を「〒」に変更し、2月19日に「T」は誤りだったという告示を出したのです。

 「T」が「〒」に変更になった理由は諸説あるようですが、「T」が国際郵便の万国共通の記号として郵便料金不足を意味するもので、郵便紋章として適切ではないと判断されたというのが有力の説のようです。「〒」はテイシンショウの「テ」に由来するとも、逓信大臣の榎本武揚(ココログ 夜明け前榎本武揚らが日本初の公選入札を行う(1868年12月15日)」)が「T」の上に横棒を入れるアイデアを出したとも言われています。「〒」の由来の説は枚挙にいとまがありませんので、ここでは有力な説のみの紹介に留めておきます。

 いずれにしろ、郵便紋章は「〒」と定められ、郵便配達員の制帽や制服、郵便旗、郵便ポストにつけられるようになり、現在に至るまで使用されています。「丸に一引き」は併用が許され、次第に「〒」に置き換えられていきました。

郵便マーク「〒」と「丸に一引き」
郵便マーク「〒」と「丸に一引き」

 実際に「〒」が郵便紋章として定められたのは2月14日もしくは2月19日ですが、2月8日が「郵便マークの日」と定められました。

なお、日本国内では「〒」は広く郵便の記号と認知されていますが、日本国外では郵便記号として通用しませんのでご注意ください。

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2020年12月14日 (月)

マックス・プランクがプランクの法則を発表(1900年12月14日)

 プロイセン王国のオットー・フォン・ビスマルク首相は1862年に「現在の大問題は演説や多数決ではなく、鉄と血でこそ解決される」という熱血演説を行い、ドイツの統一を果たすためには軍事力しかないことを力説しました。優れた大砲を手に入れるには、高純度の鉄を得る必要があります。プロイセン王国は鉄鉱石の産地アルザス・ロレーヌ地域で製鉄に力を入れました。

 高純度の鉄を作るためには溶鉱炉の温度を正確に管理しなければなりません。しかし、鉄が溶融する数千度の温度を測れる温度計はありませんでした。そこで、職人が長年の経験から溶融した鉄の色からを見て温度を見極めていました。物体から出てくる光の色が物体の温度によって変わることは知られていました。そこで、溶鉱炉の温度を正確に知るため、物体の温度と光の色の関係を解明する研究が盛んに行われるようになりました。

 高温の物体から出てくる光を研究するためには、色のついていない黒い物体が放射する光、黒体放射を調べる必要があります。黒体から放射されるエネルギー関して、イギリスの物理学者レイリー卿ことジョン・ウィリアム・ストラットとジェームズ・ジーンズ、ドイツの物理学者ヴィルヘルム・ヴィーンはそれぞれ近似式を導くことを試み始めました。しかし、レイリー・ジーンズの式は振動数が大きくなると実測値と合わず、ヴィーンの式は振動数が小さくなると実測値と合いませんでした。

 ドイツの物理学者マックス・プランクはレイリー・ジーンズの式とヴィーンの式を組み合わせると黒体放射スペクトルをより正確に再現できると考え、光のエネルギーの値がある最小単位の整数倍しか取れないと仮定すると、実測値と理論値が合致することを発見し、1900年12月14日にプランクの法則を発表しました。プランクの法則における光の最小単位の定数はプランク定数と名づけられ、物理定数となっています。

マックス・プランク
マックス・プランク

 プランクの法則は後にアインシュタインやボーアによって確立されていく量子力学の根幹となるものでした。この発見が量子論の扉を開いたことからプランクは「量子論の父」と呼ばれ、1918年にノーベル物理学賞を受賞しました。

 この記事の最初に説明した通り、量子力学が発展するきっかけは純鉄の製造でした。鉄の温度を正しく測ろうという試みが、分子、原子、電子、光子やその他の素粒子などのミクロな世界を探究する量子力学へとつながったのです。量子力学の幕開けについては、ココログの「光と色と」に下記の解説記事がありますので、興味がありましたらご一読ください。

純鉄の製造を求めて|量子力学の幕開け(1)
高温の物体から出る光を調べる|量子力学の幕開け(2)
飛び飛びのエネルギー|量子力学の幕開け(3)

 

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2020年11月 8日 (日)

エックス線の発見(1895年11月8日)

 健康診断や病院の検査でおなじみのレントゲン写真。肺や胃などの内臓、骨折、虫歯の状態など、体の内部の様子を確認することができます。レントゲン写真の撮影にはエックス線(X線)と呼ばれる電磁波を使います。エックス線は物質を透過する性質があるため、ものの内部の様子を確認することができます。その様子を撮影したものがレントゲン写真です。

 エックス線は1895年11月8日にドイツの物理学者ヴィルヘルム・レントゲンによって発見されました。 発見者の名前に因み、エックス線による写真がレントゲン写真と呼ばれるようになりました。

ヴィルヘルム・レントゲン
ヴィルヘルム・レントゲン

 レントゲンはもともとエックス線の発見を目的とした実験をしていたわけではありません。当時、レントゲンは真空放電や陰極線の研究をしていました。真空のガラス管の両端に電極を取り付け、高い電圧をかけると、ガラス管壁が発光します。この実験装置をクルックス管(真空放電管)と言います。クルックス管の陰極から飛び出し来るものがガラス管壁を光らせていると考えられ、陰極線と呼ばれるようになりました(陰極線の正体は1897年に電子であることが突き止められています)。

 レントゲンがクルックス管に高電圧をかけて陰極線を発生させているとき、近くに置いてあった蛍光紙(シアン化白金バリウムの紙)が暗く光っていることに気がづきました。クルックス管は黒い紙で覆われており、光が漏れていないのに蛍光紙が光ったのです。レントゲンはクルックス管の内部から黒い紙を通り抜けて未知の放射線が出ていると考え、これをエックス線と名付けました。レントゲンはエックス線の実験を重ね、エックス線が1000ページを超える分厚い本、ガラス、薄い金属箔を透過するが、鉛の板は透過しないこと、磁場の影響を受けないことなどを突き止めました。また写真乾板を用いることにより、エックス線で手の骨の写真を撮影することに成功しています。

 レントゲンはエックス線の発見と研究の成果により、1901年にノーベル物理学賞を受賞しました。ノーベル賞は1901年が第1回目でしたから、レントゲンはノーベル物理学賞を世界で初めて受賞した科学者にもなったのです。 

 レントゲン写真が撮れる仕組みを簡単に説明しましょう。エックス線はすべての物質を透過するわけではありません。エックス線が透過したところは黒く映り、透過せずに吸収されたところは白く映ります。たとえば、骨はエックス線を吸収するため、レントゲン写真では白く映ります。肺は空気が多量に含まれているので、黒っぽく映りますが、肺炎などにかかると、炎症が生じている部分が白い影となって映ります。

レントゲンが撮影した妻の手のレントゲン写真
レントゲンが撮影した妻の手のレントゲン写真

 エックス線は普通のレントゲン写真のほか、体内を輪切り状に撮影するCT(Computed Tomography、コンピューター断層撮影法)にも使われています。空港の手荷物検査にも利用されていることは良く知られていると思います。また、DNAの分子構造がわかったのもエックス線のおかげです。エックス線をDNAに当てたときに生じる回折現象(波が障害物のうしろに回り込む現象)を調べたたところ、DNAが二重螺旋構造をしていることがわかったのです。このようにエックス線の人類と医療への貢献は計り知れません。

 さて、今ではエックス線は電磁波の一種の電磁放射線であることがわかっています。その波長の範囲は10-8~10-12 nm(1 mの1億分の1~1兆分の1)です。ところで、同じ電磁放射線のガンマ線(γ線)にはエックス線と同じ波長のものがありますが、エックス線とガンマ線の違いは波長ではなく、その発生の仕組みの違いです。エックス線は原子核の周囲の電子の状態の変化によって発生し、ガンマ線は原子核の内部の状態の変化に伴って発生する電磁放射線です。

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2013年3月 3日 (日)

元素記号マグカップ

何か面白いマグカップがないかなと思って探していたら、元素記号が表示されたマグカップを見つけました。原子番号、元素名、元素記号が表示されています。周期表のネクタイをもっているのですが、これも、なかなか面白いです。

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商品の説明

お茶を飲んでいるだけなのになんだか頭が賢くなるマグカップ。元素記号名とイラストがデザインされています。元素記号名が覚えられるマグカップ。容量も大きめなので、お茶を飲みながらゆっくりお勉強が出来ます。お子様のお勉強にも、雑学がお好きな方にオススメするマグカップです。また、可愛いパッケージ付きなので、パーソナルギフトとしても最適です。【特 長】◆使っているだけでお勉強が出来てしまいます。◆プレゼントとしても最適です。◆電子レンジ・食洗器対応。

 

製品概要・仕様

  • メーカー型番:DM2578
  • サイズ:81×81×H89mm
  • 本体重量:260 g
  • 素材・材質:ニューボン
  • 原産国:日本

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2012年8月 2日 (木)

水に溶ける金属のスプーン

金属のスプーンを水に入れただけで、スプーンが溶けていきます。

実はこのスプーン、ステンレス製ではなくて、半導体などに使われる原子番号31のガリウムという金属でできています。ガリウムは金属ですが融点が29.8℃ですが、沸点は2000℃を超えています。

ガリウムで作ったスプーンを水に入れると、ご覧の通りです。

Melting Gallium Spoon

溶けた状態のガリウムを型に入れると好きな形にできます。スプーンもこのように作ったものです。

Creating a gallium spoon with DIY kit

このスプーンの実験キット、米国で販売されているようです。

最初は冷たい水に入れておいて、温めていくと金属のスプーンが溶けるなどの演示も面白いと思います。

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2012年2月 7日 (火)

A is for ATOM

 1952年にアメリカの電力会社ゼネラル・エレクトリック(GE)社が原子力発電推進のために製作した広報映像です。A is for ATOMは、すべては原子力から始まるという意味です。

A Is For Atom (1952)

 映像は原子爆弾のキノコ雲から始まり、原子の時代が始まったと。そして、またキノコ雲が出てきて、この力を理解する時が来たと。キノコ雲が原子力がみなぎる巨人になります。

 そして、物質が原子からできていること、ドクター・アトムによる原子の構造の説明が始まり、やがて核分裂の説明となります。

 そして、巨人が世界中に送電線を張り巡らせていくという展開になっています。

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2012年1月24日 (火)

磁石に引きつけられる金属

 磁石につくものと言えば、すぐに金属を思い浮かべると思います。

 しかしながら、すべての金属が磁石に引き寄せられるわけではありません。現在、日本で使われている硬貨で試してみると、すべての硬貨が磁石につきません。

 実は磁石につく金属は鉄・コバルト・ニッケルの3種類しかありません。金属が磁石につくかどうかは、原子のもっている電子の状態で決まります。

 電子は自転しているため、まわりに磁界を作ります。そのため、物質の中に小さな磁石がたくさんあるような状態になっています。普通の物質は、この小さな磁石がバラバラの方向を向いているので、全体としては相殺されて磁石の性質をもちません。

 鉄・コバルト・ニッケル、ある種の合金や金属化合物は、磁石を近づけると、物質中の小さな磁石の向きがそろいます。そのため、磁石に引き付けられるのです。

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 ところで、ゴムやプラスチックの磁石を見たことがある人は多いと思います。これらの磁石はゴムやプラスチックにフェライト磁石やネオジム磁石などの磁性粉体を練り込んだものです。このような磁石をボンド磁石と呼びます。最近では高分子材料そのものに磁性を持たせたる研究も進んでいます。磁石の仕組みが解明できたのだから、プラスチック磁石も作れるはずだという試みです。

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2011年10月13日 (木)

背理法か悪魔の証明か 存在しないことを証明する

何かが「存在する」ことを証明するのは容易ですが、「存在しない」ことを証明するのは容易なことではありません。

例えば、部屋が100個ある家があるとします。『この家に人は存在しない』ことを証明する方法として、部屋をひとつずつ訪問する手法を採用するとします。

100個の部屋をひとつずつ訪れて、どこかの部屋に人がいることを確認できたら、直ちに『この家に人は存在する』ことは証明できたことになります。

しかし、『この家に人は存在しない』ことを証明するためには、100個の部屋をひとつずつ訪れて、すべての部屋に人が「存在しない」ことを確認しなければなりません。部屋の数が100個程度では何とかなるでしょう。しかし、部屋の数が1000個、10000個と増えていくと、『この家に人は存在しない』を証明するのは難しくなってきます。もし、部屋が無限にあるとしたら、証明はほとんど不可能になるでしょう。

そこで、『この家に人は存在しない』という命題を証明するにあたって、『この家に人は存在する』という元の命題の否定を仮定します。

そして、『この家に人が存在する』ということに対する矛盾を見つけることができれば、矛盾が生じたのは『この家に人が存在する』と仮定したためであり、結論として『この家に人は存在しない』という命題を証明できたことになります。

このように、ある命題を証明するために,その命題の否定を仮定することにより、矛盾が導かれることを示すことによって、もとの命題が成立すると結論づける方法を背理法といいます。

ところで、実際のところ、この命題『この家に人は存在しない』は背理法で証明できるのだろうか・・・

『この家に人は存在する』ことに対する矛盾を見つけることができれば良いのですが、何も条件がなければ、矛盾は見つけられません。

となること、これは悪魔の証明になってしまうのでしょうか?

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2011年10月 9日 (日)

ミレトス学派のタレス 万物の根源は何か

 古代の人々にとって、身の回りのものが何からできているのか、この世界がどのようにできあがっているのかという疑問に対する答えは、世界中に神々による天地創造の神話がたくさんあることからわかるように、神々の存在だったでしょう。しかしながら、神々による天地創造のような説明は、地域や文化によって内容や解釈が変わるものであり、普遍的な真理ではありませんでした。

 紀元前6世紀頃、現在のトルコの南西部に存在したイオニアにミレトスという古代ギリシャの植民都市が栄えていました。当時、ミレトスは地中海交易の拠点都市であり、様々な国から多くの人が訪れ、異文化交流が自然のうちに進みました。異文化交流が進むと、これまで人々が信じていた世界観や価値観が崩れ、多様化し、混乱しました。古代ギリシャの人々にとっては、彼らがそれまで信じていたオリンポスの神話が崩れていくことになりました。そのような中で、普遍的な原理の追求が行われるようになり、ここでミレトス学派という哲学者たちの活動が始まりました。これが哲学の始まりとなりました。

 ミレトス学派の哲学者のタレスは、身の回りのものが何からできているのかを考えました。そして、タレスは万物の根源は水であり、私たちの身の回りに存在するすべてのものは水が姿を変えたものであると考えました。すべてのものは水から生まれ、そして滅ぶと水に返っていくと考えました。タレスが水を万物の根源を水と考えたのは、生命が水を必要としたからだと考えられています。

 タレスの弟子のアナクシマンドロスは、万物の根源のことをアルケーと名付けました。そして、彼はアルケーは水のような実体的な物質であるはずがないと考えました。実体として存在する水が何からできているのかを説明する必要があると考えたからです。彼はアルケーは無限なもの(ト・アペイロン)であると唱えました。ト・アペイロンは変化することなく、常に新しい物質を生みだし続けるものです。そのアナクシマンドロスの弟子のアナクシメネスはアルケーは空気(息)であると唱えました。

 タレスを始めとするミレトス派の哲学者が自然科学に与えた重要なことは「万物の根源は何か」という問いそのものを導き出したことに他なりません。彼らは、物質の成り立ちについて、誰にでも合理的に説明することが可能な原理は何かという視点で答えを求めたのです。

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