カテゴリー「天文」の100件の記事

2022年9月23日 (金)

海王星の日(1846年9月23日)

 海王星は非常に暗い星のため肉眼で見ることはできません。ですから海王星の観測ができるようになったのは望遠鏡が発明された1608年以降のことです。1612年と1613年にガリレオ・ガリレイが望遠鏡による天体観測をしたときに作成した観測結果には海王星の位置に星が記録されていました。また1795年にジェローム・ラランド、1830年にジョン・ハーシェルが同様な観測結果を得ていますが、この星が惑星であるとは認識されていませんでした。

 海王星の発見には天王星が関係しています。天王星は1690年にジョン・フラムスティードによって記録されていますが、このときは恒星と誤認され発見には至りませんでした。1781年3月13日にウィリアム・ハーシェルが天王星を発見しましたが、ハーシェルも発見した天体を彗星と誤認しました。しかし、その後の観測と軌道計算から彗星であることが否定され土星の外側をまわる惑星であることがわかりました。

 1821年、「天王星の天文表」を著したアレクシス・ブヴァールは実際の天王星の動きが天文表と合わないことに気が付き、天王星の軌道に影響を及ぼす重力が働いていると考え未発見の惑星があるという仮説を立てました。その後、イギリスの数学者ジョン・クーチ・アダムズやフランスの数学者ユルバン・ルヴェリエが天王星の軌道の研究を進め、天王星の軌道に影響を与えている惑星の位置を予想しました。

 ルヴェリエは自身の予測に基づいてベルリン天文台のヨハン・ゴットフリート・ガレに惑星を探索するよう依頼しました。この依頼に基づき天文台の学生ハインリヒ・ダレストが観測を行ったところ1846年9月23日にほぼ予想された位置に海王星を発見したのです。

 海王星が発見されるとイギリスとフランスの間で発見者が誰なのかが大きな問題となりました。最終的にはアダムズとルヴェリエが発見したと結論づけられましたが、1998年の再評価では海王星の位置を予測し天文学者に探索をさせたルヴェリアが発見者にふさわしいとされました。

ボイジャー2号が撮影した海王星とユルバン・ルヴェリエ
ボイジャー2号が撮影した海王星とユルバン・ルヴェリエ

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2022年9月11日 (日)

中秋の名月(2022年9月10日)

 昨日(2022年9月10日)は「中秋の名月」でした。昨年の「中秋の名月」は2021年9月21日で満月でしたが、今年も満月の「中秋の名月」となりました。昨晩は空も晴れており月が綺麗に見えました。

中秋の名月(2022年9月10日)
中秋の名月(2022年9月10日)

  中秋の名月(十五夜の月)は満月と異なる場合が多く最大で2日の差があります。来年の「中秋の名月」も満月と重なります。来年2023年の「中秋の名月」は9月29日で3年連続で満月が重なります。しかし、2024年以降は満月でなくなり、その次に満月の「中秋の名月」を見られるのは2023年から7年後の2030年になります。

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2022年8月15日 (月)

「Wow! シグナル」6EQUJ5受信(1977年8月15日)

 地球外知的生命体探査SETI(Search for Extra Terrestrial Intelligence)は地球外知的生命体の文明を発見する取り組みの総称です。世界各地でさまざまなSETIプロジェクトが展開されています。

 オハイオ州立大学でSETIプロジェクトに参加していたジェリー・R・エーマン博士は1977年8月15日にビッグイヤー電波望遠鏡でおよそ約72秒間にわたる狭い周波数に集中した強い電波を受信しました。この電波は恒星間通信に最適な信号の特徴を有しており、これに驚いたエーマン博士は信号を印刷物の当該電波を示す文字列6EQUJ5に赤丸をつけて「Wow!」と書き加えました。そのためこの電波は「Wow!シグナル」と呼ばれるようになりました。

Wow!信号の印刷物
Wow!信号の印刷物

 「Wow!シグナル」は太陽系外の地球外知的生命体が発したものではないかと考えられました。引き続き電波の観測が行われましたが2度と同じ電波を受信することはできませんでした。「Wow!シグナル」の正体は現在も謎のままになっています。

 「Wow!シグナル」は電波天文学で使用が禁止されている周波数を含むため地球から発せられた電波ではないことがわかっています。また発生起源について自然由来の可能性も検討されましたがあくまでも予想であり、「Wow!シグナル」の正体を突き止めるまでには至っていません。「Wow!シグナル」に着想して制作されたのがカール・セーガンのSF小説を映画化した1997年公開の「コンタクト」です。

【関連記事】「Wow! シグナル」6EQUJ5受信(1977年8月15日)

宇宙・天文|今日は何の日

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2022年8月11日 (木)

長期暦の元期(紀元前3114年8月11日)

 メキシコから中央アメリカ北西部でマヤ・アステカなどの高度な文明が栄えたメソアメリカ文明。このメソアメリカで古くから使用されていた暦が長期歴です。長期歴はマヤ文明で発見されたためマヤ暦とも呼ばれますが、マヤ文明に限られたものではなくメソポタミア文明で広く使われていました。

 長期歴の大きな特徴はその周期が非常に長いためいつの出来事か特定できることです。長期歴は1日を単位とする「キン」、1ヶ月20キンとする「ウィナル」、1年18ウィナルとする「トゥン」、さらに20トゥンを「カトゥン」、20カトゥンを「パクトゥン」としました。長期歴の元期は現在使われているグレゴリオ暦に換算すると紀元前3114年8月11日になります。

チャパ・デ・コルソ石碑2号
チャパ・デ・コルソ石碑2号
メソアメリカ文明最古の長期暦が刻まれた石碑(紀元前36年)

 長期歴は長周期ですが永遠に続く暦ではなくグレゴリオ歴換算で2012年12月21日が最終日となっています。これによって2012年12月21日に地球が滅亡するという噂が流れました。しかし長期歴は最終日を迎えるとまた最初から始まるものだったようです。

 そもそもメソアメリカ文明に世界が滅亡するという予言が存在したという証拠は見つかっていません。また15世紀末にコロンブス率いるスペインの艦隊がメソアメリカにやってきたときには既に長期歴は使われていませんでした。この世界滅亡説はメソアメリカ文明由来ではなくメソアメリカに侵入した西洋社会のに由来すると考えられています。

【関連記事】長期暦の元期(紀元前3114年8月11日)

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2022年7月13日 (水)

日本に2つ時刻があった|日本標準時制定記念日(1886年7月13日)

 明治19年(1886年)7月13日、「本初子午線経度計算方及標準時ノ件(明治19年勅令第51号、1886年(明治19年)7月13日)」が公布されました。この勅令によって日本標準時はグリニッジ天文台子午儀の中心を通る子午線(グリニッジ子午線)を経度0度とし東経135度(GMT+9:00)の時刻と規定されました。日本標準時は明治21年(1888年)1月1日から適用されました。

 その後、明治28年(1895年)12月28日に公布された「標準時ニ関スル件」で明治29年(1896年)1月1日から東経135度(GMT+9:00)の標準時を「中央標準時」、東経120度(GMT+8:00)の時刻を「西部標準時」と定めました。中央標準時と西部標準時の時差は一時間で中央標準時は日本本土、西部標準時は八重山列島・宮古列島・台湾・澎湖諸島で使われました。

標準時ニ関スル件(治28年(1895年)12月28日に公布)
標準時ニ関スル件(治28年(1895年)12月28日に公布)

 しかしながら国内に2つの時間が存在することに問題が生じたため昭和12年(1937年)9月25日に「明治二十八年勅令第百六十七号標準時ニ関スル件中改正ノ件(昭和12年勅令第529号)」が公布され同年10月1日から西部標準時が廃止され日本の時間がひとつに統一されました。

 一般的にし東経135度(GMT+9:00)の時刻を日本の標準時と呼びますが、中央標準時が法令で定められている正式な名称です。

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2022年6月15日 (水)

わずか2分の日没ショー

 空が真っ赤に染まって太陽が沈んでいきます。日中はずっと空で輝いている太陽ですが日没はほんのわずかな時間の出来事であっという間に沈んでしまいます。

 なぜなら地球の自転は1日24時間でひと回り。360度/24時間=360度/1440分間だから0.25度/1分です。つまり4分間で1度移動するということです。

 太陽は見かけの直径が0.5度ですから太陽の下側が地平線や水平線にかかってからわずか2分間で姿を消してしまうのです。その2分間の日没ショーを捉えたのが次の写真です。

山の稜線に沈む太陽
山の稜線に沈む太陽

 たった2分の日没ショーですが見えている太陽は現在のものではありません。光の速度は秒速30万キロメートルというもの凄い速さですが太陽から地球までは約1億5千万キロメートルも離れています。太陽を出た光は8分19秒かけて地球にやってくるのです。ですから、たった今見ている太陽は8分19秒以上前のものです。

 なぜ「以上」なのかと言うと光が地球の大気で屈折して見かけの位置が本来の位置とずれて浮き上がって見えるからです。これを大気差といいます。天頂に見える天体は大気差は生じないのですが、地平線近くに見える天体は約0.6度位置がずれて見えます。つまり沈んでいくように見える太陽は2分以上前に沈んでいることになるのです。これは見かけの直径が太陽と同じ0.5度である月も同じです。

 ところで月から太陽を観察した場合はどうなるでしょう。月は空気がありませんから大気差は生じません。月と地球の距離は約38万4千キロメートルですから月から見える地球は約1.28秒前の姿になります。

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2022年5月26日 (木)

地の果てはどれくらい先にあるか|地平線や水平線までの距離

 散歩しているとずいぶん遠くの景色まで見えるなあと思います。そこで考えてみたのが、地平線、水平線が見える場所に人が立っているとき、その人が見ている地平線や水平線はどれぐらい先にあるのかということです。

夕焼け空に飛行機雲
夕焼け空に飛行機雲

 今さらそんな問題?という感じもしますが、次のような図を描いてみました。立っている人の身長は170 cmとして計算してみました。

地の果てはどれぐらい先にあるか
地の果てはどれぐらい先にあるか

 地球上のある地点に立っている身長170 cmの人が見える地平線は、その人が立っているところからθ度分だけ離れたところということになります(わかりやすくするため、実際のスケールとは違います)。

 人、地平線、地球の中心が作る直角三角形に注目し、身長と地球の半径を考慮し、三角関数を使うか、三平方の定理を使えば、θが求まります。ここでは三角関数を使ってみましょう。

 cosθ=底辺/斜辺ですから、この場合には、cosθ=地球の半径/(地球の半径+身長)ということになります。

  cosθ=6380/(6380+0.0017)

  θ=0.042度

 地平線の位置は θ/360×地球の円周(2πr) で求めることができます。

  地平線の位置 = 0.042/360 ×40000 km

 答は 4.7 km すごい近い。

 つまり速歩きで1時間ほど移動すればそこが地の果てということになります。

 たとえば海でボートに乗っているときには遠くの船は見えない。非常に狭い範囲しか見渡せていないことになります。

 遠くまで見えるようにするためには、高いところに昇る必要があります。10 mの高さの場合は、θ=0.1度になり、地平線は約11 km先、高さ100 mで約35 km先です。

 上の図を応用すると、富士山は何キロ先まで見えるかとか、高度10000mを飛んでいる飛行機が地平線や山に隠れて見えなくなるとき、その空は何キロ先なのかというのが計算できます。

 スカイツリーの展望台からどれぐらい先まで見えるかについては下記の関連記事に計算がまとめてあります。

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2022年5月25日 (水)

記録に残る最古のハレー彗星の接近の記録(紀元前240年5月25日)

 昔は宇宙は神が創造した完全なもので恒久的に変化することはないと考えられていました。そのため彗星や超新星など短期間に大きく変化するような現象は大気圏内での現象と考えられていました。超新星は尾を欠いた彗星であると考えられていたのです。

 デンマークの天文学者ティコ・ブラーエは1572年にカシオペア座に現れた超新星SN 1572を観測し、視差が生じないことからSN 1572は月よりもはるかに遠くに存在することを発見しました。これによって彗星は超新星と別物であることがわかり、彗星も大気現象ではないことが解き明かされました。

 ハレー彗星は75.3年の周期で地球に接近する肉眼で見ることができる唯一の周期彗星です。現在ではハレー彗星の軌道計算により過去に遡っていつハレー彗星が地球に接近する年月日を求めることができます。

 最初にハレー彗星の軌道計算を行ったのはイギリスの天文学者エドモンド・ハレーです。ハレー彗星の軌道計算はハレーの友人で1687年に万有引力を発表したアイザック・ニュートンが試みていましたがニュートンが立てたモデルでは彗星の動きを説明することができませんでした。ハレーは1705年にニュートンのモデルに木星と土星の重力の影響を加えてそれまでに発見されていた24の彗星の軌道計算を行いました。その中で1531年にドイツのペトルス・アピアヌスが観測した彗星と1607年にヨハネス・ケプラーが観測した彗星と1682年に観測された彗星が同じものであることを突き止めました。ハレーはこの彗星が1758年に再び地球から観測できると予想しましたが1742年にこの世を去りました。

 1758年12月25日、ドイツのアマチュア天文学者ヨハン・ゲオルク・パリッチュはハレーの予想通り彗星を発見しました。この彗星は1759年3月13日に近日点を通過しました。これによって惑星以外にも太陽を周回する天体が存在することが初めて確かめられたのです。また彗星の回帰は木星と土星の重力の影響で遅れていたこともわかりました。この遅れを含めた起動計算はフランスの数学者・天文学者のアレクシス・クレロー、ジェローム・ラランド、ニコール=レイヌ・ルポートによって示され、これによってニュートン力学の正しさが実証されました。この3人の数学者の1人ルポートが1759年にこの彗星をハレー彗星と名付けました。

エドモンド・ハレーと1986年に観測されたハレー彗星
エドモンド・ハレーと1986年に観測されたハレー彗星

 ハレー彗星は古来から知られており多くの記録が残されています。最初の記録は古代ローマのガイウス・プリニウス・セクンドゥスの「博物誌」、司馬遷の「史記 表 巻十五 六國年表第三」に彗星が観測された記述があります。これらは紀元前467年に相当しますが軌道計算によるハレー彗星の出現時期と異なるためこの記述にある彗星がハレー彗星とは確定できませんでした。

 司馬遷の「史記 本記 巻六 第6 秦始皇本紀」には「七年、彗星先出東方、見北方、五月見西方。將軍驁死。以攻龍、孤、慶都,還兵攻汲。彗星復見西方十六日。夏太后死。」とあります。彗星だけ抜粋すると「七年に彗星が東に見え、その後北に見え、5月には西方に見えた。彗星は再び16日間西方に見えた」となります。秦始皇が即位したのは紀元前247年ですから、七年は紀元前240年を示します。ハレー彗星の軌道積算によると紀元前240年はハレー彗星が地球に最接近した年です。計算された軌道によると記録にある通り最初は東方から西方で観測されますがその後、太陽に接近して見えなくなり、近日点を通過後は再び観測可能となります。こうしたことから、ハレー彗星の出現を記録したもっとも確実な記録は紀元前240年に記されたものとされています。

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2022年4月30日 (土)

史上最大の明るさ 超新星SN 1006が現れる(1006年4月30日)

 西暦1006年4月30日から5月1日にかけて南の地平線近くの夜空のおおかみ座に金星の16倍、月の1/4から1/2ほどの明るさの天体が現れたという記録が各地に残っています。この天体は出現から約3ヶ月の間明るく輝いた後いったん暗くなりましたが、再び明るさを取り戻し18ヶ月間の間輝き続けました。この不気味に明るい天体の出現は当時の人々には畏れを抱くものだったようで多くの占星術師が悪事の前触れと考えました。中国では国家繁栄をもたらす吉兆星と捉えられました。

 この天体の正体は地球から7200光年離れたところに存在した超新星SN 1006です。SN 1006は太陽と月を除く天体の中で史上最大の明るさを記録した天体です。視等級は-7.5等だったと推定されており地面に影を作るほど明るく昼間でも見ることができたと記録されています。スイスでの観測記録には「この星は時に収縮し、時に拡散し、そのうえ時には消えてしまうこともあった」と記述されています。これはIa型の超新星の特徴とよく合致しています。

 この超新星は爆発してしまったため観測することはできなくなりました。しかしながら1940年に電波望遠鏡が開発され電波天文学が発展すると、1965年にオーストラリアのパークス天文台がおおかみ座β星付近に淡い球状の星雲を発見しました。この星雲からのX線、可視光線、ガンマ線も観測されました。この星雲がIa型超新星SN 1006の残骸だったのです。Ia型超新星は核融合を終えて寿命が尽きた恒星の残骸である白色矮星の爆発によって生じます。この残骸の中心にはパルサー(中性子星)やブラックホールは見つかっていません。

Sn1006
SN 1006の超新星残骸

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2022年3月10日 (木)

惑星直列(1982年3月10日)

 惑星直列は太陽系内の惑星が一直線に並ぶ現象のことです。実際には全ての惑星が一直線に並ぶことはありませんし、惑星直列という天文用語もありません。一般に惑星直列とは全ての惑星が太陽を中心とした中心角90度位内の扇形に入ったときのことを言います。この条件の惑星直列は過去に何度か起きていることが計算により確認されています。1128年には中心角が39度で最も直列に近い惑星直列が起きています。

惑星直列
惑星直列

 さて間近の惑星直列は1982年3月10日に起きました。この惑星直列は数年以上前からテレビ、雑誌、書籍などで取りあげられ、水星から冥王星(※1)までの全ての惑星が一直線に並ぶことにより惑星同士の引力が影響し合い天変地異が起こるなどの予言が流布しました。当時、本当に天変地異が発生するのでないかと心配になった人も少なくありませんでした。昭和時代に小中高校生だった人は学年誌などで読んだことを覚えているのではないかと思います。

 しかし全惑星が完全に一直線に並んでも引力の影響はほとんどないことがわかっています。計算では地球と月の引力よりも遙かに小さく地球で天変地異が生じることはありあません。実際、1982年に惑星直列が原因と考えられる災害は起こりませんでした(※2)

 ところで1982年の惑星直列は中心角が96度のため惑星直列ではなかったという指摘もあります。ちなみに1982年の直前の惑星直列は1817年で中心角は83.9度でした。次回は2161年に中心角68.7度の惑星直列が起きることが予測されています。

(※1)当時、冥王星は惑星だった

(※2)3月29日にメキシコのエルチチョン山が132年振りに噴火している。この大噴火で地球の気温が0.3~0.5度低下した。

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