カテゴリー「動物の豆知識」の180件の記事

2022年5月24日 (火)

亀の手を食べる

 亀の手って食べたことあります?

 下の写真は屋久島空港の食堂で食べた亀の手です。ゆでた亀の手が山もりででてきました。

茹でた亀の手
茹でた亀の手

 ひとつ取り出して撮影したのがこれです。爪がしっかりしています。

カメノテ
カメノテ

 さて、この亀の手ですが、これは亀の手に似ている甲殻類の動物で、フジツボの仲間です。姿はだいぶ違いますがカニやエビも甲殻類です。亀の手に似ているのでカメノテ(亀の手)と呼ばます。決して亀さんの手ではありません。タカノツメと呼ばれることもあるそうです。

 さっそく戴いてみました。カメノテの左側の爪の部分がツボミのようになっていてパカッと簡単に割れます。

3

 中の身を引っ張り出して食べます。強い磯の臭いがします。味はカニの足を食べるときよく足の先の方を殻ごとしゃぶっるときがあると思いますがそのときの味によく似ています。

 ゆでて食べるのも美味しいですが、味噌汁などの具にしても美味です。

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2022年5月13日 (金)

【おもしろ映像】タカアシガニの脱皮

 タカアシガニは世界最大の節足動物で生きた化石と言われています。現在、生存しているタカアシガニは一種類しかいませんが、化石では他に4種類見つかっています。

海洋堂 新江ノ島水族館への誘い2 No.8 タカアシガニ
海洋堂 新江ノ島水族館への誘い2 No.8 タカアシガニ

 大きい個体では甲羅は40センチメートル、ハサミからハサミまでの長さが4メートル近くにもなります。体重は19キログラムにもなります。これだけ大きさになると脱皮も大仕事になりそうです。

タカアシガニの脱皮6時間全記録!- The giant spider crab sloughed off old skin.

 こちらは上海水族館で撮影したタカアシガニです。

タカアシガニ(上海水族館)
タカアシガニ(上海水族館)

 こちらは鴨川シーワルドのタカアシガニです。

タカアシガニ(鴨川シーワールド)
タカアシガニ(鴨川シーワールド)

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2022年5月12日 (木)

アメリカザリガニが日本にやって来た日|ザリガニの日(1927年5月12日)

 アメリカザリガニはザリガニ下目アメリカザリガニ科のザリガニです。名前の通り原産地はアメリカ合衆国のミシシッピ川流域ですが分布を広げ現在は世界各地で生息しています。水深が浅くて流れの緩い水田、用水路、池などに生息しています。体長は一般に8~12センチメートルぐらいですが20センチメートルほどまで成長する個体も存在します。体色は赤色や褐色をしていますがこれは植物性のエサに含まれる色素に由来します。エサが動物性に偏ると青色や白色になります。

アメリカザリガニ
アメリカザリガニ

 アメリカザリガニは水質汚染にも強く雑食性で繁殖力も高いため生態系に大きな影響を与えます。水草を切断するため水生昆虫の住処や魚の産卵場所を減少させます。またもともと日本ではザリガニと言えば在来種のニホンザリガニのことでしたがニホンザリガニの個体数が激減しアメリカザリガニの方がザリガニと呼ばれるようなりました。

 アメリカザリガニは現時点では特定外来生物に指定されていませんが侵略的外来種に選ばれています。 アメリカザリガニは生態系に大きな影響を及ぼしているものの広く飼育を規制すると大量に遺棄されるなど弊害が予想されるため、販売などを目的とした飼育を規制するなど新たな規制の仕組みや対策が必要とされています(令和4年1月 中央環境審議会「特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律の施行状況等を踏まえた今後講ずべき必要な措置について(答申)」)。なおアメリカザリガニを除く外来種のザリガニは特定外来生物と指定されています。

 さてアメリカザリガニはかつては日本に存在していませんでした。昭和2年(1927年)5月12日に神奈川県鎌倉郡岩瀬の鎌倉食用蛙養殖場(現:岩瀬下関防災公園)が食用のウシガエルのエサとしてアメリカ合衆国から輸入されました。このとき100匹のアメリカザリガニが輸入されましたが日本に無事にたどり着いたのはわずか20匹でした。この20匹を元に繁殖が行われましたが逃げ出した個体が元になって爆発に増加し全国各地に広がりました。アメリカザリガニをエサとして養殖していたウシガエルも北米原産で現在は特定外来種に指定されています。

 アメリカザリガニは日本で食用とする文化は広まっていませんがアメリカや中国ではザリガニが人気の食材となっています。日本にはザリガニを漁獲すう業者もいないため日本で食べられるザリガニ料理のほとんどは中国産のアメリカザリガニです。ザリガニの食文化が進むと外来種の問題を解決するひとつの有力な手段になるかもしれません。

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ミシシッピアカミミガメ 函館市熱帯植物園

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2022年5月10日 (火)

ダイサギの食事

 ダイサギはペリカン目サギ科の鳥です。体長は90センチメートルほどで身近で見ることができる大型の鳥です。名前通り身体は全体が白色をしています。首と脚が長く鋭く長いクチバシをもっています。この首と脚とクチバシを上手に使ってエサをつかまえます。

 川の中州でダイサギが食事をしていました。背を低くしながら10メートルほどまで近づくことができましたが逃げる気配は全くありませんでした。ダイサギはずっと水面に注意を向けています。

水面を見つめるダイサギ
水面を見つめるダイサギ

 こちらに気が付いていないのか警戒する様子もなく餌を探しています。何か見つけたようです。

エサを見つけたダイサギ<
エサを見つけたダイサギ

 クチバシに何か挟んでいます。写真では見にくいですがどうやら魚を捕まえたようです。

エサを捕まえたダイサギ
エサを捕まえたダイサギ

 もう少し近づけるかなと思って動いたらこちらに気が付いてちょっと先へ飛んで逃げていきました。やっぱり気が付いていなかったのかな。飛び出す瞬間の羽を開いところが撮影できました。邪魔してごめん!

ダイサギが飛び出す瞬
ダイサギが飛び出す瞬間

Gosky 20-60X80フィールドスコープ

 

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2022年5月 9日 (月)

チンパンジーの密談

 チンパンジーは哺乳綱霊長目ヒト科チンパンジー属に分類される類人猿です。 チンパンジー属にはチンパンジー(Pan troglodytes)とボノボ(Pan paniscus)の2つの属があります。かつてはアフリカ全域に生息していたチンパンジーですが、現在は赤道に近い低緯度の森林やサバンナに生息しています。

 チンパンジーは大きな集団で生活し社会的な動物です。鳴き声でコミュニケーションを行います。フーホーフーホーと鳴くパント・フーという鳴き声は個体を正確に識別することができます。何をお互いに話をしているのか端から見ていてもわかりませんが、何かコミュニケーションしているのは間違いありません。

 さて動物園のチンパンジー。奥の方の壁際で2頭のチンパンジーが寄り添っていました。

 その様子を見ているとまるでひそひそ話をしているようです。

 ちょっとズームレンズでのぞいてみました。

 左側のチンパンが右側のチンパンに声をかけます。

声をかけるチンパンジー
声をかけるチンパンジー

左:「ちょっといい~ですか」

右:「はい、はい、なんでしょう」

耳を向けて返事をするチンパンジー
耳を向けて返事をするチンパンジー

左:「実はですね、猿山の皆には言えないんですが本当はですね」

右:「あちゃ~!そんなことがあったんですか」

話を聞いて困惑するチンパンジー
話を聞いて困惑するチンパンジー

左:「で、どう思いますか?」

右:「う~ん、そりゃいけませんなぁ」

いったいこのチンパンジーたちは何の話をしていたのでしょうか。

 

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2022年4月28日 (木)

広南従四位白象のお話し|象の日(旧暦1729年4月28日)

 ゾウの生息地と言えばアフリカかアジアですが古代の日本はユーラシア大陸と陸続きだったこともありナウマンゾウが生息していました。旧石器時代の人たちはナウマンゾウを狩猟していました。ナウマンゾウはおよそ2万年前に絶滅し、これによって日本列島からゾウは消えました。

 日本人がゾウのことを知るのは中国との交流が始まり仏教が広まってからです。平安時代の今昔物語にはゾウに乗った普賢菩薩に化けたイノシシの話が記載されています。平安時代末期から鎌倉時代初期にまとめられたと考えられている鳥獣人物戯画には長い鼻に牙などが特徴的なゾウの絵が記載されています。このようにゾウの存在は古くから知られていましたが当時の日本にはゾウはいませんでした。

 記録として残っているゾウが日本に初めてやってきた日は応永15年6月22日(1408年7月15日)です。華僑の頭目が派遣した南蛮船でゾウを運び足利義持への献上品として贈られたという記録が残っています。また天正3年(1575年)の大友宗麟、慶長2年(1597年)の豊臣秀吉、慶長7年(1602年)の徳川家康に献上されたゾウの記録が残っています。

 享保年間、江戸幕府の徳川吉宗将軍は科学技術の発展のために海外からの文献を広く取り寄せることを許可しました。このとき幕府は長崎の清の商人にゾウを発注しました。これによって交趾国(現在のベトナム)からゾウの7歳のオスと5歳のメスが享保13年6月13日(1728年7月19日)に長崎に到着しました。到着後は長崎の多く人々がゾウを見物したいそう珍しがりました。残念ながらメスのゾウは長崎滞在中に死んでしまいました。

 長崎で冬を過ごしたオスのゾウは享保14年3月13日(1729年4月10日)、江戸に向けて長崎を出発しました。当時はゾウを運ぶ手段がなかったため江戸までの陸路約1,500キロメートルを歩かせることになりました。ゾウは1日に12~20キロメートルほど歩いたそうです。江戸に向かう途中の享保14年4月28日(1729年5月25日)にで中御門(なかみかど)天皇に謁見しました。ゾウには官位「広南従四位白象(こうなんじゅしいはくぞう)」が与えられました。これを記念し、4月28日が「象の日」とされました。

広南従四位白象(木挽町狩野家5世狩野古信、東京国立博物館蔵)
広南従四位白象(木挽町狩野家5世狩野古信、東京国立博物館蔵)

 天皇への謁見後、「広南従四位白象」は江戸に向かいました。長崎を出発してから74日かけて江戸に到着し、享保14年5月27日(1729年6月23日)に徳川吉宗将軍が嫡男家重らとゾウを見物しました。「広南従四位白象」は浜御殿で飼育されることになり、人にもよく慣れましたが飼育料が年間200両もかかることから享保15年6月30日(西暦1730年8月13日)に払い下げのお触れ書きが出されました。ところが買い手が付かず、継続して浜御殿で飼育されました。

 その後「広南従四位白象」は健康状態も悪くなり気性が荒くなり寛保元年(1741年)飼育員をあやめる事故を起こしました。これを機会に中野村の百姓源助に払い下げられ見世物になりました。当初はたくさんの見物客が訪れゾウは大人気となり関連商品もたくさん売れましたが、やがて見物客は減少していきました。満足なエサも与えられないようになりましたがわずかな見物料で飼育は続けられました。翌年、「広南従四位白象」は病気で倒れ手厚い看護がなされましたが寛保2年12月13日(西暦1743年1月8日)に21歳で病死しました。

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2022年4月21日 (木)

ネス湖のネッシーの写真が新聞に掲載(1934年4月21日)

 ネッシーはイギリス・スコットランドのネス湖に生息しているとされる未確認動物(UMA)です。ネス湖の怪獣(ロッホ・ネス・モンスター)とも呼ばれます。

 ネッシーの最古の記録は西暦565年まで遡ります。アイオナ修道院を創設した聖コルンバの伝記に布教活動中に凶暴な「水獣」をネス川の底に追いやったという記述があります。この「水獣」がネッシーとされていますが、「水獣」の伝承は各地に存在するため後になってネッシーと結びつけられたという見解があります。

 ネッシーの目撃の報告は1933年を境に急増しますが、これはネス湖周辺の道路が整備され多くの人がネス湖を訪れるようになったからです。同年5月2日、スコットランドの地元紙「インバネス・クーリエ」は湖の中に鯨のような巨大な生物がいたという目撃談を報じています。その後も目撃談やイラストや不鮮明な写真が公開されましたがネッシーの存在を裏付けるような証拠は見つかりませんでした。

 1934年4月21日、イギリスのダブロイド誌「デイリー・メイル」に湖面に浮く身体から伸びる首と頭部が写ったネッシーの写真が掲載されましたこのネッシーの存在を裏付けるような決定的な写真は婦人科医ロバート・ケネス・ウィルソンによって撮影されたもので誌上では「外科医の写真」として紹介されました。この写真はカワウソや水鳥であるという指摘やその大きさや波の立ち方が不自然という指摘などもありましたがネッシーが話題に上がるたびにネッシーの写真と報じ続けられました。

ネッシー写真のイラスト
ネッシー写真のイラスト

 1970年代、子どもの頃にテレビ番組や雑誌などで世界のミステリーの特集があるとUFOや雪男と並んで登場するのがネッシーでした。テレビ番組では目撃談を紹介し英語でしゃべっている目撃者に「あれは月が明るく輝く夜、わしはこの道脇に車を止めてネス湖を眺めていたんだ」というような日本語のアテレコが入ります。そして捜索隊がボートでネス湖に出ます。水中レーダーを使ってネッシーの捜索を行いますが結局は発見できずに「今回我々はネッシーに遭遇することはできなかったがネッシーはこのネス湖のどこかに潜んでいるはずである!」と終わるのです。毎度同じ展開なのですがワクワクしながら見たものです。番組の影響か日本にも屈斜路湖の「クッシー」、池田湖の「イッシー」などの目撃例が出るようになりました。1977年にはニュージーランド沖で発見された生物の死体が「ニューネッシー」と呼ばれました。

 いずれにしろネッシーが恐竜の仲間だとすると相当数の個体が生息しているはずですし、彼らは呼吸をするため頻繁に湖面から顔を出すことからもっと目撃例が多くなるはずです。ソナーを使った科学的な調査でも湖の中に大きな生物が存在していることは確認できませんでした。ネス湖が海とつながっているいう説も否定され、地質学的にもネス湖の湖底に巨大な洞窟もないことがわかっています。少なくても科学的にはネッシーの存在は否定され続けたのです。

 ネッシーの話を忘れかけていた頃、目にしたのが「外科医の写真」はフェークだったというニュースでした。このニュースの元記事は1994年11月にイギリスの新聞「デイリーテレグラフ」の日曜版サンデーテレグラフに掲載されたものです。この記事によると1993年11月にクリスチャン・スパーリングなる人物が「外科医の写真」が偽物であることを告白して亡くなりました。スパークリングは養父のマーマデューク・ウェザラルと一緒に潜水艦の模型に首と頭を取り付けた「ネッシー」を湖面に浮かべて写真を撮影、医師のウィルソンが撮影したことにしたそうです。ジョークのつもりが世界的な話題になってしまい60年間も真実を語ることができなかったそうです。

 自分は長い間「外科医の写真」は潜水するカワウソの身体と尾の写真を偶然に撮影したものと思っていたました。まさか潜水艦に首と頭を付けたネッシー模型の写真だったとは衝撃的な事実でした。

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2022年4月20日 (水)

カニ味噌は脳みそではない

 クリガニを頂きました。クリガニはケガニ(オオクリガニ)の仲間です。ケガニより小振りですが味は遜色ありません。

クリガニ
クリガニ

 さてカニの甲羅を開けると茶色や濃緑色のペースト状の部位が現れます。これを「カニ味噌」と呼びますが、味噌と言っても脳みそではありませんし、卵でもありません。この部位のこと中腸腺と言います。

 中腸腺はカニやエビなどの節足動物や貝やイカなどの軟体動物の内臓の器官です。イカではイカゴロ、ホタテガイではウロが中腸腺になります(ウロには毒素が含まれていることもあるので注意が必要です)。

 節足動物の中腸腺は食物の消化と栄養分を蓄積する機能をもち脊椎動物の肝臓と膵臓の働きをします。ですからカニ味噌は栄養が豊富で美味です。見た目は良くありませんが、食べてみるとアンコウの肝のような濃厚な味がします。カニ味噌とカニの身をあえて食べても美味しいです。

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2022年4月13日 (水)

ミズダコの刺身

 青森県から現地直送のミズダコの刺身をいただきました。ミズダコまたはミズタコは世界最大のタコでオオダコとも呼ばれます。大きい個体では脚を広げたときの体長が5メートル、体重は50キログラムにもなります。

 ミズダコは北方の寒い海に生息しているため生態が十分にわかっていません。巨大な個体は吸盤も大きく力が強いため水中で絡まれたらひとたまりもありませんが、ミズダコが自ら人を襲うことはありません。口にあるカラストンビ(顎板 )はヒトの拳ほどあり、魚類の他、カニなどの固い甲羅をもつ甲殻類、ホタテガイやウニなどをバリバリと食べます。イルカ、アザラシ、トド、サメなどが天敵とされていますが、十分に育ったミズダコに襲いかかる敵はほとんどいないと考えられています。

 ミズダコの身は名前の通り水分が多く柔らかいためマダコとは食感がずいぶん違います。ミズダコの身は適度な弾力があり、ひと口噛むととろけるように甘みが広がります。刺身も美味しいですがミズダコのしゃぶしゃぶも美味です。

ミズダコ(上)とミズダコの刺身(下)
ミズダコ(上)とミズダコの刺身(下)

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2022年4月10日 (日)

サクラエビ(桜エビ)

 春になると桜が咲きますが、海では桜エビの春の漁期を迎えます。サクラエビはサクラエビ科の小型のエビで深海に生息しています。成長すると4センチメートルほどの大きさになります。身体は透明ですが甲羅に赤色の色素が沈着しているため全体としては綺麗なピンク色に見えます。このため桜エビと呼ばれます。

 サクラエビは群れで行動し、昼間は水深200メートル以上の深海を遊泳しますが、夕方から夜間にかけて水深20メートルほどの浅海まで浮上します。海中を浮遊するプランクトンや生物の死骸や排泄物をエサとします。

 サクラエビの身体にはたくさんの発光器があり青白く光ります。一般に発光生物は威嚇やコミュニケーションや照などの目的で発光しますが、サクラエビは刺激を与えても発光しません。浅海に差し込む日光や月光に紛れて捕食者から身を守るため発光すると考えられています。

 サクラエビは沿岸部に生息し駿河湾に多数存在しています。東京湾、相模湾などでも生息していますが水深が浅いため個体数が多くありません。そのためサクラエビの漁獲は駿河湾に限られています。

 今年2022年の春漁は3月30日に始まりました。2018年から不漁が続いており、初日の水揚げは天候不良の影響もあり昨年の半量の約0.9トン、初競りの値は昨年並みで1箱15キログラム8,2776円だったそうです。漁期は6月8日まで。サクラエビを堪能できる時期となりました。

サクラエビと生サクラエビ
サクラエビと生サクラエビ

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