カテゴリー「旅の空から」の17件の記事

2021年9月27日 (月)

ヨセミテ渓谷トンネルビューとハーフドーム

 今から20年ぐらい前ですが数年間にわたり仕事でサンフランシスコ近傍の都市に何度も訪れました。同じ年ではないにしろ1月から12月まで訪れなかった月はありません。一度の訪問で10日から2週間の滞在が多かったので休みの日は周辺の観光に出かけました。中でもよく出かけたのが滞在地から車で2時間半ほど走ると到着するヨセミテ国立公園でした。

 次の写真は米国カリフォルニア州ヨセミテ国立公園のトンネルビューというポイントから撮影したヨセミテ渓谷のパノラマ写真です。左側の岩盤がエルキャピタン、正面に見えるとんがった岩がハーフドーム、右側の滝がブライダルフォールです。

ヨセミテ国立公園トンネルビュー
ヨセミテ国立公園トンネルビュー

ハーフドームはこのような形をしています。これはグレシャーポイントから撮影したものです。

トンネルビュー(グレシャーポイント)
トンネルビュー(グレシャーポイント)

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2021年6月27日 (日)

1964東京オリンピック間近の静岡市にて(昭和39年)

 昭和39年に静岡市内で撮影した写真です。新幹線開通や東京オリンピックの懸垂幕と横断幕で賑わう街の様子です。

1964東京オリンピック間近の静岡市にて(昭和39年)
1964東京オリンピック間近の静岡市にて(昭和39年)

 この写真が撮影された場所がどのあたりかをGoogle Mapで調べてみました。ヒントは「江崎書店」です。検索してみると静岡駅前の「呉服町通り」に「(株)江崎書店 本部 外相部」が見つかります。そのあたりをストリートビュで見てみました。上の写真にも下のストリートビューにも右側に角が曲面になった特徴的な形をした建物がありますので、ここで間違いないと思います。

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2021年2月27日 (土)

茨城県霞ヶ浦近くの大きな2つのトラックは?

 北の国から羽田空港に向かう航空機が茨城県の霞ヶ浦を通過した頃、眼下に写真のような広大な土地に2つの大きなトラックが現れます。

JRA美浦トレーニングセンター(航空写真)
JRA美浦トレーニングセンター(航空写真)

 この施設はJRA(日本中央競馬会)の美浦トレーニングセンター(美浦トレセン)です。美浦トレセンは競走馬のトレセンとしては日本で最大級の施設です。上空から見ても、Google Mapで見ても、すぐに見つけることができます。

 大きな2つの調教コースに挟まれた領域には厩舎や公園があります。敷地内には調教コースや厩舎のみならず、厩務員・騎手・JRA職員など家族を含めて約5000人が暮らす宿泊施設があります。その他、競馬に関わる産業を含めて考えると、周辺地域合わせて数万人の生活の馬となっており、ショッピングセンター、郵便局、病院など生活に必要な施設も存在しています。

 調教コースには芝コース、ダートコース、障害用コース、ウッドチップコースに加えて、オールウェザー対応の新素材を敷き詰めたニューポリトラックなどがります。また、プール調教用のプール、森林馬道、診療所などが設置されています。

美浦トレセン南側調教コース
美浦トレセン南側調教コース(上記写真では右側)

 美浦トレセンは競走馬の訓練施設としては最大級かつ最高級の水準にありますが、関西のJRA栗東トレーニングセンターに比べて所属馬の勝利数と獲得賞金が少ないという指摘が昔からあります。関東で行われる競争を予想するときに、関西馬が出場しているかどうかを気にする人もいます。いろいろな原因が考えられますが、有力な原因としては調教コースの坂路コースの問題があげられます。

 美浦トレセンが開場したのが1978年4月、栗東トレセンが開場したのは1969年11月です。関東の競馬場は坂が多く、関西馬は坂に慣れていないという問題がありました。1985年に栗東トレセンに坂路コースが作られると、関西馬の実力が向上し、東京競馬場や中山競馬場で関西馬の活躍が目立つようになりました。美浦トレセンには坂路コースがないため、関西馬と関東馬の実力に差がつき始めました。

 美浦トレセンに坂路コースを設置する場所を確保することは難しく、1993年まで坂路コースが設置されることはありませんでした。新設さらた美浦トレセンの坂路コースは栗東トレセンのものに比べて勾配が小さく、十分に競走馬を訓練することができませんでした。2004年に坂路コースの改修が行われましたが解決には至っていません。美浦トレセンの坂路コースのこれ以上の改善は環境的な要因から困難とされています。そこで、競走馬は栗東トレセンに留学したり、馬主都合で美浦トレセンから栗東トレセンに転厩する事例も少なくありません。

 この問題は関東馬の実力低下だけに止まらず美浦トレセンの存続にも関わることになります。そこでJRAは2018年に美浦トレセンの大規模改修を始めました。改善が難しいと言われていた坂路コースも距離を延長するのと同時に地下を掘り下げることによって高低差を栗東トレセンと同程度にすることになっています。坂路コースの完成は2022年、2026年に全体の工事が完了する予定です。

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2021年1月28日 (木)

行商のおばさん(昭和41年 取手駅)

昭和41年の秋頃に茨城県の取手駅で撮影した写真です。

取手駅前と駅前の商店街
取手駅前と駅前の商店街

 行商のおばさんが大きな荷物を背負って改札口にやってきました。行商はお客さんがいそうな場所まで商品を運んで販売する方法です。市場に出向いたり、住宅街を巡回して、物品やサービスを販売してまわります。このおばさんは、取手からどこへ向かうのでしょうか。都内であることは間違いありません。上野あたりでしょうか。

取手駅の改札口と行商のおばさん
取手駅の改札口と行商のおばさん

 さて、当時の駅ですが、切符の自動販売機もなければ、改札も自動なはずもありません。窓口で買った切符を、切符切りの駅員さんが改札鋏で改札します。混んでいる駅では改札鋏をリズムのようにカチャカチャと音を鳴らしながら流れるように改札していました。

1990 新宿駅JR有人改札

改札口の写真をカラー化してみました。躍動感が出て記憶が蘇るかのようです。

取手駅の改札口と行商のおばさん(カラー化)
取手駅の改札口と行商のおばさん(カラー化)

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2021年1月16日 (土)

北海道エアシステム(HAC)のサーブ340Bが退役

 2020年12月29日に北海道エアシステム(HAC、NTH/JL)のサーブ340B(JAC03HC)がラストフライトとなり現役を引退しました。HACはサーブ340Bを三機保有しており、今回退役したJAC03HCは導入3号機です。JAC03HCは1999年9月21日の就航から21年100日目でその役割をの終えました。

 この後、2021年夏までに1号機のJA01HC、年末までにJA02HCが退役する予定です。これによって民間航空機としてのすべてのサーブ340は日本の空から姿を消すことになります。

 次の写真はJAL 2748便の函館発札幌(丘珠)行きのサーブ340B JAC02HCです。悪天候で到着が遅れ、出発も遅れていましたが、ちょうどドアが開いてエアステアが降ろされたところでした。

340ja02hc
サーブ340B JAC02HC

 サーブ340Bは1クラス36席の近距離用双発ターボプロップ旅客機です。HACは2021年4月に1クラス48席のターボプロップ双発旅客機ATR42-600の1号機を就航させ、新型コロナウイルスの影響もあるようですが、2021年末には3機すべてのサーブ430BがATR42-600になります。

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2020年10月20日 (火)

函館の八幡坂

 北海道函館市の八幡坂です。函館山の麓から真っ直ぐ港に通じる坂です。その港は現在は観光スポットとなっている赤煉瓦倉庫街があるところです。真正面に青函連絡船記念館摩周丸が見えます。

八幡坂(北海道函館市)
八幡坂(北海道函館市)

 八幡坂は観光地から函館山の麓まで一気に登ってくることができる坂です。坂を登り切った正面には北島三郎さんの出身校の函館西高校学校があります。坂を登って右の方(写真では左の方向)に行けば旧函館区公会堂や箱館奉行所跡のある元町公園、左の方向(写真では右の方向)に行けばハリストス正教会などがあり、さらにその先にはロープウェイ乗り場があります。

 八幡坂の名前はこの坂の上に函館八幡宮があったことに由来します。函館八幡宮は明治の大火で焼失したため、現在は谷地頭に移設されています。函館山の麓には、八幡坂の他にも真っ直ぐな広い坂道がたくさんあります。函館は昔からしばしば大火があり、これらの坂には延焼を防ぐ目的もあったようです。

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2020年10月12日 (月)

サンフランシスコの五重塔

 サンフランシスコのジャパンタウンには五重塔があります。1968年にジャパンセンターが建設されたときに、日本からサンフランシスコ市に親善のため贈られたそうです。

Photo_20201012094801

 

 この五重塔はたいへん簡単な構造で、円盤が重なったような形をしており、日本風とは言えません。しかしながら、「この平和の塔は日本の人々から友情のしるしとして贈られた」と書いてありました。たぶん、五重塔を造るための寄付金が贈られ、現地で建設したのではないでしょうか。

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2020年10月10日 (土)

浅草寺の五重塔

 浅草寺の五重塔は慶安元年(1648年)に建立されました。1648年というと、徳川3代将軍家光の最後の方の時代です。家光は1651年に死去し、その年から4代将軍家綱の時代に入ります。 現在の五重塔は昭和48年(1973年)に再建されたものです。その高さは48 mもあります。

浅草寺の五重塔
浅草寺の五重塔

 浅草寺の五重塔は大正12年(1923年)の関東大震災の際には、倒壊しませんでしたが、昭和20年(1945年)の東京大空襲によって焼失してしまいました。もともとの五重塔は本堂の東側にあったそうですが、再建されたこの塔は西側に建てられました。東側には、地面に塔の跡を記した10 cm四方の「塔」と一文字だけ書いた小さな文字盤があります。探してみるのも面白いかもしれません。現在の五重塔も、なかなか昔の雰囲気を漂わせていますが、鉄筋コンクリートで造られているそうです。

 ちなみに日本でもっとも古い五重塔は、奈良県の法隆寺の五重塔です。国宝であり、ユネスコの世界遺産にも登録されています。法隆寺は今から1400年ほど前の推古15年(607年)に、推古天皇と聖徳太子によって建立されたと言われています。法隆寺の五重塔はおよそ1300年ほど前に建立されたものと考えられています。

 五重塔は、ひとつひとつの階を別々に作り上げ、それを重ねあげて建てます。木材と木材は強固に結合されているわけではなく、切り込みでつながっているだけですが、これが揺れに強い理由と考えられています。塔がゆれると、それぞれの階が揺れを吸収するように揺れるのだそうです。

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2020年9月 5日 (土)

北海道の馬そり(昭和41年 1966年1月)

 今から54年前に北海道の父の実家を訪れたときの写真が見つかりました。

 次の写真は帰る日に皆で記念撮影したものです。日付は昭和41年1月5日とありました。

Photo_20200905152101

 真ん中の親子が何かの上に座っています。その前部の下の方を見るとスキー板のようなものがあります。これはソリなのです。そして、このソリを引くのは、この家で飼っているお馬さん。

Photo_20200905152401

 もちろん、当時の日本では自動車がたくさん走っていましたが、こんな雪原では役に立たず。

Photo_20200905152901

 馬そりの移動の方が便利で快適だったのです。

光と色と Color Images|白黒写真をカラー写真にするアプリで紹介されているアプリでカラー化してみたところ、こんな感じになりました。

記念撮影

Photo_20200905153101

馬そり

Photo_20200905153102

やはりカラーにするとイメージが変わって、何かが蘇った感じがします。

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2020年9月 2日 (水)

昭和39年(1964年)の静岡駅

実家の写真を整理していたら昭和39年(1964年)の静岡駅の写真が出てきました。

静岡駅(昭和39年)
静岡駅(昭和39年)

昭和39年8月と記載されているので、まだ新幹線は開業前ですが、既に試運転は行われています。駅の後ろに新幹線の高架が写っています。

ですので、このときの旅行は在来線です。

当時の静岡駅の駅名標の写真もありました。静岡駅の下り側の駅は用宗(もちむね)駅、上り側は草薙(くさなぎ)駅とあります。

現在は静岡駅と用宗駅の間に阿部川駅がありますが、阿部川駅は昭和60年(1985年)開業ですから、当時はなかったのです。また、静岡駅と草薙駅の間には東静岡駅がありますが、東静岡駅は1998年開業です。

静岡駅の駅名標(昭和39年、1964年)
静岡駅の駅名標(昭和39年、1964年)

さて、駅の全体の写真を

光と色と Color Images|白黒写真をカラー写真にするアプリ

で紹介されているアプリでカラー化してみたところ、こんな感じになりました。

AIによるカラー化ですので、実際と色が異なるところはたくさんあろうかと思いますが、色が加わるとだいぶイメージが変わります。

静岡駅(昭和39年)カラー化
静岡駅(昭和39年、1964年)カラー化

 さて、この写真、ずいぶん高いところから撮影しています。駅舎の後ろに在来線、その後ろに新幹線の高架ですから、静岡駅北口です。当時、この高さから写真が撮れた場所というと松坂屋静岡店でしょうか。松坂屋静岡店は当時も存在しました。

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現在の静岡駅周辺

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