北の国から羽田空港に向かう航空機が茨城県の霞ヶ浦を通過した頃、眼下に写真のような広大な土地に2つの大きなトラックが現れます。

JRA美浦トレーニングセンター(航空写真)
この施設はJRA(日本中央競馬会)の美浦トレーニングセンター(美浦トレセン)です。美浦トレセンは競走馬のトレセンとしては日本で最大級の施設です。上空から見ても、Google Mapで見ても、すぐに見つけることができます。
大きな2つの調教コースに挟まれた領域には厩舎や公園があります。敷地内には調教コースや厩舎のみならず、厩務員・騎手・JRA職員など家族を含めて約5000人が暮らす宿泊施設があります。その他、競馬に関わる産業を含めて考えると、周辺地域合わせて数万人の生活の馬となっており、ショッピングセンター、郵便局、病院など生活に必要な施設も存在しています。
調教コースには芝コース、ダートコース、障害用コース、ウッドチップコースに加えて、オールウェザー対応の新素材を敷き詰めたニューポリトラックなどがります。また、プール調教用のプール、森林馬道、診療所などが設置されています。
美浦トレセン南側調教コース(上記写真では右側)
美浦トレセンは競走馬の訓練施設としては最大級かつ最高級の水準にありますが、関西のJRA栗東トレーニングセンターに比べて所属馬の勝利数と獲得賞金が少ないという指摘が昔からあります。関東で行われる競争を予想するときに、関西馬が出場しているかどうかを気にする人もいます。いろいろな原因が考えられますが、有力な原因としては調教コースの坂路コースの問題があげられます。
美浦トレセンが開場したのが1978年4月、栗東トレセンが開場したのは1969年11月です。関東の競馬場は坂が多く、関西馬は坂に慣れていないという問題がありました。1985年に栗東トレセンに坂路コースが作られると、関西馬の実力が向上し、東京競馬場や中山競馬場で関西馬の活躍が目立つようになりました。美浦トレセンには坂路コースがないため、関西馬と関東馬の実力に差がつき始めました。
美浦トレセンに坂路コースを設置する場所を確保することは難しく、1993年まで坂路コースが設置されることはありませんでした。新設さらた美浦トレセンの坂路コースは栗東トレセンのものに比べて勾配が小さく、十分に競走馬を訓練することができませんでした。2004年に坂路コースの改修が行われましたが解決には至っていません。美浦トレセンの坂路コースのこれ以上の改善は環境的な要因から困難とされています。そこで、競走馬は栗東トレセンに留学したり、馬主都合で美浦トレセンから栗東トレセンに転厩する事例も少なくありません。
この問題は関東馬の実力低下だけに止まらず美浦トレセンの存続にも関わることになります。そこでJRAは2018年に美浦トレセンの大規模改修を始めました。改善が難しいと言われていた坂路コースも距離を延長するのと同時に地下を掘り下げることによって高低差を栗東トレセンと同程度にすることになっています。坂路コースの完成は2022年、2026年に全体の工事が完了する予定です。
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