カテゴリー「身近なものの仕組み」の65件の記事

2023年1月28日 (土)

プラスチックの語源|塑性と弾性の違い

 日本語でプラスチックというと、多くの場合はプラスチック材料やプラスチックで作られたもののことです。ところが英語のプラスチックplasticには日本語と同じ名詞としてのプラスチックという意味の他に形容詞としての「形を作ることができる」という意味があります。もともとplasticはギリシャ語で塑造という意味をもつplastikos という単語に由来しています。塑造とは粘土などの柔らかな材料で像などを造ることです。

塑造
塑造

 プラスチックが意味する「形を作ることができる」という性質のことを可塑性または塑性といいます。可塑性とは「外から力を加えると形を変えることができ、力を取り除いても元の形に戻らない性質」です。例えば、粘土の固まりは力を加えると変形しますが力を取り除いても元の固まりに戻ることはありません。またゴムのように「外から力を加えると形を変えることができ加えた力を取り除くと元の形に戻る性質」を弾性といいます。

>塑性と弾性の違い
塑性と弾性の違い

 プラスチックは合成樹脂とも呼ばれます。樹脂は松ヤニや漆などのように樹液が固まったもので、自然由来の樹脂のことを天然樹脂といいます。私たち人類は古代から天然樹脂を利用してきましたが、天然樹脂は採れる量が少ないうえに取り扱いが面倒という問題がありました。そのため、人類にとって天然樹脂に代わる材料を手に入れることは積年の夢でした。

 やがて天然樹脂によく似た性質を持つ物質が人工的に作り出されると、それらの物質のことを合成樹脂と呼ぶようになりました。今日では、合成樹脂というと原料や素材、プラスチックというと成型品を意味することが多いようですが言葉の使い分けに厳密な区別はありません。

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2022年12月11日 (日)

百円玉が登場(1957年12月11日)

 昭和32年(1957年)12月11日、臨時通貨法により臨時補助貨幣として百円硬貨が初めて発行されました。この百円硬貨は銀60%、銅30%、亜鉛10%の銀を主成分とする合金の銀貨でした。表面には鳳凰の絵に日本国と百円の文字、裏面には桜の花の絵に100YENと製造年が彫られています。直径は22.6 mm、重さは4.8 g、周囲にはギザがあります。百円硬貨は当時としては最高額面の硬貨でした。当時は壱万円札はまだなく最高額面の紙幣は五千円でした。

初めて発行された100円硬貨(昭和32年 1957年)
初めて発行された100円硬貨(昭和32年 1957年)

 この百円硬貨は2年後の昭和34年(1959年)に表裏の図柄のみが変更されました。表面は稲穂の絵になり、裏面には中心部に大きな100の数字が表示されました。昭和39年(1964年)には東京オリンピックの記念硬貨が発行されました。

 その後、高度経済成長や自動販売機の普及により百円硬貨の需要は高まりましたが、保有する銀量の不足および諸工業における銀の需要増によって世界的に銀貨が使われなくなりました。日本も銀貨の使用をやめることになり昭和42年(1967年)2月1日に銅75%、ニッケル25%の白銅の百円硬貨が発行されました。この百円硬貨が現在まで使われている百円玉ものです。

 自分が子どもの頃は100円玉もありましたが板垣退助の百円札(B号券)が使われていました。この百円札は愛着もありましたが昭和41年(1966年)に廃止が決まり、昭和47年(1972年)に製造終了、昭和49年(1974年)に出回らなくなりました。

 大人になってから米国に行って1ドル札がよく使われていることを知りました。チップなどの文化の違いもあると思いますが百円札も五百円札を残しておいても良かったのではないかと思った次第です。

【関連記事】

壱万円札が初登場(1958年12月1日)

社長が語る1円玉の価値を小料理屋の女将さんがばっさり切る

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2022年11月27日 (日)

4がIVで9がIXなのはなぜ?|ローマ数字のおはなし

 ローマ数の I, II, III, IV, V, VI, VII, VIII, IX, Xがアラビア数字の1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8, 9, 10 がに対応することは多くの人がご存じと思います。

 ローマ数字の表記方法の基本は画線法です。5未満は I の本数で表され、6以上は5を意味する V の右横にIを加えることによって表されます。ただし、4と9はそれぞれ IIII、VIIII で表すことも可能ですが表記を短くするため、IIIIは V の左横に5と4の差分の I を書いて IV と表記し、VIIIIは X の左横に10と9の差分の I を書いて IX と表記します。これを減算則といいます。

 この I~Xのローマ数字で表記できるのは1~10までです。100や1000を表すことができません。実はローマ数字には基本のI、V、Xの他に50、 100、 500、 1000 を表す L、 C、 D、 M があります。このL、C、D、Mに画線法と減算則が適用されます。

 下記のローマ数字はいくつを意味するでしょうか?

このローマ数字は?
このローマ数字は?

 たとえば51は LI です、52は LII 、55はLVです。54はLIVとなり、59はLIXとなります。同様に101は CI、103は CIII、104はCIV、106はCVI、109はCIXです。

 それでは140はどうなるでしょうか。100は Cです。40は50を意味するLの左横に50と40の差分の I を書いて XL と表記します。従って140は CXL になります。144は CXLIV となり、149は CXLIX になります。

 200はCC、300はCCCとなりますが、400は500のDの左横に500と400の差分を Cを書いて CD になります。444は CDXLIV、449はCDXLIXです。1429はMCDXXIX、1449はMCDXLIX、1999はMCMXCIXです。

 例を使って変換方法をまとめておきましょう。

13 (10×1)+(1×3)= X+III = XIII

24 (10×2)+(-1+5)= XX+IV = XXIV

49 (-10+50)+(-1+10)= XL+IX = XLIX

499 (-100+500) + (-10+100)+(-1+10) = CD + XC + IX

3494 (1000×3)+(-100+500)+(-10+100)+(-1+5)= MMM+CD+XC+IV= MMMCDXCIV

ということで上図の答えは3494でした。

 なお現代においては一般にローマ数字で表すことができるのは1~3999までとされており4000以上の数値を表すことができません。また0に相当する数字はありませんので 0 も表記できません。

 4000以上の数値を表すにはローマ数字にオーバーラインをつけると1000倍を表すことができます。IVの上にオーバーラインをつけると4000になります。MVのVの上にオーバーラインをつけても(-1000)+(5×1000)で4000となります。

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2022年11月18日 (金)

実用的写真術を発明|ルイ・ジャック・マンデ・ダゲールの誕生日(1787年11月18日)

 1787年11月18日は世界で初めて実用的な写真技術を発明したフランスの画家・写真家のルイ・ジャック・マンデ・ダゲールの誕生日です。

 ダゲールは若い頃にパノラマ画家ピエール・プレボに師事し、建築、劇場の舞台美術、パノラマ画を学びました。タゲールは優れた劇場イリュージョン技術により劇場設計者として有名になり、1822年7月にパリでジオラマ劇場を開きました。

ダゲレオタイプで撮影したダゲールの肖像写真
ダゲレオタイプで撮影したダゲールの肖像写真

 同じ頃、写真の技術の基礎となる印刷技術ヘリオグラフィを発明したフランスのニセフォール・ニエプスはカメラ・オブスクラの画像を写真に残す技術の開発を始めました。写真の撮影はすぐに成功したものの長く定着させることができるまで数年かかりました。何とか画像を写真として残すことができるようになりましたが、写真を撮影するのに非常に長い露出時間を要するためこの写真技術は実用的なものではありませんでした。

 1829年、ニエプスは自身が発明した写真技術を実用化するためダゲールと共同研究を始めました。そして光化学反応で変色する銀化合物を写真に利用することに成功しました。しかしながらニエプスは研究途上の1833年にこの世を去りました。ダゲールは単独で研究を継続し、ついに銀板写真法を発明し1839年に発表しました。この写真技術はダゲレオタイプと呼ばれ、10~20分の露光時間で写真を撮影することができました。フランスの科学者フランソワ・アラゴはこの実用的な写真撮影法を政府に推薦しました。ダゲールは政府から終身年金を受け取るかわりにダゲレオタイプを公開しました。これによってタゲレオタイプは世界中に広まりました。

 ダゲールがこの世を去ったのは1851年7月10日、有益な技術を研究開発した科学者として彼の名前はエッフェル塔に刻まれています。

【関連記事】

写真技術の先駆者 ジョセフ・ニセフォール・ニエプス没

カメラ発明の日(1839年8月19日)

カメラ発明の日は3月19日ではなく8月19日

写真の日(6月1日)

カメラと写真の仕組み

ピンホール現象とカメラオブスクラ 写真の仕組み(1)

カメラオブスクラの像を写真に残す 写真の仕組み(2)

白黒写真の仕組み 写真の仕組み(3)

カラー写真の始まり 写真の仕組み(4)

加色法によるカラー写真の仕組み 写真の仕組み(5)

減色法によるカラー写真の仕組み 写真の仕組み(6)

 

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2022年11月14日 (月)

油脂とトランス脂肪酸

〇動物性油脂と植物性油脂

 油脂は天然の脂肪酸とグリセリンとのエステル化合物で脂質の仲間です。油脂は大きくわけると動物から取れる動物性油脂、植物から取れる植物性油脂があります。油脂は常温で液体のものは「油」、固体のものは「脂」と表します。

 動物性油脂には魚油や鯨油など海生の動物から取れるものとラード(豚脂や牛脂)やバターなど陸生の動物から取れるものがあります。植物性油脂にはコーン油、大豆油、ヤシ油、パーム脂、カカオ脂、木蝋(もくろう)などがあります。バターやマーガリンは食用の油脂の中に水分が分散したコロイドです。

〇マーガリンは健康に良くない?

 多くのマーガリンは植物性油脂から作られているので一般的にマーガリンの方がバターよりも健康に良いというイメージがあります。ところがマーガリンにはトランス脂肪酸がたくさん含まれており、健康に悪影響を与える可能性があるという指摘があります。

 自然由来の脂肪酸は二重結合の部分がシス型という折れ曲がった構造をしています。マーガリンを製造する際、マーガリンを常温で固体とするため水素を添加しますが、このとき脂肪酸の二重結合の一部がトランス型という直線状の構造になりトランス脂肪酸となります。

トランス脂肪酸の例(オレイン酸)
トランス脂肪酸の例(オレイン酸)

〇トランス脂肪酸の問題

 トランス脂肪酸は血中の悪玉コレステロール(LDL)を増加させ善玉コレステロール(HDL)を低下させることから心臓疾患を発症するリスクを高めると言われています。現在のところ日本では食品中のトランス脂肪酸について特段の規制はありませんが、欧米では含有量の表示が義務づけられたり、含有量を制限されたりしています。日本食品油脂検査協会によれば日本で販売されているバターとマーガリンに含まれるトランス脂肪酸の平均の含有量はそれぞれ100 gあたり1.95g、7gであり、確かにマーガリンにたくさんトランス脂肪酸が含まれていることになります。

 WHO(国連世界保健機関) と FAO(国連食料農業機関)の合同専門家協議会でまとめられた報告書によると、トランス脂肪酸の摂取はエネルギー比で1%以下にすることとされています。米国人の一日あたりのトランス脂肪酸の平均摂取量は報告書の値を上回りますが、日本人の場合は下回っています。これは食生活の違いによるものです。つまり日本人の平均的な食生活を考えると、それほど心配ないということになります。しかし、日本人の食生活は欧米化していますし、偏食をしたり脂肪分の多い菓子類をたくさん食べたりしている場合には注意が必要です。

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バターとマーガリンの違い

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2022年11月11日 (金)

バターとマーガリンの違い

〇バターとマーガリンの生い立ち

 人間は太古の時代から牛や羊の生乳を利用してきました。今から約5千年前のメソポタミアの遺跡で当時の人たちがウシを飼い牛乳を絞っている様子を描いた石版が見つかっています。私たち人類はそれ以前の新石器時代から酪農を始め牛乳を利用してきたと考えられています。

 生乳を静置しておくと、表面に乳脂肪(クリーム)が浮いてきます。その乳脂肪を練り上げたものがバターです。古代の人たちが生乳をかき混ぜているうちに期せずして乳脂肪が自然に固まりバターができることもあったでしょう。そのためバターの歴史はとても古く詳しいことはわかっていません。

 バターの製法の最も古い記録としては今から約4千年前のインドの教典にバターの作り方が書かれているそうです。バター(butter)の語源はギリシャ語で凝固した乳を意味する「boutyron」と考えられています。

 人間は太古の時代から牛や羊の生乳を利用してきました。生乳をかき混ぜていると期せずして乳脂肪(クリーム)が分離して固まることもあったでしょう。そのためバターの歴史はとても古く詳しいことはわかっていません。最も古い記録としては今から約4000年前の紀元前20世紀のインドの教典にバターの作り方が書かれています。紀元前5世紀頃のメソポタミア文明や古代ギリシアの時代にも記録があり創世記などにも登場します。

 一方、マーガリンは歴史は浅く今から約150年前に発明されました。1869年にフランスのナポレオン3世が当時戦争下で不足していたバターの代替品を募集しました。フランスの食品化学者メージュ・ムーリエ・イポリットが牛脂に牛乳を混ぜて冷やして固めるとバターによく似たものができることを発見しバターの代用品を作ることに成功しました。

 マーガリン(margarine)の語源はギリシャ語で真珠を意味する「margarite」です。マーガリンを作るときに真珠のように輝く油脂の粒ができることからマーガリンと名付けられたそうです。

メージュ・ムーリエ・イポリット
メージュ・ムーリエ・イポリット

〇バターとマーガリンの違い

(バター)

 バターは原料が生乳で乳脂肪分80%以上、水分17%以下と定められています。添加物も食塩と香料しか認められていません。原料が生乳ではないものや、原料が生乳であっても食塩や香料以外の添加物が含まれるものはバターとは呼びません。

 古代のバターは乳脂肪の分離に時間がかかり乳脂肪が乳酸発酵するためヨーグルトのような酸味と独特の風味のある「発酵バター」となりました。現在では遠心分離器を使って速やかに乳脂肪の分離を行うことができるので「非発酵バター」を簡単に作ることができます。日本では非発酵バターが主流ですが、ヨーロッパでは非発酵バターより発酵バターの方がよく食べられています。食塩は風味や保存性を良くするために加えられますが、お菓子やケーキなどを作るときには食塩を含まないバターが使われます。

 原 料:牛の生乳

 定 義:乳脂肪分80%以上、水分17%以下

 種 類: 発酵バター(乳脂肪を発酵)、非発酵バター(乳脂肪を発酵させない)

      加塩バター(食塩1~2%を添加)、無塩バター(食塩を含まない)

 添加物:食塩および香料のみ

 バターの色はビタミンAに含まれるカロテンによって黄色です。牛が食べる牧草は夏になるとカロテンを豊富に含みますが、牛は冬の間はカロテンをあまり含まない干草を食べます。そのため冬に作られるバターは白っぽくなります。

(マーガリン)

 マーガリンは原料に乳脂肪を含まないか、乳脂肪を主原料としない食用油脂で脂肪分80%以上と定められています。マーガリンは食用油脂に水を加えたり、水素を化学反応させたりしたものを固めて作ります。市販されている多くのマーガリンに使われている食用油脂はコーン油や大豆油などの植物油脂ですが魚油・豚脂・牛脂などの動物性油脂を使ったものもあります。 このことからもわかる通りバターが動物性油脂でできていることは間違いありませんが、マーガリンには動物性油脂のものがあり必ずしも植物性油脂からできているとは限りません。

 マーガリンはバターと違って乳化剤や安定剤などの食品添加物を使うことが可能なため、保存性を高めたり脂肪分の割合を変えたりいろいろな風味をつけたりすることができます。最近、スーパーマーケットの売り場には脂肪分80%未満のマーガリンに似た商品がたくさん並んでいますがこれはファットスプレッドといいマーガリンとは区別されます。

 原 料:植物性油脂・動物性油脂

 定 義: マーガリン:乳脂肪分80%以上

      ファットスプレッド:乳脂肪分80%未満

 種 類:さまざまな種類がある

 添加物:食塩、香料、乳化剤、安定剤など

 マーガリンやファットスプレッドは保存状態によって変色することはありますが、季節によって色が変わるということはありません。

バターとマーガリンの原料
バターとマーガリンの原料

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油脂とトランス脂肪酸

パスタとスパゲッティの違い|世界パスタデー(10月25日)

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2022年11月 7日 (月)

冬の始まり|立冬(11月7日)

 「冬の気立ち始めて、いよいよ冷ゆれば也」(太玄斎の著書「こよみ便覧」の立冬)。

 冬至は二十四節気の最初の立春から数えて22番目の節です。定気法に従う二十四節気では太陽黄経225度のときで多くは11月7日となり、この日は秋が極まり冬の気配が立ち始める日とされています。23節の小雪の前日までが立冬の期間になります。天文学では太陽黄経225度になった瞬間が立冬となります。

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太陽の日周運動(春分・夏至・秋分・冬至)

 立冬は秋分と冬至の中間でこの日から冬が始まり立春の前日まで続きです。 ただしこれは昼夜の時間を基準とした季節の区分です。北海道や東北を除く多くの地域では11月7日は冬の始まりというよりも秋も大詰めと言ったところです。美しい紅葉が見られるシーズンです。

紅葉シーズン
紅葉シーズン

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冬至とは(2020年12月21日)

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2022年10月25日 (火)

パスタとスパゲッティの違い|世界パスタデー(10月25日)

 10月25日は「世界パスタデー(World Pasta Day)」です。1995年10月25日にイタリアのローマで「第1回世界パスタ会議」が開催され、これを記念して1998年に制定されました。この日は欧州やイタリアのパスタ製造業者連合会がパスタ販売促進のキャンペーンを実施するほか世界各地でもパスタのイベントが開催されます。

 さてパスタは小麦粉で作ったイタリアの麺料理の総称です。スパゲッティ、マカロニ、ペンネ、ラビオリなど形や大きさにかかわらずすべてがパスタです。またイタリアでは広義には小麦粉で作った生地という意味でパン、ピザ、ケーキの生地もパスタと呼ばれています。

 かつての日本ではパスタという名前はあまり馴染みがなくスパゲッティのことをパスタという習慣はほとんどありませんでした。1980年代に本格的なイタリアアンレストランが増え始めイタリア料理が流行するようになるとパスタという言葉が使われるようになりました。スパゲッティという言葉には昭和時代のレストランが出していたナポリタンやミートソースの印象も漂うようにもなり、いつの頃からスパゲッティをはじめとするロングパスタのことをパスタと呼ぶようになりました。

 下記はイタリア北部の都市コモを訪れたときに食べたパスタです。ボロネーゼに使われるタリアテッレでした。

タリアテッレ
タリアテッレ

 現在、日本ではパスタと言えばスパゲッティを思い出す人が多いと思います。一方、マカロニやペンネやラビオリなどはそれぞれの名前で呼ばれる場合がほとんどです。スパゲッティはパスタの一種であることは間違いありませんが、正確には細長く断面が円形で空洞のない麺のことです。

【関連記事】パスタとスパゲッティの違い|世界パスタデー(10月25日)

あっと言う間にできる鉄板ミートソーススパゲッティ

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2022年10月15日 (土)

ツナとシーチキンの違い

 「ツナ」(tuna)は英語でスズキ目サバ科マグロ族に分類される魚のことです。マグロ属には様々なマグロがいますがすべてツナになります。またマグロ族にはマグロ属の他にカツオ属やスマ属もありますのでカツオやスマもツナの仲間ということになりますが一般的にツナと言えばマグロのことです。お寿司屋さんではカツオはbonitoと呼びます。

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クロマグロ

 マグロの身を油漬などして缶詰にしたものを「ツナ缶」と呼びますが「シーチキン」という名前の缶詰もあります。もちろんシーチキンは海鳥肉ではありません。シーチキンもマグロです。ですからツナ缶もシーチキンの缶詰も基本的に同じものです。

 実は「シーチキン」は、水産加工品製造販売の「はごろもフーズ」の登録商標です。ツナ缶の味が鶏肉のささみに似ていることから、海の鶏肉を意味するシーチキンと名付けたそうです。はごろもフーズの製品は「シーチキン」、他の会社の製品はすべて「ツナ缶」と表記されています。ちなみに「シーチキンマイルド」はカツオを使用したものです。日本で販売されている「ツナ缶」の原材料はビンナガマグロ(ビンチョウマグロ)、キハダマグロ、カツオがほとんどです。

シーチキン マイルド 70g ×12缶(0672) 

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2022年10月13日 (木)

グリニッジ天文台を経度0度に制定(1884年10月13日)

 グリニッジ子午線は英国のグリニッジ天文台に設置された天体の子午線通過を観測する装置「エアリー子午環」の中心を通る経線です。もともグリニッジ天文台は1675年に基準とする子午線を決定する目的で設置されました。

1824
グリニッジ王立天文台 (1824年トーマス・ホスマー・シェパード作 )

 グリニッジ天文台の初代台長のジョン・フラムスティードはグリニッジ天文台で恒星の厳密な観測を行い恒星図を作成しました。この恒星図はフラムスティードの死後1729年に「フラムスティード天球図譜」として出版されました。この恒星図によってグリニッジ天文台と世界各地での恒星の観測時間の差から経度差を求めることができるようになりました。

フラムスティード天球図譜
フラムスティード天球図譜

 自国の天文台を基準とした恒星図を作ったのは英国だけではありません。16世紀から17世紀にかけてヨーロッパ諸国は海外進出を果たしました。大航海時代に世界各地を結ぶ多くの航路が発見され貿易が盛んに行われるようになると、船の安全な航行が求められるようになりました。そのためには正確な海図が必要で、船が洋上の位置を知るためには南北位置を表す緯度と東西位置を表す経度を求める必要がありました。緯度は地平線もしくは水平線と太陽や北極星のなす角度から比較的簡単に求めることができましたが、経度を求めるためには基準の位置と自分が存在する位置の時差を知る必要があったのです。1610年に自作の望遠鏡で木星の衛星を観測したイタリアのガリレオ・ガリレオは世界各地での衛星の食が始まる時間差から経度を決めることができると考えました。パリの天文台で台長ジョヴァンニ・ドメニコ・カッシーニのもとで木星の食の始まりを観測し初めて光速が有限であることを証明したフランスのオーレー・レーマーも経度を決めることが目的で天体観測を行っていたました。

 1700年代後半、英国は世界の海を制する海軍を有する海洋大国になっていました。これによってグリニッジ天文台を基準とした「フラムスティード天球図譜」が事実上の標準の星図となりヨーロッパ諸国の船が利用しました。1851年、グリニッジ天文台の台長ジョージ・ビドル・エアリーが天文台本館(現在の旧館)に子午環を設置しました。いわゆる「エアリー子午環」の中心がグリニッジ子午線の基準となりました。1884年10月にワシントンDCで開催された国際子午線会議でグリニッジ子午線が世界共通の公式な本初子午線とすることが定められました。このとき、フランスは採択を棄権しています。フランスはパリを標準とする子午線を1911年まで使用しました。

 現在、国際的に採用されている本初子午線は「エアリー子午環」の東側102.478メートルを通るIERS基準子午線です。1969年に米国が宇宙から座標を計測したところわずかにずれていることがわかったのです。これによってグリニッジ子午線の経度は西経0度0分5.3101秒(1989年時点)となりました。このことからグリニッジ子午線は本初子午線ではなくなったのですが、ずれはわずかなためグリニッジ子午線と本初子午線が区別されていない場合があります。日本の標準時子午線はグリニッジ子午線を元に定められたものです。

グリニッジ・タイム―世界の時間の始点をめぐる物語 単行本 – 2007/10/1

 

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光速の測定実験は航海図の作成がきっかけだった

レーマーが光の速さは有限と発表(1676/11/22)

日本に2つ時刻があった|日本標準時制定記念日(1886年7月13日)

時の記念日(1920年6月10日)

宇宙・天文|今日は何の日

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