カテゴリー「書籍・雑誌」の151件の記事

2025年11月10日 (月)

図解 幕末通説のウソ

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図解 幕末通説のウソ

日本史の謎検証委員会 (編集)

幕末から明治初頭の史実に関する常識を覆す34の新説を図解で紹介した本です。事件・戦争・社会文化の3つのテーマから通説の裏に隠された真相を解説します。解説文も読み応えがあり当時の多くの写真や資料が掲載されています。幕末・明治の歴史を再確認することができます。

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「江戸の庶民は黒船に興味津々だった」「薩英戦争で薩摩藩はイギリスに善戦した」「新選組は早くから洋式の装備を導入していた」「日本の水道網や識字率は外国よりも優れていた」など、これまでの研究で明らかになった34の幕末史の新説を紹介。事件、戦争、社会・文化というテーマから、図版を用いて幕末の真相を読み解いた一冊。

目次

第1章 事件に関するウソ

 黒船に関するウソ、開国に関するウソ、砲艦外交に関するウソ その他

第2章 戦争に関するウソ

 薩英戦争に関するウソ、奇兵隊に関するウソ、新選組の武器に関するウソ その他

第3章 社会・文化に関するウソ

 社会インフラに関するウソ、工業に関するウソ、植民地化に関するウソ その他

登録情報

出版社 ‏ : ‎ 彩図社 (2022/10/27)
発売日 ‏ : ‎ 2022/10/27
言語 ‏ : ‎ 日本語
単行本(ソフトカバー) ‏ : ‎ 80ページ
ISBN-10 ‏ : ‎ 4801306306
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4801306301
寸法 ‏ : ‎ 26 x 18.4 x 0.7 cm

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2025年10月 9日 (木)

三菱 零式艦上戦闘機二一型|デアゴスティーニ 第二次世界大戦 日本の傑作機コレクション 創刊号

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 デアゴスティーニの第二次世界大戦 日本の傑作機コレクション 創刊号(三菱 零式艦上戦闘機 二一型)を購入しました。 1/72のダイキャストモデルが付属しており零戦について詳しく解説しています。

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目次

シリーズガイド

  • イントロダクション
  • ダイキャストモデル紹介
  • シリーズラインアップ紹介
  • コラム 第⼆海世昇⼤戦の⽇本機
  • マガジン紹介
  • 近刊予告

マガジン目次

  • 機体概要
  • 聞発ストーリー
  • 激闘録
  • 検証!メカニズム
  • 塗装バリエーション
  • ライバル製の比較
  • ⼊物ファイル
  • コラム
    第⼆次世界⼤戰 航空機の世昇
    技術編 航空機のエンジン横造

登録情報

ASIN ‏ : ‎ B0FQTWB63Z
出版社 ‏ : ‎ デアゴスティーニ・ジャパン (2025/9/30)
発売日 ‏ : ‎ 2025/9/30
言語 ‏ : ‎ 日本語
雑誌 ‏ : ‎ 16ページ
寸法 ‏ : ‎ 29 x 22.7 x 6.3 cm

さて1/72のダイキャストモデルですが手に取ってみるとずっしりとした重さを感じます。駐機状態と飛行状態に作り分けることができます。実際には主脚と尾脚の部品を取り替えるだけで作り替えることができます。自分は駐機状態で作成してみました。

三菱 零式艦上戦闘機二一型 デアゴスティーニ 第二次世界大戦 日本の傑作機コレクション 創刊号
三菱 零式艦上戦闘機二一型
デアゴスティーニ 第二次世界大戦 日本の傑作機コレクション 創刊号

 尾翼のAI-103からこの機体は赤城戦闘機隊のハワイ真珠湾攻撃時の第一次攻撃隊制空隊、第2小隊1番機、指宿正信大尉機です。背景を空母の甲板にして白黒の写真にしてみました。

三菱 零式艦上戦闘機二一型(空母甲板を背景に)
三菱 零式艦上戦闘機二一型(空母甲板を背景に)

【関連記事】

零戦の日(1939年7月6日)

零戦五二型61-120号機

一〇〇式重爆撃機「呑龍」

キ43 一式戦闘機「隼」の初飛行(1938年12月12日)

「加藤隼戦闘隊(飛行第64戦隊)」の加藤建夫隊長が戦死(昭和17年 1942年5月22日)

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日本海軍の局地戦闘機「 震電」の初飛行(1945年8月3日)

空母「赤城」進水(1925年4月22日)

空母「信濃」沈没(1944年11月29日)

日本海軍空母機動部隊が択捉島単冠湾から出港(1941年11月26日)

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2025年8月10日 (日)

五稜郭の解説本|決定版 日本の名城 第23号(五稜郭) [分冊百科] (付)

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決定版 日本の名城 第23号(五稜郭) [分冊百科] (付) 雑誌 – 2024/11/26

 五稜郭について「五稜郭の成り立ちと歴史的背景」「城郭の構造と機能」「関連人物」「五稜郭観光の見どころ」などの観点から豊富な資料で深く掘り下げて解説した雑誌です。日本の城郭の中でも特異な五稜郭の魅力を多角的に知ることができます。

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最新研究に基づく解説と豊富なビジュアルで200名城を知り尽くす 隔週刊『決定版 日本の名城』創刊

地政学的な城の成り立ちから築城主、天守、歴史はもちろんのこと、当時の地形図や城の復元CGから、現代の見どころまで、これまでにない広さと深さで解説。最新研究に基づき、図解や写真など豊富なビジュアルで毎号1つの城に焦点を当て、全巻揃えると日本の名城を知り尽くす“百科事典”が完成するマガジンシリーズです。

その城のすべてを1冊に詰め込んだ城マガジンの決定版

まばゆく輝く美しい天守、強固に城を守る堅牢な櫓(やぐら)と門、圧倒的な迫力をもつ石垣と堀、多くの曲輪(くるわ)を構えた巨大山城の威容など、さまざまな城の魅力をあまねく網羅。失われてしまった天守や御殿も復元CGなどで往時の姿を鮮明に紹介し、全国の名城の全貌を知り尽くすことができます。

ASIN ‏ : ‎ B0DMFDVMRQ
出版社 ‏ : ‎ デアゴスティーニ・ジャパン (2024/11/26)
発売日 ‏ : ‎ 2024/11/26
言語 ‏ : ‎ 日本語
雑誌 ‏ : ‎ 40ページ
寸法 ‏ : ‎ 29.7 x 22.9 x 0.3 cm

決定版 日本の名城 第23号(五稜郭) [分冊百科] (付)

 

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2025年6月23日 (月)

自衛隊機乗り逃げ事件(昭和48年 1973年6月23日)|自衛隊青春日記(小栗 新之助 著)

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 昭和48年(1973年)6月23日午後9時頃、栃木県宇都宮市の陸上自衛隊北宇都宮駐屯地の宇都宮飛行場(RJTU)から富士重工製のLM-1連絡機が飛び立ちました。同機は南方に向かって低空飛行で飛んで行きましたがレーダーでは捕捉できませんでした。管制塔閉鎖後の出来事であったことから基地内はこの不測の事態で大騒ぎになりました。

富士重工製のLM-1連絡機
富士重工製のLM-1連絡機(同型機)
Description: English: Fuji LM-1 Nikko in Japanese JASDF markings at Lakeland Florida
Date:22 April 2009 Author:RuthAS

 部隊の調査によって同基地内の航空学校宇都宮分校に所属する20歳の三等陸曹の整備員が行方不明になっていることがわかりました。この三等陸曹は事件の直前には基地内の隊員クラブで飲酒をしていたこともわかりました。三等陸曹は操縦訓練を受けたことはなく整備士として副操縦席にわずかな時間の搭乗経験があったのみでした。離陸後に基地から無線の呼びかけにも応答せずそのまま行方不明となりました。

 自衛隊は1ヶ月にわたる捜索を続けましたがLM-1の機体も三等陸曹も発見されず燃料切れで墜落したものと判断されました。防衛庁と自衛隊は三等陸曹が酒に酔って航空機を操縦したくなりLM-1を乗り逃げしたと断定し行方不明のまま懲戒免職とし、上司も管理責任で処分されています。

 この事件に関して 「自衛隊青春日記」(共栄書房)の著者の小栗新之助はこの三等陸曹が酔って1人で航空機を乗り逃げしたことに異論を唱えています。格納庫は緊急事態に備えるため施錠はされていなかったものの扉の開閉や航空機の出し入れを1人できるものではないと指摘しています。また事件の少し前に三等陸曹が基地内で革ジャンの男2人と話しているのを目撃していることを証言しています。このようなことから三等陸曹が酒に酔ってLM-1を衝動的に乗り逃げしたのではなく、背景に第三国が絡んでいて日本から亡命したのではないかという指摘もあります。事件から50年以上も経過していますが真相は謎のままです。

自衛隊青春日記

小栗 新之助 (著)

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自衛隊青春日記

出版社 ‏ : ‎ 共栄書房 (2013/2/1)
発売日 ‏ : ‎ 2013/2/1
言語 ‏ : ‎ 日本語
単行本 ‏ : ‎ 163ページ
ISBN-10 ‏ : ‎ 4763410539
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4763410535

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2025年5月12日 (月)

箱館戦争全史

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箱館戦争全史 

好川 之範 (著)

箱館戦争全史
箱館戦争全史 (Amazon.co.jp)

 「箱館戦争全史」は幕末の戊辰戦争の最後の戦いとなった「箱館戦争」の経過や背景を詳細に解説した歴史書です。明治元年(1868年)10月、榎本武揚が率いる旧幕府軍が蝦夷地(北海道)の鷲の木に上陸してから明治2年(1869年)5月に五稜郭が落城するまでの約半年間に渡る箱館戦争の経過が詳細に記述されています。

 「鳥羽・伏見の戦い」から始まる箱館戦争前夜、旧幕府軍による蝦夷地平定、箱館政権の樹立、宮古湾海戦、新政府軍の蝦夷地上陸と箱館総攻撃に至るまでの過程が網羅されています。単に戦史を羅列したものではなく当時の社会情勢、箱館の人々の暮らし、新政府軍と旧幕府軍の志士たちの心理や生き様などを取り上げています。平易な日本で書かれているのですらすら読むことができます。郷土史料に書かれているエピソードも紹介されているので歴史書としても価値のある一冊と思います。

出版社 ‏  : ‎ KADOKAWA(新人物往来社) (2009/1/1)
発売日 ‏  : ‎ 2009/1/1
言語 ‏   : ‎ 日本語
単行本 ‏  : ‎ 257ページ
ISBN-10 : ‎ 4404035802
ISBN-13 : ‎ 978-4404035806

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2025年3月 1日 (土)

日刊新聞「時事新報」を創刊(明治15年 1882年3月1日

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 安政5年(1858年)に慶應義塾の創設した福沢諭吉は明治政府の伊藤博文や井上馨らの要請により政府系新聞の創刊を準備していました。しかしながら明治14年(1881年)の「明治十四年の政変」により計画が頓挫しました。記者の採用や印印刷機を手配していた諭吉と慶應義塾の出版局(慶應義塾大学出版会)は独自の新聞を発行することにしました。

福澤諭吉(明治24年 1891年頃)
福澤諭吉(明治24年 1891年頃)

 このような経緯で明治15年(1882年)3月1日に創刊されたのが「時事新報」です。「時事新報」の紙面には日本初の新聞の漫画や料理のレシピの紹介コーナーなどが掲載されそれまでの日本の新聞とは異な斬新的なものでした。諭吉は米国などを訪問した経験から海外の新聞の知識もあったのでしょう。

時事新報の紙面(治15年 1882年3月1日)
時事新報の紙面(治15年 1882年3月1日)

 諭吉は「時事新報」の創刊にあたり「我日本国の独立を重んじて、畢生の目的、唯国権の一点に在る」と宣言しています。新聞の内容も国権論や国際情勢の記事が中心となりました。 順調に発行部数を伸ばし東京日日新聞(毎日新聞東京本社版)、報知新聞(スポーツ報知)、國民新聞(東京新聞)、東京朝日新聞(朝日新聞東京本社版)とび東京五大新聞”のの一角をなす新聞に成長しました。日清戦争後はロイター通信社の記事を独占的に報じ外信記事を掲載する新聞となりました。

 大正12年(1923年)に発生した関東大震災により新聞の購読者が減ると「時事新報」の発行部数も下がりました。また昭和9年(1934年)に帝人事件が起きると当時の社主の報道姿勢の問題が指摘されるようになりに業績が悪化しました。昭和11年(1936年)12月には東京日日新聞に合同となりました。

 第二次世界大戦後のが昭和21年(1946年)、「時事新報」は産業経済新聞の支援により復刊しました。復刊後の業績は堅調でしたが次第に業績が低下しました。昭和30年(1955年)には経営権も産経経済新聞に移り「産経時事」となり「時事新報」は事実上の廃刊となりました。

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2025年1月 6日 (月)

名探偵シャーロック・ホームズの誕生日(1854年1月6日)

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 イギリスの小説家アーサー・コナン・ドイルの「シャーロック・ホームズシリーズ」の主人公である名探偵シャーロック・ホームズは1854年1月6日に生まれたとされています。

シャーロック・ホーム
シャーロック・ホーム

 一連の小説ではジャーロック・ホームズの誕生日の言及はありません。しかし短編小説「最後の挨拶」(1817年)の中で1814年に発生した事件においてスパイのアルタモントのことを「背が高く痩せた60歳の男」と表現しています。アタルモントの正体がシャーロック・ホームズであることから生年は1854年と比定されました。

 月日については1934年に結成された世界最古のシャーロキアン団体ベイカー・ストリート・イレギュラーズ(BSI)の創設者クリストファー・モーリーが1月6日と提唱したことによるものです。

1887年にコナン・ドイルが発表した小説「緋色の研究」でシャーロック・ホームズはジョン・H・ワトスンと初登場して以来、シャーロック・ホームズシリーズは大人気の小説となりました。小説の内容から読者がいろいろなことを想像したり検証したりするようになりました。クリストファー・モーリーもその一人で彼は雑誌のコラムでシャーロック・ホームズの誕生日は1月6日と提唱したところ読者から大きな反響がありました。その後、クリストファー・モーリーはBSIを設立し会報を出すようになると1月6日説が定着するようになりました。

 クリストファー・モーリーが何を根拠に1月6日と比定したのかは良くわかっていませんが、彼の弟でBSIの入会資格のクロスワードパズルを作成していたフェリックス・モーリーの誕生日が1月6日であることがわかっています。クリストファー・モーリーが弟の誕生日を流用したのか、あるいは何かを根拠に1月6日としたのかは良くわかっていません。

 現在、BSIは不確定要素がありながらも決定的な誕生日の証拠が出てくるまでは1月6日をシャーロック・ホームズの誕生日としています。

 

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2025年1月 4日 (土)

学研まんが ひみつシリーズ 忍術・手品のひみつ

 

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 子どもの頃によく「学研まんが」を読んでいました。書庫を片付けていたら「学研まんが ひみつシリーズ 忍術・手品のひみつ」が出てきました。懐かしくて読んでしまいましたよ。

 主人公の小学生の男の子のタケシが宇宙人ペコポンと戦国時代にタイムスリップして忍びの里の忍者の子どもサスケに出会い忍術を学びます。成長の早い植物アサを毎朝飛び越えて跳躍力を鍛えたり、着色した米をまいて仲間との連絡や目印として使ったり、敵国に入るときには変装したりするなど、実際の忍者が行っていた術を学ぶことができます。忍者の服装の秘密、その他、手裏剣、撒菱など多種多様の忍具の説明など読んでワクワクする知識が満載していました。

 ある事件がきっかけで宇宙人ペコポンが暴走し、ペコポンとともにタケシとサスケは現代に戻ります。サスケは現代でマジックショーをみて忍術の参考にします。大がかりな手品や科学の原理で家庭でもできる手品を紹介しながら手品のネタや仕掛けを説明していきます。手品の監修は初代の引田天功さんが担当しています。

学研まんが ひみつシリーズ 忍術・手品のひみつ
学研まんが ひみつシリーズ 忍術・手品のひみつ

 Amazonで検索してみたところ「学研まんが ひみつシリーズ 忍術・手品のひみつ (もう一度見たい!あのころの学研) Kindle版」が販売されていました。他にも当時の「学研まんがひみつシリーズ」が販売されているようです。

 自分は「恐竜のひみつ」をもう一度読みたいのですが中古本は入手可能のようですがKidle版はありませんでした。ロボットと一緒に恐竜の世界にタイムスリップし恐竜について学ぶ本です。途中で恐竜に襲われてロボットが故障して背中を縛って直すみたいなシーンもありました。恐竜の知識は昔と現在ではかなり異なるので当時のものをそのまま販売できないという判断があるのかもしれません。

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2024年10月19日 (土)

童謡「赤い靴」の女の子が連れて行かれたところは?

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1)赤い靴 履いてた 女の子
異人さんに 連れられて 行っちゃった

2)横浜の 埠頭から 汽船に乗って
異人さんに 連れられて 行っちゃった

3)今では 青い目に なっちゃって
異人さんの お国に いるんだろう

4)赤い靴 見るたび 考える
異人さんに 逢うたび 考える

 童謡「赤い靴」は大正11年(1922年)に野口雨情作詞・本居長世作曲で発表されました。「赤い靴」の作詞については諸説ありますが、野口雨情が実話をもとに作詞したという説があります。

 次の写真は北海道函館市末広町23に設置されている童謡「赤い靴」の少女像「きみちゃんの像」と石碑です。

童謡「赤い靴」の少女像「きみちゃんの像」と石碑(北海道函館市)
童謡「赤い靴」の少女像「きみちゃんの像」と石碑(北海道函館市)

 赤い靴の少女像「きみちゃんの像」は金森赤レンガ倉庫の近くにあります。


 Google Map 北海道函館市末広町23 赤い靴の少女像「きみちゃんの像」

 明治40年(1907年)、野口雨情は札幌の北鳴新聞社で働いていたときに鈴木志郎と妻の岩崎かよと知り合いました。この岩崎かよの娘きみが赤い靴の女の子のモデルとされています。

 岩崎かよは山梨県の紡績工場で働いていましたが子どもを宿したため単身で故郷の静岡県に戻りきみを生みました。明治36年(1903年)に北海道に渡り鈴木志郎らと留寿都の平民社農場に入植することになりましたが、幼い娘を連れて行くことは困難と考えきみを養女に出しました。かよと志郎は明治39年(1906年)に結婚しています。

童謡「赤い靴」の少女像「きみちゃんの像」
童謡「赤い靴」の少女像「きみちゃんの像」

 きみを養女に迎えたのが函館に在住していたアメリカ人宣教師のヒュエット夫妻でした。やがてヒュエット夫妻は本国に戻ることになりましたが、きみは結核にかかり渡米することができず東京の麻布の鳥居坂にあった鳥居坂教会の孤児院「永坂孤女院」に預けらました。かよはきみがヒュエット夫妻と一緒に渡米したと思い込んでいたため、きみは母かよと会うこともできず9歳で他界しました。きみの青山墓地に埋葬されました。墓にはきみの戸籍上の名前である佐野きみが刻まれています。

 かよは鈴木志郎と結婚後に札幌に移住しましたが隣に住んでいた野口雨情夫妻と懇意になりました。野口雨情はかよからきみの話を聞いて大正10年(1921年)に「赤い靴」を作詞したとされています。「赤い靴」は児童雑誌「小学女生」で発表され、大正11年(1922年)に本居長世が曲をつけて童謡となりました。

童謡「赤い靴」の石碑
童謡「赤い靴」の石碑

 「赤い靴」の歌詞は4番までですが昭和53年(1978年)に発見された草稿には5番が記されていました。 「赤い靴」の歌詞はきみの死を知らないかよの話から作詞されていますから、きみは渡米したことになっています。

5)生まれた 日本が 恋しくば
青い海眺めて ゐるんだらう
異人さんに たのんで 帰って来

 さて上述が「赤い靴」の歌詞の定説とされていますが、この話は北海道テレビ記者の菊池寛の調査によるものです。菊池は昭和48年(1973年)にきみの異父妹の岡そのが新聞に投書した「私の姉は赤い靴の女の子」の記事を見て「赤い靴」の調査を開始しました。菊池の調査に基づいて昭和53年(1978年)に北海道放送で「ドキュメント・赤い靴はいてた女の子」が放送されました。昭和54年(1979年)に発表した小説「赤い靴はいてた女の子」(現代評論社刊)を発表し、この小説の記述が定説になりました。

 この定説には反論もあり「赤い靴」の物語は真実ではなく捏造だったという指摘もあります。きみは北海道には行っていない、ヒュエット夫妻はきみを養女にしていない、きみを引き取った佐野がかよを安心させるために嘘をついたなどの説があります。しかし、岡そのの投書やきみの墓は青山霊園の鳥居坂教会の墓地に残されています。この物語の下地になった何らかの事実があったことは間違いないと思います。

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2024年9月30日 (月)

色彩学貴重書図説

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 光や色彩の探求の歴史上重要な資料が多数掲載されています。冒頭は古代壁画などの解説に始まります。また、ニュートンが光についてどのような実験をやったのかなど、ニュートンが描いた図を見ることができます。ゲーテの色彩に関するニュートンへの反論なども図で楽しむことができます。

 色彩学貴重書図説: ニュ-トン・ゲ-テ・シュヴル-ル・マンセルを中心に

北畠 耀 (著)

色彩学貴重書図説: ニュ-トン・ゲ-テ・シュヴル-ル・マンセルを中心に

 哲学者としてのニュートン、自然科学者としてのゲーテ、色彩調和論の先駆者シュヴルール、“色のものさし”を創案したマンセルを中心に取り上げ紹介。色彩の入門者を歴史探訪へ誘う、しかも見て楽しい色の画集のような一冊(「MARC」データベースより)。

 “色彩文化の歴史的記念碑”あるいは“色彩学三代古典書”と呼ばれる貴重書に、科学史を転換させたニュートンの『光学』(1706)、文豪ゲーテが20年をかけた壮大な著作『色彩論』(1818)、印象派画家から「色のバイブル」と呼ばれた化学者シュブルールの『色の同時対比の法則』(1938)があります。豊かな社会が到来した20世紀には、徐々に色彩計画の重要性が増し「色のものさし」が求められました。このときマンセルは『色表記法』(1905)で画期的な提案を行い、彼が創案したカラースケールは、学問分野のみならず全産業に大きく貢献しました。

 本書では上記4人の著書の図説を中心に主に16世紀から今日までの色彩学の発展に貢献した重要な書籍を図説で解説。色彩研究史年表も充実させました。

登録情報

出版社 ‏ : ‎ 日本塗料工業会 (2006/4/1)
発売日 ‏ : ‎ 2006/4/1
言語 ‏ : ‎ 日本語
単行本 ‏ : ‎ 101ページ
ISBN-10 ‏ : ‎ 4841904158
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4841904154

目次

01. 古代社会における色彩象徴
02. 古代ギリシアの世界観
03. 中世の色彩文化
04. ルネサンスの造形術と色彩書
05. 17世紀における色彩体系の発想
06. 科学革命時代の群像
07. 哲学者としてのニュートン
08. 自然科学者としてのゲーテ
09. 色彩調和論の先覚者シュヴルール
10. 複製術(版画・印刷・織布・写真)の開発者たち
11. 色を音の類比で構想したフィールド
12. 明治初期の初等教科書『色圖問答』
13. 産業の色彩と教育の色彩
14. “色のものさし”の創案者マンセル
15. 色空間で調和を論じたオストワルト
16. 色名体系の登場と発展
17. メルツ&ポール色名辞典
18. ISCC-NBS色名法
19. 18世紀以降の色彩体系の展開
20. XYZによる表色系の統括
APPENDIX
色と光の文化史年表
色と光の探求者関連年表
巻末折り込み:
太陽光のスペクトルとシュヴルール色相との対応図

 

色彩学貴重書図説: ニュ-トン・ゲ-テ・シュヴル-ル・マンセルを中心に

色彩学貴重書図説: ニュ-トン・ゲ-テ・シュヴル-ル・マンセルを中心に

 

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