カテゴリー「映画・テレビ」の186件の記事

2022年5月20日 (金)

成田亨作品集(単行本)

成田亨作品集(単行本)

成田亨 (著), 富山県立近代美術館・福岡市美術館・青森県立美術館 (監修)

 映画「シンウルトラマン」が公開されました。「シンウルトラマン」にはウルトラマンのシンボルマークのような存在のカラータイマーがなく、目にも穴が開いていません。

 ウルトラマンのファンにとっては有名な話ですが、カラータイマーは3分間の戦いの中でウルトラマンの活躍とピンチを表すものとして脚本家の金城哲夫さんが成田亨さんに提案したものです。宇宙人のウルトラマンは地球人と同様に生物であると考えていた成田さんはピコピコ鳴って光るカラータイマーではロボットのようになってしまうとして目の光を暗くするなどの代案を提案したそうです。しかしテレビを見ている子どもたちにウルトラマンの状態をわかってもらう名案は見つからず渋々カラータイマーをつけることを受け入れたそうです。

 一方、目の穴については出来上がったウルトラマンのマスクの目が不完全でスーツアクターの覗き穴がなかったため「ウルトラマン前夜祭 ウルトラマン誕生」の直前にスーツアクターの安全を優先してやむを得なく成田さん自身で目に穴を開けたそうです。スーツアクターの古谷敏さんによると成田さんはウルトラマンの目に穴を開けるのにずいぶん踏襲していたそうです。それだけ自身のデザインと思い入れを大切にしていたのでしょう。

 成田さんはウルトラセブンをデザインするときには先回りしておでこに小さいビームランプをつけ、最初から覗き穴を想定して黒目のようにしたそうです。

 シンウルトラマンは成田さんのオリジナルのデザインのままのウルトラマンです。このウルトラマンのデザインが原点となってウルトラマンがずっと続いています。ヒーロー、怪獣、メカニックすべてのデザインが秀逸です。この本を開けば成田さんのオリジナルデザインが芸術の域にあることがすぐにわかるでしょう。

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内容(「BOOK」データベースより)

ウルトラ、マイティジャック、ヒューマン、バンキッドから、モンスター大図鑑、特撮美術、後年の絵画・彫刻まで。未発表作品、実現しなかった幻の企画案も含む、全515点一挙収録。「成田亨美術/特撮/怪獣」展オフィシャル・カタログ(富山県立近代美術館・福岡市美術館・青森県立美術館)


単行本とKindle版

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2022年5月 4日 (水)

スターウォーズの日(5月4日)

 5月4日は「スター・ウォーズの日」で世界中のファンがジョージ・ルーカス作品の映画スター・ウォーズの文化を祝い映画を讃える日とされています。この記念日は1977年にスター・ウォーズ第一作が公開されてからファンの間で草の根的に広まったものです。その由来は劇中の台詞「May the Force be with you(フォースと共にあらんことを)」に由来します。May the ForceをMay the Fourthにかけたものです。

 「スター・ウォーズの日」が初めて著名な紙上で言及されたのは1979年5月4日です。前日にイギリスでマーガレット・サッチャーが首相に選出されたことを受けて保守統一党が「5月4日にフォースと共にあらんことを、おめでとう(May the Fourth Be with You, Maggie. Congratulations.)」という広告をロンドン・イブニング・ニュース紙に掲載しています。

スター・ウォーズ特別塗装機「R2-D2 ANA JET」(787-9型機 )
スター・ウォーズ特別塗装機「R2-D2 ANA JET」(787-9型機 )
2016年5月撮影 於 羽田空港

 「スター・ウォーズの日」は様々なメディアで言及されるようになり、この日にスター・ウォーズを記念するイベントが行われるようになりました。もともとはルーカス・フィルムが公認するものではありませんでしたが、2012年にウォルト・ディズニーカンパニーが配給会社になるとディズニーランドやディズニーワールドでも「スター・ウォーズの日」を記念したイベントが行われるようになりました。

John Williams & Wiener Philharmoniker – "Main Title" from "Star Wars: A New Hope"

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2022年4月16日 (土)

キャプテン・ウルトラ放送開始(1967年4月16日)

 昭和42年(1967年)4月9日、TBSのタケダアワーで放送されていたウルトラマンが最終回を迎えました。ウルトラマンは前番組のウルトラQに続いて高視聴率を獲得し大人気の特撮ドラマとなりましたが撮影スケジュールが切迫し週1回の放送に間に合わない恐れが出てきました。また撮影にかかる費用の負担も大きくなってきたため第39話で最終回とすることが決まりました。「タケダアワー」一社提供をしていたスポンサーの武田薬品はウルトラシリーズの継続を要望しましたが円谷プロダクションが次作を制作するまでにはしばらくの時間を要しました。

 同じ頃、テレビ特撮ドラマに参入を伺っていた東映は独自の世界観のテレビ特撮ドラマ「宇宙大戦争」の企画をTBSに持ちこみました。円谷プロダクション制作の次作は放送を開始するまでに半年間を要したため、TBSはこの期間に放送するウルトラシリーズ第二作目の制作を東映に依頼しました。これが「キャプテン・ウルトラ」になりました。

 キャプテン・ウルトラはウルトラマンのような巨大ヒーローは出てきませんが、主人公のキャプテン・ウルトラこと本郷武彦隊員がキケロ星人のジョー、ロボットのハックと共に宇宙を舞台に宇宙人や怪獣と戦う宇宙活劇(スペース・オペラ)でした。人間と宇宙人とロボットが協力して戦うという設定がスター・ウォーズよりずっと以前に存在していたのです。 また分離・合体するメカと言えばウルトラセブンのウルトラホーク1号が有名ですがシュピーゲル号が先駆けとなりました。シュピーゲル号を知っていた子どもたちはウルトラセブンが始まってウルトラホーク1号を見てもかっこいいとは思いましたが分離・合体に驚くことはなかったのです。

 前半はバンデル星人との戦い。洗面器を頭に乗せたような形をした頭だなと思って見ていました。前半が終了するとキケロのジョーは故郷の星へ帰ることになりました。キケロのジョーの姿が当時の子どもたちに不人気だったのが理由ですが、現在ではおそらく受け入れられて人気になるのではないかと思います。さて後半になると路線変更で様々な怪獣が次々と登場します。アカネ隊員がシュピーゲル号に搭乗するようになり大人気となりました。初期のウルトラシリーズのウルトラヒロインというと桜井浩子さんが演じた江戸川由利子とフジ・アキコ隊員、そしてひし美ゆり子さんが演じた友里アンヌ隊員が有名ですが、当時の子どもたちは城野ゆきさんが演じたアカネ隊員の大ファンでした。

 キャプテン・ウルトラは当初の約束通り昭和42年(1967年)9月24日に第24話「行け!キャプテン 宇宙をこえて」をもって最終回を迎えます。たった半年間の放送でしたが壮大な宇宙を舞台にしたスペース・オペラは子どもたちの心にしっかりと残ったのです。

 シン・キャプテン・ウルトラとかやらないだろうか・・・

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2022年4月14日 (木)

今なら44%割引!仮面ライダー大全 昭和編( Kindle版)

仮面ライダー大全 昭和編 キャラクター大全縮刷版 Kindle版

講談社(編集) 東映 (監修)

 1971年4月3日に放送が始まった仮面ライダー。改造人間というコンセプトのもとオートバイに乗った仮面のヒーローはあっという間に子どもたちに大人気となりました。

 この本は2011年に発刊された「キャラクター大全 仮面ライダー大全 昭和編 AD1971-1994」の縮刷版を電子化したもので、仮面ライダー1号から仮面ライダーJまでの貴重なスチール写真が収録されています。

 2022年4月14日現在、Amazon Kindle版を44%割引の1,848円で購入できます(^^ゞ

仮面ライダー大全 昭和編

内容

「仮面ライダー」生誕50周年記念!

歴代昭和ライダーの決定版大全集がコンパクトサイズになって再登場!

好評を博した昭和ライダーの豪華大全集が中身の濃さはそのままにコンパクトに凝縮。

仮面ライダー1号からBLACK RXのテレビシリーズに加え、真、ZO、Jの劇場版ライダーを網羅。歴代のライダーの激戦や、技、怪人、キャストなどを、レアスチールを交えた豊富なビジュアルで振り返ります。

◎登場仮面ライダー
仮面ライダー1号
仮面ライダー2号
仮面ライダーV3
ライダーマン
仮面ライダーX
仮面ライダーアマゾン
仮面ライダーストロンガー
仮面ライダー(スカイライダー)
仮面ライダースーパー1
仮面ライダーZO
仮面ライダーBLACK
仮面ライダーBLACK RX
真・仮面ライダー
仮面ライダーZO
仮面ライダーJ

仮面ライダー大全 昭和編 キャラクター大全縮刷版 Kindle版

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2022年4月 9日 (土)

ウルトラマンとお別れの日(1967年4月9日)

 昭和42年(1967年)4月9日、あの瞬間が突然やってきました。無敵のヒーローと思っていたウルトラマンがゼットンに倒され瀕死の状態となり宇宙へ帰ってしまったのです。ウルトラマンが登場したのは前年の昭和41年7月10日、毎週日曜日の19:00からウルトラマンの活躍を楽しみにしていました。ウルトラマンがピンチになることは何度もありましたが、光の国から「ぼくらのために」「正義のために」「地球のために」やって来た正義の味方は必ず怪獣を倒し平和を守ったのです。

 第39話「さらばウルトラマン」。当時を思い出して実況中継です。

 いきなり空飛ぶ円盤群がやってきて地球を侵略。科学特捜隊の活躍によりビートルで円盤群は壊滅、しかし大型の円盤一機を取り逃がしてしまいます。本部に帰還したアラシ隊員とイデ隊員は倒れているフジ隊員を発見、フジ隊員を襲ったのは新兵器を開発したイワモト博士でした。このイワモト博士の正体が地球侵略を狙うゼットン星人だったのです。ゼットン星人は倒されると同時に「ゼットン」と叫ぶ。そこに現れたのが取り逃がした大型円盤でした。円盤から出てきた青い球体が爆発すると、そこに電子音のような声とともに出現したのが宇宙恐竜ゼットンでした。

 いつものようにハヤタ隊員がベータカプセルでウルトラマンに変身しゼットンと戦い始めます。

 ウルトラマンは金縛り光線でゼットンを拘束しますがゼットンは引きちぎってしまいます。その後、ゼットンは瞬間移動。ウルトラマンは八つ裂き光輪を放ちますがゼットンはバリアを使って光輪をガラスを破壊するように粉々にしてしまいます。ゼットンはウルトラマンにのしかかり首を締め上げます。ウルトラマンのカラータイマーが点滅を始めます。

 まぁここまではよくある展開です。ウルトラマンには必殺技のスペシウム光線があるのですから。期待通りにスペシウムをゼットンに放つウルトラマン。ゼットン爆発!と思いきやスペシウム光線のエネルギーを吸い取ってしまいます。このときウルトラマンが少し顔をのけぞらせて驚いた表情。ウルトラマンの顔が向きや光の加減で変わるのはよく知られていますが、このときの驚きの顔はちょっと衝撃的でした。ウルトラマンの動きを開発しつくしたスーツアクターの古谷敏さんだからこそできたのではと思います。見ていた子どもたちはこの時点で何か普段と違うことを認識します。「あれ?ウルトラマン?」。

 ゼットンはスペシウム光線のエネルギーをお返しするかのようにウルトラマンに光線を放ちます。光線はウルトラマンのカラータイマーを直撃。ふらつくウルトラマンにさらに光線を放つゼットン。点滅していたカラータイマーと目の光が消えてしまいます。そして直立のまま地面に倒れてしまう。「え~!ウルトラマン!」。

 この後、ゼットンはイワモト博士が開発したペンシル爆弾(無重力弾)で倒されますがウルトラマンは生き返りません。ゾフィーが登場しウルトラマンは赤い球に回収します。ゾフィーはウルトラマンとハヤタと分離させウルトラマンを連れて光の国へ帰って行ったのです。

 そして、最後のナレーション。「ウルトラマンありがとう!ウルトラマンさようなら!」

って聞いてないよっ!

 こうしていきなりウルトラマンとお別れになってしまったのです。だって前週の第38話「宇宙船救助命令」ではスペシウム光線が効かないキーラをあっさり倒しているし、過去にはアントラーやケムラーやケロニアも倒しているんですよ。ウルトラマンが負けるなんて・・・

 ウルトラマンが終わってしまった。もう会うことはできない。もうウルトラマンの空気人形を膨らましてもらうしかない!

ウルトラマンの空気人形
ウルトラマンの空気人形

 実は前週には「宇宙恐竜ゼットン登場。いつもウルトラマンをご覧くださいまして、ありがとうございます。さて来週は、ウルトラマンもいよいよ最終回を迎えることになりました。最後にお送りするウルトラマンの集大成さらばウルトラマンにご期待ください」という予告がありました。ですから突然最終回だったわけではないのですがそんなことは忘れていたのかまったく気にしていませんでした。

 そういえばよくウルトラマンの最終回の後に子どもたちが夜空を見上げたという話があるけど本当だろうか。

 「だって19:30から同じチャンネルでパーマンが始まるだよっ!」(モノボシ・ダンの声を脳内再生で)

 ウルトラマンとのお別れは悲しかったけど日曜日の夜は忙しかったのである。

白黒テレビに見入る子
白黒テレビに見入る子

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2022年4月 5日 (火)

仮面の忍者 赤影 放送開始(1967年4月5日)

 特撮テレビドラマ「仮面の忍者 赤影」は関西テレビと東映京都テレビプロダクション制作、昭和42年(1967年)4月5日から関西テレビとフジテレビ系で放送が開始され、昭和38年(1968年)3月27日まで毎週水曜日19:00~19:30に全52話が放送されました。

 忍者ものの特撮ドラマを制作するにあたって当初は白土三平原作の漫画「ワタリ」のドラマ化が企画されましたが、1966年に公開された東映制作の映画「大忍術映画ワタリ」が原作者の意向と合わないことから頓挫しました。そのため東映は新たな特撮忍者ドラマの原作を少年サンデーで「伊賀の影丸」を連載していた横山光輝に依頼しました。横山光輝は「伊賀の影丸」の連載を終了し「飛騨の赤影」の連載を開始しました。この「飛騨の赤影」をもとに「仮面の忍者 赤影」の制作が始まりました。

 原作の「伊賀の影丸」は純然たる忍者漫画でしたが、特撮テレビ版では当時の子どもたちに大人気だった怪獣や円盤などを登場させ子どもたちの心をわしづかみにしました。詳細については「仮面の忍者 赤影|赤青白黒紅|光と色のヒーロー列伝⑤」をご覧下さい。

 さて、赤影の放送が始まると刀や手裏剣などが入った忍者セットのような玩具が大流行しました。多くの子どもがプラスチック製の刀の玩具でチャンバラをしていました。

 すっかり赤影のファンになった少年はさっそく刀を買ってもらったようです。すると忍者のように刀を背中に背負ってお母さんとお買い物。公園の滑り台の山を見つけると忍者きどりで軽々と登って「ダーっ」と頭から滑り落ちます。

赤影の刀を背負う少年
赤影の刀を背負う少年

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月光仮面登場の日(1958年2月24日)

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2022年4月 3日 (日)

パーマン誕生の日(1967年4月2日)

 「真っ赤なマントをひるがえし~♪」、昭和42年(1967年)4月2日午後7時30分、パーマンがお茶の間のテレビに登場しました。

  パーマンのアニメ第1作はオバケのQ太郎の後番組として昭和42年(1967年)4月2日 から昭和43年(1968年4月14日)まで日曜日午後7時30分からTBS系の「不二家の時間」で放送されました。パーマンの漫画は少年サンデー1967年第2号から連載が始まり、テレビ放映の開始に先立って学年誌にも掲載されるようになり多くの子どもたちが放送開始を楽しみにしていました。

 パーマン1号は小学5年生の須羽ミツ夫が変身した姿です。スーパーマン(現バードマン)からもらったパーマンセット(マスク・マント・バッジ)を装着することによってパーマンの特殊な能力を得るのですが一人前ではない修行中のスーパーマンという位置づけで「スー」がつかないパーマンと名付けられました。

 パーマンセットは1号のミツ夫以外にも渡されており、チンパンジーの2号(現ブービー)、3号パー子、4号パーヤン、5号パー坊のパーマンたちが事故、災害、事件に立ち向かいます。彼らがパーマンに変身して出動中はコピーロボットが留守番をします。このコピーロボットが時々サボろうとしたり、ひがんだりするのも面白かったです。パーマンの正体は絶対に知られてはいけないという厳しい掟がありました。もし誰かに知られたら記憶を消されてしまいます。

 さぁパーマンが始まるよー!

パーマン参上
パーマン参上

 ところで当時TBS系では日曜日の午後7時から「タケダアワー」でウルトラマンが放送されていました。ウルトラマンは同年4月9日に最終回となり、その後はキャプテンウルトラとウルトラセブンが放映されました。

  下記の写真は1967年10月1日(日)の新聞のテレビ欄です。7時の欄にウルトラセブンの第一話「姿なき挑戦者」、そして7時30分からはパーマン第27回「パーマン5号は?の巻」「ワニザメ船長の巻」が掲載されています。それから、一番右の欄に【カラー】とありその下に「呪」という漢字が見えていますが、これはマッハGoGoGoの第27話 「呪いのクレオパトラ(前編)」です。子どもたちにとって日曜日の夜は次々とヒーローに会うことができる贅沢なひとときだったのです。

ウルトラセブン 1967年10月1日(日)の新聞のテレビ欄
1967年10月1日(日)の新聞のテレビ欄

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2022年4月 2日 (土)

マッハGoGoGo放送開始(1967年4月2日)

 マッハGoGoGoはタツノコプロ制作のテレビアニメです。昭和42年(1967年)4月2日から昭和43年(1968年)3月31日まで日曜日の19:00から19:30にフジテレビ系で上映されました。

 マッハGoGoGoの原作者はタツノコプロの創設者で初代社長の吉田竜夫です。同氏が昭和35年(1960年)11月から月刊誌「少年画法」で4年間連載した漫画「パイロットA」(パイロット・エース)と同時期に「週刊少年マガジン」に連載されていた漫画「マッハ三四郎」がマッハGoGoGoの元になった作品です。

 昭和42年(1967年)4月2日というとウルトラマンの最終回(同年4月9日)の1週間前です。ウルトラマンは日曜日19:00~19:30までTBS系のタケダアワーで放映されていましたので、マッハGoGoGoはウルトラマンの裏番組だったのです。ですからマッハGoGoGoの第一話と第二話は見ていなかった子どもが多いと思います。またウルトラマンの放送が終了すると後番組としてキャプテンウルトラが放映されましたので、やはりマッハGoGoGoを見ていた子どもの数は限られたと思います。

 自分もウルトラマンの放送後はキャプテンウルトラを見ていましたのでマッハGoGoGoを見たのは再放送だったと思います。ところが放送当時のマッハGoGoGoを見ていた記憶がしっかりあるのです。そしてキャプテンウルトラも全話通して見た記憶があります。その後番組のウルトラセブンも見ていました。

 どうしてマッハGoGoGoを見た記憶があるのか?これはしばらく謎だったのですが、後になってマッハGoGoGoが第14話から放送時間を日曜日18:30から19:00までに変更していたことがわかりました。おそらくタケダアワーの時間を割けたのではないでしょうか。もし放送時間をずらさなかったら当時ウルトラシリーズを見ていた子どもたちはマッハGoGoGoを見る機会がなかったのではないかと思いますが、結果としてマッハGoGoGoは当時の子どもたちの間で大人気となりました。おかげで子どもたちはマッハGoGoGoを見た後にキャプテンウルトラやウルトラセブンを続けてみることができたのです。そして19:30からはパーマンが放送されていましたので子どもたちにとって日曜日の夜は贅沢なひとときにだったことでしょう。

 マッハGoGoGoは自動車レースをしながらその背景にある事件を主人公の三船剛と仲間が覆面レーサー(実は三船剛の兄)の助けを得ながら解決していくストーリー展開です。マッハ号のステアリングにはAからHまでのボタンがあり、それぞれのボタンを押すことで特殊機能を働かせることができます。この画期的な特殊機能をもったマッハ号が子どもたちの心をわしづかみにしました。Speed Racerというタイトルで放映された米国でも大人気となったのも頷けます。当時マッハ号の模型や三船剛がかぶっていたヘルメットを持っている子どもがたくさんいました。

マッハGoGoGoのヘルメットをかぶる少年
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パイロットA」と「マッハ三四郎

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2022年3月30日 (水)

「巨人の星」放送開始(1968年3月30日)

 テレビアニメ「巨人の星」(原作:梶原一騎、作画:川崎のぼる)は1968年3月30日(土)に放送開始、毎週土曜日19:00~19:30の枠で1971年9月18日まで三年半にわたり放送されました。子どもから大人まで多くの野球ファンがテレビの前で手に汗を握り星飛雄馬の成長、活躍、苦悩に釘付けとなりました。

 巨人の星は読売テレビ制作で日本テレビ系列で全国放送され大塚製薬が単独で提供していました。自分は「巨人の星」は読売巨人軍で活躍する選手・星飛雄馬の物語ですから読売テレビ制作・日本テレビ系列で放送は当たり前と考えていました。

 ところが東京ムービーで制作されたアニメは最初TBSに持ちこまれたそうです。ところがTBSとの交渉はうまくいきませんでした。その後、日本テレビやフジテレビと交渉しましたが話がまとまりませんでした。最終的に読売テレビに企画が持ちこまれ、なんとかアニメ化することができるようになったそうです。

 原作の梶原一騎先生も巨人ファンというわけではなかったようで、作画の川崎のぼる先生も「巨人の星」を週刊少年マガジンで連載するまで野球には興味がなかったようです。

 「巨人の星」は栄光の巨人軍の物語でアニメを見て読売ジャイアンツのファンになった人も多いと思いますが、制作サイドは巨人ファンというわけではなかったようです。

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2022年3月11日 (金)

【おもしろ映像】STARWARS 強い者に巻かれるオーケストラ

 オーケストラがダースベイダーのテーマとして知られる「帝国のマーチ(The Imperial March)」を演奏しています。そこに予想通りに現れるストームトルーパー。指揮者は調子良く指揮棒を振り続けます。

 そこに舞台の袖から現れたのがダースベイダーです。真っ赤なライトセイバーを振りかざしながらやって来ます。そして左手を指揮者に向けて掲げフォースをかけます。指揮者は催眠術にかかったかのようにふらふらと舞台の袖へと消えて行きます。

ダース・ベイダー(帝国の逆襲)
ダース・ベイダー(帝国の逆襲)

 さぁダースベイダーのやりたい放題の世界です。ベイダーはライトセイバーを指揮棒にして観客席に向かって指揮者の真似をし始めます・ずいぶん気分が良さそうです。なんだ途中でライトセイバーをギターにしている。手が焼ききれるぞ!でも観客は盛り上がっている。すっかり観客を魅了しホールを支配したダースベイダー。しかしベイダーにとって天下の楽しい時間はそう長くは続かなかったのである。

 部隊の袖に現れたのはなんとダース・シディアスこと皇帝パルパティーンです。皇帝の登場に気が付かず調子こいて指揮を続けるベイダー。皇帝はベイダーの背中をつんつんして「ベイダー、わしなんだが」と声をかける。ベイダーはびっくり。皇帝には頭があがらないベイダーはすごすごと舞台の袖に消えていきます。

 そう帝国のマーチはベイダーのマーチではないのだ。わしのマーチだと言わんばかりにオーケストラの指揮を続ける皇帝。帝国のマーチが終演し皇帝が正体を明かします。

 なんと!皇帝の正体は最初にベイダーに蹴散らされた指揮者だったのです。

Vader and The Florida Orchestra

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