不完全な良心回路の人間らしさ|人造人間キカイダー放送開始(1972年7月8日)
人造人間キカイダーは石ノ森章太郎原作の東映による特撮ヒーロー番組です。テレビ朝日系列(当時はNET)で1972年7月8日から1973年5月5日まで毎週土曜日の20:00から20:30まで放送されました。
人造人間キカイダーは単純な善悪の戦いを描いたものではなく、天才ロボット工学者・光明寺博士によって開発されたアンドロイドでありながら善悪や存在意義など内面的な葛藤を持ちながら悪に立ち向かうジロー(キカイダー)の活躍を描いたものです。この設定に重要な役割を果たしたのが未完成な良心回路で、正義と悪、怒りと抑制の狭間で苦悩しながら戦う姿が描かれます。正義とは何かを考えさせる哲学的な奥深い内容となりました。不完全なゆえに左右非対称のデザインを持つキカイダー、キカイダーを破壊するために生み出された単純な悪ではない複雑な内面を持つダークヒーロー・ハカイダーなどが登場しその後の特撮作品に多きな影響を与えました。
さてスーパーヒーローに対して「正義の味方」という呼び方があります。「正義の味方」という言葉は古くからあったようですが広く知られるようになったのは月光仮面やレインボーマンなどの原作者の川内康範さんが使用を始めてからのことです。川内康範さんは作品を通じて「正義の味方」の意味を深めていきました。「正義の味方」はヒーローの立ち位置を表したもので正義そのものではありません。つまり本来の正義とは神仏のように普遍的なものであり、「正義の味方」は正義を守ろうとする者ではあるが、正義そのものではないといことです。
ですから、「正義の味方」は、悪を懲らしめ、善を助けるが、裁きはしない。そして「正義の味方」は誰を守るのかという点において普遍的な正義から外れた判断や行動をせざるを得ない状況になります。たとえばウルトラセブンは地球の平和を守ることを目的として地球人のために宇宙人と戦います。多くの場合、ウルトラセブンが倒すのは地球を侵略しようとする宇宙人であり正義に対してウルトラセブンと地球人の価値観が一致しています。ところが地球人が行う地球の危機回避のための行動の中には、地球人の利益にはかなうが、相手を結果的に殺戮してしまうなど、普遍的な正義から大きく外れたものが少なからずあります。こうした場合、ウルトラセブンと地球人の価値観は必ずしも一致していません。しかし、地球と地球人をこよなく愛しているウルトラセブンは、地球人と行動をともにします。ウルトラセブン=モロボシ・ダンは、そのプロセスと結果に悩みます。しかし、決して地球人を裁くことはしないのです。つまり、ウルトラセブンは地球人にとっての「正義の味方」であり正義そのものではありません。
キカイダーことジローの良心回路は不完全です。そのためジローは悩みます。ギルの笛の音により、善と悪の判断がつかない状況に追い込まれますが知識と経験の積み重ねにより、良心回路の不完全な働きを補おうとします。つまり、ジローは新しい知識と経験をデータとして記憶し、そのデータによって不完全な良心回路を補おうとする思考アルゴリズムを有していることになります。
もし良心回路が完全だったらキカイダーは正義そのものになり得るでしょうか。良心回路は人間が作ったものです。つまり良心回路から生み出される正義感は良心回路の設計者の価値観で普遍的な正義ではないだろうと思います。キカイダーは良心回路が不完全だからこそ、「正義の味方」であり人間に近い思考ができるのでしょう。人間を模した完全なアンドロイドを作ろうとしたら不完全なジローが人間らしかったという皮肉も込められているのです。
余談ですが当時土曜日の8時といえばTBS系列で放送されていた「8時だョ!全員集合」が子どもたちに大人気で高視聴率を記録していました。NETは「8時だョ!全員集合」に対抗するため「変身大会」として20:00から21:00まで変身ヒーロー番組の放映を始めました。またNETでは19:30から「仮面ライダー」を放映していましたので、当時の子どもたちは19:30~21:00まで変身ヒーロー番組を楽しむことができたのです。しかし「8時だョ!全員集合」も見たいためチェンネルを切り替えながら「人造人間キカイダー」を見ていた子どもも少なくなかったようです。
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