カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の190件の記事

2021年1月30日 (土)

八王子中町と芸妓衆の思い出|八王子芸妓衆がクラファン

 古くから織物の街として栄えてきた東京都八王子。その商いの場として、大正時代から繁栄してきたのが中町です。中町はJR八王子駅から北西の位置にあり、西放射線ユーロードを歩いていくとたどりつきます。

 八王子市中町には多摩地域で唯一の花街があります。戦後の昭和27年には、料亭が45軒もあり、215人の芸妓が活躍していたそうです。昭和30年代に織物業が衰退し始めると、商談や接待が減り始め、賑わいを見せていた花街にも陰りが見え始めました。

 自分が就職のため八王子に移り住んだのは昭和63年(1988年)4月のことです。さっそく上司や先輩に酒席に誘われ、八王子の街中を歩いたものです。50代の上司の行きつけのバーやスナックが中町にあり、よく連れていってもらいました。黒塀に挟まれた路地が張り巡り、見るからに高級なお店がたくさん佇んでいました。

 当時の中町には芸妓衆を呼ぶことができる料亭が10件ぐらいはあったと思います。もちろん、若輩者がそのような料亭で御座敷をあげることなどできません。中町を歩く芸妓を時々見かけるぐらいでした。綺麗な着物を来て、路地をもの静かに歩く姿を楽しませてもらいました。芸妓は十数人しかいなかったはずですから、街中で芸妓を見かけるのはとても幸運なことだったのです。

 年が開けて昭和64年になると、昭和天皇が崩御し、平成の時代がやってきました(ココログ 夜明け前「平成」の世が始まる(1989年1月8日)」)。気がついてみると、自分は昭和最期の新入社員になっていたのです。さて、4月になると新入社員が入社しました。彼らが平成最初の新入社員ということになります。当時はバブル景気のど真ん中で、例年よりも多くの新入社員が入社してきたのです。

 当時、入社2年目と3年目の社員が新入社員の歓迎会を行うというしきたりがありました。入社2年目の社員が幹事を担当することになり、自分が任されることになりました。自分の同期は5名、3年目の先輩たちは7名、そこに30名近くの新入社員です。どう考えても2年目と3年目の社員だけで歓迎会の費用を賄えるはずがありません。そこで、新入社員の歓迎会の参加者を誘い始めました。すると、あっという間に50名を超える参加者となり大宴会を行うことになってしまったのです。

 さて、当時は大きな居酒屋チェーン店もそれほど多くありませんでした。ホームページで店を探して予約なんてことができる時代ではありませんでしたから、駅近くのお店を巡っては予約の確認をする日々が続きました。ところが大人数を収容できる座敷のあるお店はあまりなく、あっても予約がいっぱいでした。京王プラザホテルもまだなかった頃です。

 八王子にわずか1年しか過ごしていない幹事は店を探すのに途方に暮れて、やってきたのが中町でした。広い座敷のある料亭があることは知っていましたが、予約の仕組みもよくわからないまま、ある古い料亭に入りました。そこは料亭ではなく置屋さんだったのではないかと思います。時代劇で番頭さんがいるような雰囲気の入り口で、そこには女将さんがいました。宴会をやりたいと事情を話すと、本当は芸妓を呼ぶ宴会をするところなのだけど、お兄さんの宴会を請負いましょうとお座敷の予約を快諾してくれたのです。料理は御膳を出してもらうことになりました。ちょうど予約が空いていたのだと思いますが、「粋なまち」と聞いていた中町で「粋なはからい」をしてもらうことができました。おかげさまで大宴会は宴も酣のうちに終えることができたのです。それから、しばらくして再び宴会の幹事を担当する機会があり、同料亭の御座敷を使わせて頂くことになりました。その頃になると、女将さんとも顔見知りになっていました。宴会が終わったときに「お兄さんたち偉くなったら芸妓さん呼んで御座敷開いてね」の言葉を今でも覚えています。

 それから数年後、中町のとあるカラオケのできるお店に行くようになりました。そのお店も上司に紹介してもらったのですが、ママさんは元芸妓でした。お客さんの年齢層は50代以上がほとんどで、お店で働いている女性も40代以上でした。20代でこの店に行っていたのは、おそらく自分たちだけでした。他のおじさんたちがいくら払っているかはわかりませんが、自分たちは歌い放題で3,000円ぐらいで飲ませてもらったのです。しかも常連のおじさんたちが御馳走してくれるものだから、ボトルを入れたのも最初のうちだけでした。

 この常連のおじさんたちは、よく芸妓さんを連れてきていました。ある日、美空ひばりの「車屋さん」や坂本冬美の「夜桜お七」を上手に歌う20代の芸妓さんがいました。常連のおじさんたちは自分たちを席に呼んくれました。こうして幸運なことに芸妓さんとも何度かご一緒することができたのです。一人3,000円しか払ってないのに・・・常連のおじさんたちの「粋なはからい」でした。織物業の経営者さんの懇親会だったのかもしれません。このとき一人のおじさんが言っていたのが、あの大宴会でお世話になった女将さの言葉「お兄さんたち偉くなったら芸妓さん呼んで御座敷開いてね」と同じだったのです。

 時は流れて、中町の様子も様変わり。黒塀もほとんどなくなり、やがて置屋さんも料亭も、一つ、二つと消えていきました。大宴会でお世話になった女将さんのお店もなくなりました。料亭やお店の跡地にはマンションや駐車場ができ、置屋もなくなり、八王子の花街も非常に厳しい状況となりました。八王子芸妓の文化か途絶えるのではという声も聞こえるようになっていました。

  そのような状況のなかで2001年に一人の芸妓さんが20年ぶりに置屋を開業しました。その芸妓とはは「ゆき乃恵」の女将のめぐみさんです。なんと、めぐみさんこそ常連のおじさんと同席し「車屋さん」や「夜桜お七」を歌ってくれたあの芸妓さんだったのです。めぐみさんは粛々と芸を磨き、後進を育て、八王子の花街を復活させました。芸妓の人数も次第に増え、八王子まつりや多くのイベントで芸妓さんたちの姿を見ることができるようになりました。中町も黒塀の佇まいの雰囲気を取り戻し始めました。テレビや映画にも出演するようになりました。

 さて、ここにきて多くの人たちの活動に立ちはだかっているのが新型コロナウイルスです。一時期は景気の回復の兆しも見えていましたが、陽性者数が増え続け年明けに非常事態宣言、大打撃を受けている人がたくさんいます。

 そのような状況の中で、八王子芸妓衆の活動も大きく制限され、たいへん厳しい状況になっているようです。この状況を乗り越えようと八王子芸妓衆はクラウド・ファンディング「八王子芸者衆を応援してください~桑都の八王子花柳界~」を始めました。応援すると八王子芸妓衆オリジナルのお礼の品を届けてくれるようです。

 あれからちっとも偉くなっていない当時のお兄さんは、今もって芸妓さんを呼んでの宴会をしたことがありません(^^l)。過去に頂いた「粋なはからい」へのお礼として、無形文化を未来に継続してもらうためにも、本当にささやかですが応援したいと思います。

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2021年1月 1日 (金)

謹賀新年|丑年の初めにウイルスのおはなし

 明けましておめでとうございます

 本年もよろしくお願いします

ウシ

 2021年は丑年です。私たちは日頃から牛さんにはたいへんお世話になっているわけでですが、牛の病気が人類の不治の病を救ったことはご存知の方もいると思います。その病とはウイルス感染症の天然痘です。天然痘の記録は古くは紀元前1300年以上に遡ります。それから18世紀の終わり頃まで多くの人が天然痘で命を失いました。この天然痘ウイルスに対するワクチンを開発したのがイギリスの医師のエドワード・ジェンナーでした。ジェンナーは牛のウイルス感染症である牛痘にかかると天然痘にかからないことにヒントを得て、牛痘を利用して天然痘の予防ができないかを研究しました。

 1796年5月14日、ジャンナーは使用人の子どもジェームス・フィリップスに牛痘にかかった女性ジェームス・フィリップスの膿を接種しました。その後、ジェンナーはその子どもに天然痘を接種しましたが、子どもは天然痘を発症しませんでした。そのため、5月14日は種痘の日と呼ばれています。

 ジェンナーの家はグロスターシャー州バークレーの村にあり、現在は小さな博物館となっています。この博物館には牛の角が飾られていますが、この角は牛痘の研究に貢献した雌牛のブロッサムのものです。子どもに接種された膿は雌牛のブロッサムの乳絞りをして牛痘にかかった女性サラ・ネルムズの手にできた発疹から取り出されたものだったのです。

 さて、今年は丑年です。牛の年にウイルス問題解決の明るい兆しが見えてくることを祈願し、今年最初の記事とさせていただきます。 

 エドワード・ジェンナーの予防接種について興味がある方はココログ「夜明け前」の「種痘の日(1796年5月14日)」をご一読ください。

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2020年12月 3日 (木)

あなたにもアメリカンドリームを

#アメリカの知人から教えてもらったジョークを脚色

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アメリカは自由の国だ。
誰でも挑戦ができる。
誰もが成功をおさめることができる。
あなたも大富豪になる可能性がある。
それがアメリカンドリームだ。

あるアメリカ人ジャーナリストがメキシコの海岸にある町を訪れた。

Photo_20201203164601

そこで彼は漁師に出会った。

漁師はみごとな魚をカゴに入れて運んでいた。

彼:「見事な魚ですね」
漁:「このあたりの海にはこんな魚ぞろぞろいますよ」
彼:「でも、獲った数が数匹とは少ないね、その魚をたくさん獲って、売ればお金がもうかりますよ」
漁:「家族で食っていける分獲れればいいんですよ」
彼:「もったいない話です。いったい毎日漁にどれぐらいの時間出ているんだ」
漁:「2、3時間ぐらいかな」
彼:「もっと長い時間漁に出れば、もっとたくさん獲れるでしょう」
漁:「いや~。お天道様が高く登るまでゆっくり寝て、それから漁に出て、魚が獲れたら家に帰る。子どもと遊んで、昼寝して、飯食って、酒飲んで、寝てと、そんなに金はないけれど最高の生活ですよ。」
彼:「アメリカなら、その魚をたくさん獲って売れば、大金持ちになって楽な生活ができるようになりますよ。そういうのが実現できるのがアメリカなんだ。あんたもその魚でアメリカで商売してアメリカンドリームを追いかけてみたらどうですか。」
漁:「アメリカンドリームねぇ、そんなに金儲けができるんですか」
彼:「そうですね。でも今のままじゃ駄目ですね」
漁:「どうすればいいんですかい?」
彼:「まず、漁に出る時間を今より長くする」
漁:「すると?」
彼:「魚がたくさん獲れるから、それを売れば今より金儲けができる」
漁:「なるほど」
彼:「金が儲かったら、船をもう一隻買って人を雇う。売り上げ倍増しますよ」
漁:「確かに売り上げは倍増するね」
彼:「そうしたら、船を増やしていき、漁業の会社を立ち上げる、そのうち大型船も買えるようになります」
漁:「おれが社長ってことですかい?」
彼:「そうです。たんまり儲かったら、魚の加工工場も作れる。そしてその魚を販売するチェーン店を展開するんですよ」
漁:「なるほど、一手に魚を扱うようにするんだな」
彼:「そうです。そして君はもはや現場に出なくてもいいんだ。すべては君の指示通りに社員が動く」
漁:「夢のようだ」
彼:「まだ話は続く。君は本社をニューヨークに置くんだ。自社ビル建ててもいい、そこから世界中に会社を広げていく。マンハッタンからの君の指示ですべてが動いていくんだよ」
漁:「世界中か・・・」
彼:「そのうち、株もやり始める。他の投資もやればいい」
漁:「大金持ちになれるんだね。それからどうすればいい?」
彼:「そのうち、君の会社を買いたいという奴が出てくる。事業がうまくいっているうちに売っぱらうのもひとつの手だ」
漁:「数え切れないほどの金を手にできる。大富豪だ」
彼:「そうだよ。大富豪の誕生さ。働かなくても金が入ってくるようになります」
漁:「夢のような生活ができるなぁ」
彼:「それが現実になるのがアメリカさ」
漁:「そうか、それがアメリカンドリームってやつなんだな」
彼:「そうです。君の趣味は何だろう。一生、趣味を楽しんで生きていけるようになりますよ」
漁:「そうだな。やっぱり魚釣りが好きだな」
彼:「そうか。じゃ、巨額の金を手にした君は、ニューヨークから海岸沿いの魚がたくさんいる片田舎の静かな町に移り住めばいい」
漁:「ちょうど、こんな町ですかね」
彼:「そうですね。ここもいいかもね。ここに戻ってきて、趣味を満喫しながら、ゆっくり過ごす。」
漁:「どんな生活が待っているかな」
彼:「いや~。お天道様が高く登るまでゆっくり寝て、それから釣りに出て、魚が獲れたら家に帰る。子どもと遊んで、昼寝して、飯食って、酒飲んで、寝てと、そんなに金もかからない最高の生活になるはずだよ」

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2020年11月18日 (水)

桶屋は本当に儲かったのか?|「風吹けば桶屋が儲かる」

「風吹けば桶屋が儲かる」 という諺は、あることが発生したとき、全く関係なさそうなことに影響が及ぶことを喩えたものです。

なぜ風が吹くと、桶屋が儲かるのかというと、次のような因果関係です。1の原因から7の結果に至るまで、いろいろとプロセスを考えるのも面白いですね。

  1. 風で土埃が立つ
  2. 土埃が目に入ると、盲人が増える
  3. 盲人は三味線を買う
  4. 三味線に使う猫皮が必要になり、ネコが減る
  5. ネコが減ると、ネズミが増える
  6. ネズミは桶をかじる
  7. 桶の需要が増え、桶屋が儲かる

 さて、この「風吹けば桶屋が儲かる」は江戸時代の浮世草子の世間学者気質巻之三「極楽の道法より生涯の道法は天元の一心」にそのくだりがでてきます。

 主人公の三郎衛門が「風吹けば桶屋が儲かる」と金儲けを思いついて、たくさんの桶(この話では箱)を準備しようとします。

 『とかく今の世では有ふれた事ではゆかぬ。今日の大風で土ほこりが立ちて人の目の中へ入れば、世間にめくらが大ぶん出来る。そこで三味線がよふうれる。そうすると猫の皮がたんといるによって世界中の猫が大分へる。そふなれば鼠があばれ出すによって、おのづから箱の類をかぢりおる。爰で箱屋をしたらば大分よかりそふなものじゃと思案は仕だしても、是も元手がなふては埒明ず』

 三郎衛門さんは儲け話を思いついたものの、桶(箱)を準備する元手がなく埒が明きませんでした。つまり、お金を工面できなかったということです。

 したがって、結論としては「風吹けば桶屋が儲かる」は本当は桶屋が儲からなかった話ということになります。また、大損をしたという話でもありません。

 余談ですが、その昔、自分がこの諺を理解していなかった子どもの頃に、こんな意味だろうと漠然と考えていたのは

  1. 風が吹くと、軒先に並べてある桶が飛ばされて壊れる
  2. 桶の需要が増え、桶屋が儲かる

でした。因果関係が非常に単純でわかりやすいし、桶は売れるでしょうが、これは間違いでした(^^ゞ

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2020年11月 6日 (金)

自動販売機のチェックサムエラー

 いつも利用しているとある場所の自動販売機。画面にいろいろと映像が流れるようになっているのですが、あの日は画面が真っ黒。

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 よく見ると画面にエラーメッセージが出ていました。エラーはchecksum errorとあります。チェックサムとはデータ通信において、データが正しく送受信できたかを確認する方法の一つです。データの送信側は、送信データをブロックに区切り、符号化したデータの総和をデータと一緒に送信します。

 受信側は送られてきたデータを符号化して総和を求め、その値と送られてきた値を比較します。2つの値が同じであれば、データは正しく送受信されたことになります。

 この方法は非常に簡易でよく利用されていますが、単純に総和で比較しているため、通信エラーなどが生じて文字化けなどが発生しても偶然2つの値が同じ数値になる可能性もあります。

 さて、写真では欠けていますがエラーメッセージはCMOS checksum errorでした。このエラーはパソコンのBIOSの情報が何らかの原因で不整合が発生したときによく生じます。よくあるの事例はバックアップ電池が切れです。

 この自動販売機は飲み物の下にボタンがありますから、このような状態でも問題なく購入できるのかもしれません。

 買ってみようかと思いましたが、お金が戻ってこなかったら・・・う〜ん、やめました。

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2020年5月26日 (火)

緊急事態宣言が解除

 長らく続いた新型コロナウイルスの緊急事態宣言ですが、政府や自治体の自宅待機およに三密の回避の要請に対する国民の努力の継続によって、全国で毎日の感染者数が低下、感染者数増加の収束の見通しがたったことにより、政府は緊急事態宣言の解除に踏み切りました。

 安倍首相は会見の中で「感染防止策を講じるのを大前提に、あらゆる活動を本格的に再開していく。『感染リスクがあるから実施しない』のではなく、これからは感染リスクをコントロールしながら、『どうすれば実施できるか』という発想が重要だ」と述べています。

 緊急事態宣言は解除となりましたが、ただちに以前の生活と同じようには戻りません。緊急事態宣言解除でもウイルスがなくなったわけではないからです。国民が適切に行動を制御しなければ、二次感染が生じるのは目に見えています。

 ですので慎重に段階的な規制の緩和が必要で、政府も自治体もそのように情報を発進しているのですが、マスコミのニュースでは「全面解除」などという前のめりな表題が目立ちます。全面解除、もう大丈夫だという勘違いで、人出が多くなれば、感染者数は必ず増えてしまいます。

 このあたりをクールに説明している報道機関はあるのでしょうか・・・

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2014年9月29日 (月)

パソコン用の眼鏡を購入

ここのところ、目が疲れやすい状態が続いています。もともと、目が疲れやすい方ではあったのですが、どうもスマホやタブレットを使い初めてから、ひどくなったように思います。

眼科で眼底検査をしてもらいましたが、眼底には異常なく、眼精疲労ということでした。スマホやパソコンを長く見続けると、目が疲れるのは当たり前と言われました。

確かに、スマホとタブレットを使い初めてからは、一日中ディスプレイを見ているような感じです。前だったら印刷物を見ていたのが、スマホやタブレットで見る機会が多くなってきました。

眼鏡を外して、目を画面に近づけて見ていましたので、これで目の疲れがひどくなったのかもしれません。肩凝がひどく、首筋から来ているのか頭痛までするようになってしまいました。また、このところ、飛蚊症もひどくなってきたので、ものが見にくい状態はなおりそうもありません。

しかし、スマホやタブレットを手放すわけにもいかず、パソコン使わなければ仕事もできません。そこで、パソコン用眼鏡を買うことにしました。

どんな眼鏡にしたかというと、

まずレンズですが、9段階の遠近両用で、眼鏡をかけたままでも近くが良く見えるようにしました。20代の頃のように近くが良く見えるようになりました。

ゆがみを少なくするため、高屈折率のレンズを選びました。これにより、軽量、薄型となりました。

飛蚊症の影響を少なくするため、ほんの少しですがグレーを入れました。真っ白な画面を見たときに、楽になりそうな感じです。

UVカットに加えて、青色光カットのコーティングをしてもらいました。レンズに蛍光灯を映すと、青色に見えますので、青色光がコーティングで反射されていることがわかります。

これで多少なりとも目の疲れが軽減できれば良いのですが、パソコンを見る時間を少なくするようにしました。そのため、仕事の調整で、ご迷惑をかけてしまった方がいます。

とても申し訳ない状況ですが、ご理解して頂きました。どうもありがとうございます。

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2014年9月 6日 (土)

久しぶりに2万歩

昨日は久しぶりに歩きました。普段だと、多い日でも万歩計で8千歩ぐらいですが、昨日は2万歩になっていました。距離は約14キロメートル、消費カロリーは約750キロカロリーという数値になっていました。

前回、同じぐらい歩いたときは、2日後にどっと疲れが出ました。

今日はいつもの運動はおやすみしておこう(^^ゞ

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2014年9月 5日 (金)

海浜幕張に

久しぶりに海浜幕張に行ってきました。京葉線に乗るのも久しぶりでした。幕張は10年ぶりぐらいかもしれません。

今日は忙しいかったので、これにて。

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2014年8月29日 (金)

やる気地蔵はつんつるてん

机を整理していたら、やる気地蔵さんがでてきました。昔は机の上に置いて、元気をもらっていましたように思います。また、目につく所にでも置いておこうと思います。

Photo

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