カテゴリー「文化・芸術」の55件の記事

2022年9月13日 (火)

吾輩があの猫である(1908年9月13日)

 あれは確か1904年のある日のこと、吾輩は東京都本郷区駒込千駄木町のある家に舞い込んだのである。

 この家のご主人は37歳、詳しいことはよくわからないが大学で講師をされていた。吾輩はご主人の奥さんには歓迎されなかったが、精神的に不安定なご様子だったご主人にはあたたかく迎えられた。

 あの日から吾輩と先生の生活が始まったのだが、やがて先生は知人にすすめられ筆をとって机に向かう日々を送るようになった。吾輩は先生の傍で先生の暮らしぶりなどを見ながら平和に暮らしていた。

 先生はわずかな期間で数十枚の原稿を書き上げ、知人の俳句雑誌に発表された。飼い猫の視点から人間の世界を風刺した「吾輩は猫である」という風変わりな題名の小説だった。先生が初めて創作したこの小説は読者の心をわしずかみにし、一回の読み切りの予定が全11回もの連載となったのである。

「吾輩は猫である」初版上巻の挿絵(中村不折筆)
「吾輩は猫である」初版上巻の挿絵(中村不折筆)

 吾輩も同じ猫であるが、この小説の「吾輩」はどんな猫なのだろう。この小説はGoogle Booksとやらで読めるようだ。

 Google Books 吾輩は猫である

 「吾輩」は猫である。名前はまだない。

 どうやら「吾輩」は珍野苦沙弥(ちんのくしゃみ)という中学校の英語の教師のご主人の家で飼われている猫のようだ。名前がないとは気の毒だ。吾輩は幸い夏目家にお世話になり、先生は吾輩のことを「ねこ」と呼んでくれている。同居の犬が「いぬ」ではなく「ヘクトー」と呼ばれていることが少し気にはなるが「ねこ」という名前もそう悪くはない。

 「吾輩」は自分の容姿をペルシア産の猫のごとく黄を含める淡灰色に漆のごとき斑入り(ふいり)の皮膚を有すると語っている。まわりくどい言い方だが品の良さそうなトラネコということだろう。吾輩と言えば足の先まで真っ黒な黒猫である。

 物語の最後に「吾輩」は飲み残しのビールで酩酊して陽気になり水がめに転落して溺れてこの世に別れを告げた。しかし、「吾輩」が語る内容は吾輩が見てきたことのようである。何度も読み直してみたが、どうもこの「吾輩」とはどうやら吾輩のことのようだ。吾輩は「吾輩」とは違って1908年9月13日に先生と別れを告げた。

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2022年7月26日 (火)

トリックアートのマウリッツ・エッシャー作「滝」が立体モデルに

 次の絵はは有名なトリックアートのひとつマウリッツ・エッシャーの「滝」です。

マウリッツ・エッシャー作「滝」
マウリッツ・エッシャー作「滝」

 この絵の立体モデルとして作ったのが次の映像です。

Water Fall

 絵だと描き方によってそのように見えるというのは理解できますが、この模型ではどのように水が流れているのでしょうかとても不思議です。でも仕掛けがわかってしまえば答えは難しくありません。

Optical illusion waterfall inspired by MC Escher 3D model render

 このように見る方向によってあたかも水が水車で下から上に流れ続けるように見えます。水は途中で落っこちています。先の立体モデルのビデオの青い水の流れをよく見てみると確かにつなぎ目にあたる部分の水の出方がちょっと不自然です。

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2022年6月26日 (日)

子ども130人の誘拐事件「ハーメルンの笛吹き男」(1928年6月26日)

 グリム童話に「ハーメルンの笛吹き男」という話があります。この話はヤーコブ・グリムとヴィルヘルム・グリムのグリム兄弟が1816年に出版した民話集「ドイツ伝説集」に収録したもので、ドイツの ニーダーザクセン州のハーメルンの街で1824年6月25日に起きた事件が元になっています。

 当時、ハーメルンの街ではネズミが大繁殖して住民が困り果てていました。ある日、色とりどりの服を着た笛を吹く男がやってきました。この男は住民に報酬と引き換えにネズミの退治することを提案しました。住民が男にネズミの退治を頼むと、男は笛を吹き始めました。すると町中にいたネズミたちが笛の音につられて集まってきました。男は笛を吹きながらヴェーザー川までネズミたちを引き連れて歩いて行きました。男はすべてのネズミたちを川の中に誘い込み退治しました。これで住民はネズミの大繁殖の悩みから解放されることになりましたが、男との約束をやぶり報酬を減額しました。

ハーメルンの笛吹き男のパレード
ハーメルンの笛吹き男のパレード(2009年、ハーメルンの街)

 約束を反故にされた男は住民が大切にしているものを代わりに頂くと言い残して街を去りました。そして1824年6月26日、男は再びハーメルンの街に現れました。この日、住民はセント・ジョン・ポールの日で教会を訪れて家を留守にしていました。男が笛を吹きながら街の中を歩くと家の中から子どもたちが出てきました。男は子どもたちを市外の丘まで引き連れていき、山腹の洞窟へと入っていきました。洞窟は内側から固く閉ざされて、男と子どもたちは忽然と姿を消してしまったのです。男についていった子どもの数は130人でした。伝承によっては脚が悪くて列に追いつくことができなかった子ども、耳が悪くて笛の音が聞こえなかった子どもは無事だったとされています。

 「ハーメルンの笛吹き男」の話は確かに伝承として残っており、何世紀にもわたって調査されましたが実際に何が起きたのかよくわかっていません。ネズミが大繁殖したという話も1559年頃に加えられた話でそれ以前の伝承にはネズミは出てきません。子どもたちを連れ去られた理由や子どもたちのその後についても様々な説があります。笛吹き男は犯罪者もしくは魔法使いや死神で子どもたちは不幸な結果になったという説もあれば、子どもたちがハーメルンから移民して別の街を作ったという説もあります。いずれにしてもわずかに残った記録を頼りにした確証のない説でしかありません。

 グリム童話の「ハーメルンの笛吹き男」の最後は子どもが読む童話として書き換えられているものが多くの場合は笛吹き男も悪者ではなく約束が果たされた後に子どもたちが無事に戻ります。

 自分は「ハーメルンの笛吹き男」からゲゲゲの鬼太郎の第2シリーズ第38話「隠れ里の死神」を思い出してしまいます。死神が隠れ座頭という妖怪から子どもたちを誘拐するように頼まれます。子どもたちは「時の橋」を渡り「隠れ里」という不老不死の世界へ連れていかれます。そそこでは400年前に誘拐された子どもまでが子どものままで暮らしていました。隠れ座頭は身勝手な善意で子どもたちを隠れ里に誘拐し永遠の命を与えていたのです。家に帰りたいという子どもたちを鬼太郎は連れて帰ります。子どもたちは親に会えると大喜びで鬼太郎の後をついていきますが「時の橋」の時間を遡ることはできなかったのです。

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2022年5月28日 (土)

両国川開き|隅田川花火大会の始まり(1733年5月28日)

 萬治2年(1659年)、大和国の篠原村から火薬を扱うことができる弥兵衛という人物が江戸に出てきました。弥兵衛は江戸に出てくると植物の葦の中空の茎の中に火薬を入れた花火を自作しました。当時の江戸の人たちは線香花火や鼠花火を楽しんでいましたが弥兵衛の花火は派手な火を出すことからたちまち人気となりました。弥兵衛は両国横山町に屋号「鍵屋」の花火屋を開きました。

 当時の江戸では花火が原因による火事が耐えなかったため町中での花火の禁止令がたびたび出されました。慶安元年(1648年)の禁止令では花火が許可されたのは隅田川のみでした、寛文5年(1665年)、寛文10年(1670年)にも花火禁止令が出され江戸では花火が行われなくなりました。

 そのような中でも弥兵衛は鍵屋で花火の研究開発を進め、より大型で高く打ち上がる花火を作り出しました。正徳元年(1711年)には江戸幕府第6代将軍の徳川家宣の命で鍵屋が隅田川で流星を打ち上げています。

 現在、東京の夏の風物詩として行われている隅田川花火大会 は両国川開きが始まりです。両国川開きは江戸の火除けの地として造成された両国橋のたもとの広場などに夜店や屋台の出店が許可された期間(旧暦5月28日~8月28日)の初日のことです。両国川開きは江戸の夏の始まりを告げる納涼祭で川にはたくさんの屋台船が出ました。

 享保18年(1733年)5月28日(新暦1733年7月9日)の両国開きで鍵屋6代目弥兵衛が打ち上げ花火と仕掛け花火を打ち上げました。大飢饉や疫病による死者供養と災厄除去を祈願しての花火の打ち上げとされています。これが「隅田川花火大会 」の始まりとなりました。

 隅田川花火大会 はしばらくの間は鍵屋が打ち上げを行いましたが、1808年に鍵屋番頭の清七(玉屋市兵衛)が暖簾分けし玉屋を創業しました。鍵屋と玉屋の名前の由来はお稲荷さんの2匹の狐がそれぞれ鍵と玉をくわえていることに由来します。 これ以降は鍵屋と玉屋が打ち上げを担当するようになりました。

 隅田川花火大会では鍵屋と玉屋は異なる場所から花火を打ち上げたため、観客は打ち上げられた花火がどちらの花火屋のものか判断することができました。打ち上がった双方の花火を見て「たまや~」「かぎや~」と声がかけられるようになりました。

歌川広重「名所江戸百景」両国花火
歌川広重「名所江戸百景」両国花火

 玉屋の花火はずいぶん人気になりましたが、天保14年(1843年)に火事を出し町を半丁ほど焼失させてしまいました。またその日が江戸幕府11代将軍の徳川家慶の日光東照宮の参詣の日だったこともあり厳しい処罰がなされ玉屋は財産没収、市兵衛は江戸から追放されてしまいました。これによって市兵衛の玉屋は1代で断絶してしまいました。

 一方の鍵屋は初代弥兵衛から続く株式会社宗家花火鍵屋として現在も花火の打ち上げをしています。現在、当たり前のように打ち上げられる同心円状に開く花火は鍵屋10代目弥兵衛が明治7年に開発し世に広く知らしめたものです。

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2022年5月20日 (金)

成田亨作品集(単行本)

成田亨作品集(単行本)

 映画「シンウルトラマン」が公開されました。「シンウルトラマン」にはウルトラマンのシンボルマークのような存在のカラータイマーがなく、目にも穴が開いていません。

 ウルトラマンのファンにとっては有名な話ですが、カラータイマーは3分間の戦いの中でウルトラマンの活躍とピンチを表すものとして脚本家の金城哲夫さんが成田亨さんに提案したものです。宇宙人のウルトラマンは地球人と同様に生物であると考えていた成田さんはピコピコ鳴って光るカラータイマーではロボットのようになってしまうとして目の光を暗くするなどの代案を提案したそうです。しかしテレビを見ている子どもたちにウルトラマンの状態をわかってもらう名案は見つからず渋々カラータイマーをつけることを受け入れたそうです。

 一方、目の穴については出来上がったウルトラマンのマスクの目が不完全でスーツアクターの覗き穴がなかったため「ウルトラマン前夜祭 ウルトラマン誕生」の直前にスーツアクターの安全を優先してやむを得なく成田さん自身で目に穴を開けたそうです。スーツアクターの古谷敏さんによると成田さんはウルトラマンの目に穴を開けるのにずいぶん踏襲していたそうです。それだけ自身のデザインと思い入れを大切にしていたのでしょう。

 成田さんはウルトラセブンをデザインするときには先回りしておでこに小さいビームランプをつけ、最初から覗き穴を想定して黒目のようにしたそうです。

 シンウルトラマンは成田さんのオリジナルのデザインのままのウルトラマンです。このウルトラマンのデザインが原点となってウルトラマンがずっと続いています。ヒーロー、怪獣、メカニックすべてのデザインが秀逸です。この本を開けば成田さんのオリジナルデザインが芸術の域にあることがすぐにわかるでしょう。

成田亨作品集(単行本)

成田亨 (著), 富山県立近代美術館・福岡市美術館・青森県立美術館 (監修)

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内容(「BOOK」データベースより)

ウルトラ、マイティジャック、ヒューマン、バンキッドから、モンスター大図鑑、特撮美術、後年の絵画・彫刻まで。未発表作品、実現しなかった幻の企画案も含む、全515点一挙収録。「成田亨美術/特撮/怪獣」展オフィシャル・カタログ(富山県立近代美術館・福岡市美術館・青森県立美術館)


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2022年5月16日 (月)

旅の日(1689年5月16日)

 5月16日は「旅の日」です。松尾芭蕉が1689年5月16日(旧暦 元禄2年1869年3月27日)に「奥の細道」の旅に出発したことに由来し、1988年に「日本旅のペンクラブ」が制定しました。「日本旅のペンクラブ」の「旅の日」のページによると「年に一度、旅を愛する人々が集い、日本人の旅行観や旅行関連業界の将来など、旅について考え、語り合う機会」とされています。

 ところで芭蕉が156日をかけて約450里(1768キロメートル)に渡る「奥の細道」の旅をしたのは45歳のときでした。1日の平均移動距離は7里半(約30キロメートル)に及び40キロメートル以上歩いた日もありました。このことから芭蕉の正体は忍者で幕府の密命により東北を調査するための旅をしたという説があります。

 しかしながら当時の男性は1日10里(約39キロメートル)は歩くことができたそうです。東海道なら江戸の日本橋から京都の三条大橋までの124里124里8丁(約488キロメートル)を13日で歩きました。つまり1日あた9.6里(37.5キロメートル)も歩いていたのです。このことを考えると、松尾芭蕉が歩いた距離は当時の男性より少し速かったぐらいでしかありません。忍者は1日40里(160キロメートル)移動するそうですから芭蕉の歩行速度は忍者には及びません。

 「奥の細道」の旅で芭蕉に同行した河合曾良という人物がいます。曾良は長野県諏訪の出身で芭蕉との旅を終えた1709年に幕府の巡見使随員として九州諸国の大名の監視の旅に出ています。もしかすると曾良には忍者の素養があったのかもしれません。

松尾芭蕉と河合曾良
松尾芭蕉(左)と河合曾良(右)
森川許六作

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2022年4月23日 (土)

サンジョルディの日(303年4月23日)

 4月23日は「サン・ジョルディの日」です。サン・ジョルディはドラゴン退治の伝承で有名なキリスト教の聖人、聖ゲオルギオスのことです。聖ゲオルギオスはスペインのカタルーニャの守護聖人とされており西暦303年4月23日に殉教したことからこの日が祝日となりました。

聖ゲオルギウスとドラゴン(ラファエロ・サンティ)
聖ゲオルギウスとドラゴン(ラファエロ・サンティ)

 聖ゲオルギオスが倒したドラゴンの血が真っ赤な薔薇になったという伝承からカタルーニャではこの日に男女が赤い薔薇を贈り合う風習があります。また「サン・ジョルディの日」には本を送る風習があり「本の日」とも呼ばれています。これは1923年にカタルーニャの書店が赤い薔薇を添えた本を贈るキャンペーンを始めたのがきっかけで、小説「ドン・キホーテ」の作者であるスペイン人のミゲル・デ・セルバンテスの命日が1616年4月23日であることに由来しています。また-1616年4月23日ははウィリアム・シェイクスピアの命日でもあります。

 「サン・ジョルディの日」が「本の日」とともに日本に紹介されたのは20世紀後半です。1986年に日本書店商業組合連合会と日本・カタルーニャ友好親善協会が4月23日を「サン・ジョルディの日」と定めました。また日本政府は2001年12月に公布した「子どもの読書活動の推進に関する法律第10条」で4月23日を「子ども読書の日」に定めました。

 国際連合教育科学文化機関 (UNESCO) は1995年11月に開催された総会でスペインからの提案により1996年から4月23日を「世界図書・著作権デー」(世界本の日)と制定しました。

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2022年4月17日 (日)

ウルトラマン落語 [DVD]

ウルトラマン落語 [DVD]

柳家喬太郎、柳家喬之助

 先日、ウルトラセブン落語[DVD]を見たのですが、ウルトラマン落語 [DVD]も見てみました。こちらはウルトラセブン落語よりも1年前の
2016年7月10日に行われたイベント「ウルトラマンの日 in 杉並公会堂」を収録したものです。

 文無しの絵師が衝立(ついたて)に描いた5羽の雀が衝立から抜け出して飛び回る「抜け雀」。これを二次元怪獣ガヴァドンにかけた「抜けガヴァドン」。ウルトラマンのファンなら、なるほどそういうことですかとニヤニヤしながら聞くことのできる一席です。他に「ふたりのウルトラ」と「ウルトラの郷」が収録されていますが、これもまたウルトラマンのファンなら楽しめる内容です。ウルトラマンを繰り返し見ていない人にはカルトクイズ的でちょっとわからないところもあるかもしれませんが付録の解説書を読めばわかります。

ウルトラマン落語 [DVD]

内容紹介

ウルトラ怪獣がぞくぞく登場! ? 円谷プロ公認の新作落語!

創造力に富んだ新作落語に定評のある柳家喬太郎。その持ちネタの中には、ウルトラマンシリーズを題材にした作品が存在する。『ウルトラマン』放送開始から50年目に当たる2016年7月10日に行われたイベント『ウルトラマンの日 in 杉並公会堂』において、同じく大のウルトラファンの柳家喬之助とともに、初めて円谷プロダクション公認での高座が披露された!

【収録内容】

・抜けガヴァドン 柳家喬太郎

 文無しの絵師が宿代代わりに描いた絵が巻き起こす騒動とは! ?古典噺「抜け雀」の改作。ウルトラマン・ファンなら思わずにやりとする仕掛けが随所にちりばめられている。

・ふたりのウルトラ 柳家喬之助

 架空の日系人独立国“ピグモニアン王国"から来たウルトラマン好きの国王が奮闘する人情話。喬太郎の創作噺を、喬太郎に劣らぬ大のウルトラファンの弟弟子、喬之助が演じる。

・ウルトラの郷 柳家喬太郎

 久しぶりの同窓会。ウルトラ怪獣のあだ名で呼びあった当時を懐かしみ旧交を温めるなか、突然の報せが…。この日がネタおろしとなった怪獣ネタ満載の新作。

・特典映像 アフタートーク

収録:2016年7月10日 杉並公会堂 小ホール

■「ウルトラ初心者向け! 『ウルトラマン落語』が10倍楽しくなる解説書」封入!

柳家喬太郎・柳家喬之助 DVD「ウルトラマン落語」予告編映像

 

ウルトラマン落語 [DVD]

柳家喬太郎、柳家喬之助

ウルトラセブン落語 [DVD]

柳家喬太郎、柳家喬之助

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【ぬけ雀】 古今亭 志ん朝

 

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2022年4月 8日 (金)

ミロのヴィーナスを発見(1820年4月8日)

 パリのルーブル美術館で展示されている彫刻ミロのヴィーナス。失われた台座に彫られていた碑文から起源前2世紀頃に古代ギリシアのヘレニズム時代の彫刻家アンティオキアのアレクサンドロスによって制作されたと考えられています。

 ミロのヴィーナスは1820年4月8日にオスマン帝国統治下のエーゲ海にあるミロ島(ミロス島)で壁を作るための石を礼拝堂の跡地で探していた農夫ヨルゴス・ケントロタスにより発見されました。最初にケントロタスが発見したのは大理石でできた像の上部でした。このとき同行していた考古学に興味をもっていたフランス海軍のオリヴィエ・ヴーティエが発掘を続けるように話をたところ像の破片が合計6個見つかりました。それらの破片を組み合わせたところ高さは203 cmの美しい彫刻の女性像となったのです。この女性像は発見当時は両腕が身体から外れていましたが左手はリンゴを持ち、右手は腰から足元までかけられたローブを持っていました。足は裸足で耳にはピアスがついていました。この姿から彫像のモデルはパリスの審判を競い合ったギリシア神話の三美神の1人アプロディーテーと考えられました。

 ヴーティエはこの像をフランス政府に購入するよう交渉しましたが交渉が難航したためケントロタスは地元の司祭に献上してしまいました。像は司祭からトルコの有力者に引き渡されることになりましたがコンスタンチノーブル(現在のイスタンブール)に行きの船に積み込まれる直前でトルコ駐在のフランス大使リヴィエール侯が購入することなりました。1821年、リヴィエール侯は修復したミロのヴィーナスをルイ18世に献上し、ルイ18世はこれをルーヴル美術館に収蔵させました。このとき碑文が彫られた台座が失われましたが1821年に描かれたスケッチは台座も描かれています。

ミロのヴィーナスのスケッチ(1821年)
ミロのヴィーナスのスケッチ(1821年)

 ミロのヴィーナスは過去に一度だけルーヴル美術館から海外に持ち出されて展示されたことがあります。昭和39年(1964年)の4月から6月にかけて日本の東京の国立西洋美術館と京都の京都市美術館で展示されています。

 以前ルーヴル美術館を見学する機会がありましたがミロのヴィーナスに気が付かず通り過ぎてしまいました。その後、たくさんの人が集まっていたので何か有名な美術品があると思って引き返したところミロのヴィーナスが佇んでいました。高さ2メートルを超えているのでそれなりの大きさですが、美術館の中では想像していたよりも小さく見えました。

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2022年3月29日 (火)

ウルトラセブン落語(DVD)

ウルトラセブン落語 [DVD]

柳家喬太郎、林家二楽、柳家喬之助

 このDVDは2017年6月25日に行われた「ウルトラセブン放送開始50年記念落語会」の映像です。古典落語の登場人物をウルトラセブンの登場人物に置き換え、ウルトラセブンの名言が散りばめられた楽しい落語になっています。ウルトラセブンファンなら「あ~なるほどね」とニヤニヤしながら見ることができる内容です。

ウルトラセブン落語 [DVD]

内容紹介

 ウルトラファンからも、落語ファンからも大好評! 「ウルトラマン落語」の第二弾が遂に登場! !

 創造力に富んだ新作落語に定評のある柳家喬太郎が、『ウルトラマン』放送開始から50年目に当たる2016年に、円谷プロ公認による「ウルトラマン落語会」を開催。それ以来、高座に「ウルトラマン落語」を掛ける機会も増え、新作も次々と生まれている。そんな中、『ウルトラセブン』放送開始50年を記念し、2017年6月25日に東京上野の鈴本演芸場でウルトラマン愛にあふれる落語会が開催された。

 高座に上がったのは、ウルトラカラーの着物に身を包んだ、我らが師匠(ヒーロー)・柳家喬太郎。ウルトラ愛では兄弟子喬太郎に引けを取らない柳家喬之助。アイスラッガーのように切れ味鋭くハサミを操る、紙切りの林家二楽。ウルトラファンならずとも楽しめる、ウルトラファンならさらに楽しめる名人芸をとくとご堪能あれ。

【収録内容】

・「私情最大の侵略」 柳家喬太郎

 とある下町の中小企業。大のウルトラファンである社長は、若手有望新入社員モロボシの歓迎会で大はしゃぎ。しかし、そこでモロボシはあることを打ち明ける。『ウルトラセブン』の名場面を想起させるやりとりが随所にちりばめられた創作落語。

・「子ほめ M78」 柳家喬之助

 御隠居から、人をほめればタダ酒が飲めると教えられた八つぁん。たまたま仲間に赤ん坊が生まれたことを思い出し、タダ酒をもらうべく世辞を言いに行くが…。古典噺「子ほめ」の舞台をM78星雲に移し、ウルトラシリーズに関連するワードをふんだんに盛り込んだ改作落語。

・「ウルトラ紙切り セブン編」 林家二楽

 客席からのウルトラ関連のお題に、繊細かつ大胆なハサミさばきと軽快な話芸で応える、これぞ名人芸! ウルトラ愛があふれ興奮気味の二楽に、観ているこちらも思わず笑顔に。「ウルトラセブンの歌」に合わせて次々と繰り出すクオリティの高い作品の数々に、客席は大いに沸いた!

・「セブン段目」 柳家喬太郎

 家業そっちのけで常軌を逸した芝居マニアの若旦那が、何をやっても芝居のセリフになってしまう、という古典噺「七段目(しちだんめ)」。これが芝居マニアでなく、特撮マニアだったら! ? これでもかと繰り出される『ウルトラセブン』の名セリフの数々に、セブン・ファンは頬が緩みっぱなしに!

収録:2017年6月25日 鈴本演芸場

【特典映像】

トーク 楽屋一同(ゲスト:森次晃嗣<モロボシ・ダン>)
★「ウルトラ初心者向け! 『ウルトラセブン落語』が10倍楽しくなる解説書」封入!

柳家喬太郎・林家二楽・柳家喬之助 DVD「ウルトラセブン落語」予告編映像

ウルトラセブン落語 [DVD]

柳家喬太郎、林家二楽、柳家喬之助

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