カテゴリー「文化・芸術」の73件の記事

2023年1月27日 (金)

世界一短い電報のやり取り

 フランスの小説家ヴィクトル=マリー・ユーゴーの小説「レ・ミゼラブル」。この小説は姉の子どもたちのためにパンを1つ盗んだことから19年間も監獄生活をすることになったジャン・ヴァルジャンの生涯を描いたものです。

ヴィクトル=マリー・ユーゴー
ヴィクトル=マリー・ユーゴー

 ユーゴーは「レ・ミゼラブル」が出版された直後に海外旅行に出かけました。ユーゴーは人気小説家でしたが「レ・ミゼラブル」の売れ行きが気になり出版社に電報を送りました。

 出版社がユーゴーの電報を確認したところたった1文字「?」が記されているだけでした。ユーゴーの電報の意味を理解した出版社もたった1文字「!」を返信しました。

 このたった一文字のやり取りは「?=レ・ミゼラブルの売れ行きはどうか?」「!=売れています」という会話だったのです。実際に「レ・ミゼラブル」の売上は上々ですぐに初版は完売となったのです。

【関連記事】

コロッセオには本当の名前があった 

ムンクの「叫び」は叫んでいない 

自由市場ではないフリーマーケットの語源

正直ではないワシントンの桜の木のお話し

安全第一には第三まである 

ピカソの本名はもの凄く長い

エリーゼのためには誰のために? 

ロダンの「考える人」は何も考えていなかった?

ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村

人気ブログランキングへ

| | | コメント (0)

2023年1月19日 (木)

ザ・ベストテン放送開始(1978年1月19日)

 「ザ・ベストテン」は昭和53年(1978年)1月19日にTBSで放送が開始された歌番組です。毎週木曜日午後9時から生放送で放送されました。

Photo_20230115134701

 この時代は歌謡曲が隆盛で各放送局で多くの歌番組が放送されていました。しかし、歌手が出演して歌うだけの番組はマンネリ化していました。そこでトークショーやコントなどを組み入れた歌番組が企画されるようになりました。

 TBSでは昭和51年(1976年10月)から「トップスターショー・歌ある限り」が放送されていましたが視聴率がふるわず、それまでとは違う新しい音楽番組を企画することになりました。そこで出てきたアイデアが人気曲を第10位から第1位まで順次発表し歌手が登場して歌うベストテン形式の番組とするものでした。この企画はすぐに了承され制作の準備が始まりました。

 当時の日本の音楽は従来の歌謡曲の他にニューミュージックが台頭し始めた頃でした。この分野のミュージシャンはテレビに出演しないことが多いことから、そのままベストテンを発表すると歌手が登場せず番組が成り立たなくなることが危惧されました。そこでベテランスタッフたちが番組が独自に選んだベストテンを発表することを提案しましたが、若手スタッフたちはありのままのベストテンを発表することを提案しました。両者の意見は対立し折り合いがつかなくなりましたが、最終的には若手スタッフの意見が取り入れられることになりました。

 昭和52年(1977年)12月27日、「トップスターショー・歌ある限り」の最終回が放送され「第19回日本レコード大賞」でノミネートされた10組の歌手が出演しました。この番組の司会を務めていたのが俳優の二谷英明さんと当時TBSアナウンサーの久米宏さんでした。

 番組の終わりに二谷さんか番組の放送終了が告知されると、後番組「ザ・ベストテン」の司会者の黒柳徹子さんが登場し新番組の案内を行いました。また久米宏さんは「ザ・ベストテン」にも引き続き出演し司会を務めることになりました。2人は同年12月31日に放送された「第19回日本レコード大賞」で司会を務めています。

 「ザ・ベストテン」は当時の人気曲をほぼそのまま発表していたためベテランスタッフが危惧していた通りニューミュージックのミュージシャンが出場辞退をする事例が多々ありました。その分、当時のアイドル歌手のトークやスタジオ演出に時間をかけることができたり、アイドル歌手が移動中の新幹線のホームなどからテレビ中継で出演して歌うなどの斬新な企画が盛り込まれました。

 こうして「ザ・ベストテン」は当時を代表する定番の音楽番組となりました。多くの人が木曜日の午後9時にテレビの前で「ザ・ベストテン」を楽しみました。「ザ・ベストテン」を見てるだけで日本で流行している歌がわかり、そして様々な演出やハプニングが楽しみとなり、金曜日には「昨日のザ・ベストテン見た?」と話題に出るほど人気だったのです。

【関連記事】

「NHKのど自慢」放送開始(昭和21年1946年1月19日)

NHK紅白音楽合戦(昭和26年 1951年1月3日)

「スター誕生!」放送開始(1971年10月3日)

セシルチョコレートの写真|昭和の風景

ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村

人気ブログランキングへ

| | | コメント (0)

2023年1月16日 (月)

小説「ドン・キホーテ」の前巻が出版(1605年1月16日)

 小説「ドン・キホーテ」はスペインの作家ミゲル・デ・セルバンテスの作品です。

 ラ・マンチャの村に住む郷士のアロンソ・キハーノが騎士道物語の読み過ぎで現実と空想の区別がつかなくなり、ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャと名乗る騎士となって農夫サンチョ・パンサ、痩馬のロシナンテと共に世直しの度に出る物語です。旅の道中で出くわす事件をすべて騎士の物語のように捉えて行く先々でトラブルを起こします。アロンソ・キハーノは理性的な紳士なのですが、いざ騎士道に関することとなると正気を失ってしまうのです。前編の最後では有名な数十基の風車を巨人と思い込み突撃するシーンがあります。サンチョが風車にぶつかって跳ね返されたドン・キホーテを諭しますが、ドン・キホーテは魔法使いが巨人を風車に変えてしまい手柄を奪ったと主張し旅を続けます。

Photo_20230112164601
ミゲル・デ・セルバンテスと「ドン・キホーテ」前編表紙

 セルバンテスは前編の序文でこの小説を牢獄の中で着想したと記しています。釈放されたセルバンテスは多くの家族を養い困窮した生活の中で「ドン・キホーテ」の前編を書き上げました。1604年、セルバンテスは書き上げた「ドン・キホーテ」権利を出版業に売却しました。1605年1月16日に小説「ドン・キホーテ」が出版されると高く評価され英語や仏語の翻訳本が出るほど大流行しました。しかしながら、セルバンテスは版権を売却していたため富を手に入れることはできず困窮した生活のまま1616年に生涯を閉じました。

【関連記事】

サンジョルディの日(303年4月23日)

シェイクスピアの悲劇リア王の初演(1606年12月26日)

子ども130人の誘拐事件「ハーメルンの笛吹き男」(1824年6月26日)

メリーさんのひつじ(1830年5月24日)

ピーターパンの日(1904年12月27日)

ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村

人気ブログランキングへ

| | | コメント (0)

2023年1月15日 (日)

大英博物館が開館(1759年1月15日)

 大英博物館は英国ロンドンにある世界初の国立博物館です。大英帝国時代に収集されたものを所蔵展示しており文化や芸術など人類の歴史を専門とする博物館です。

 大英博物館は1727年から1741年まで王位協会の会長を務めたアイルランド人の医師・収集家のハンス・スローン卿のコレクションを展示する目的で設立された博物館です。

 スローン卿は自身が収集した8万点にのぼる蔵書・手稿・版画・硬貨・印章をイギリス政府が博物館を設立するのであれば有償で寄贈するという内容の遺言を残しました。イギリス政府は1753年に大英博物館を設立し、1759年1月15日に一般公開を開始しました。初代館長には英国の物理学者・医師・発明家のゴーウィン・ナイトが務めました。建設費用には宝くじの売上金が充当されました。

ハンス・スーロンと大英博物館の展示
ハンス・スーロンと大英博物館のエジプトの展示

 大英博物館の収蔵品が増えるにつれて円形閲覧室が建設されたり、自然博物館の分館が設立されたりしました。収蔵品の多くは個人の収集家が寄付したもので入館料は無料です。運営資金は政府からの助成金と博物館の事業収入と寄付金から賄われています。

 大英帝国時代に収集されたものは当時の英国が植民地としていた国から持ちこまれたものも多く収蔵品の返還が求められることがしばしばあります。現在、エジプトのカイロ博物館に展示されているツタンカーメンのマスクも元々は大英博物館にありました。古代ギリシアのパルテノン神殿の彫刻エルギン・マーブルやエジプトで発見された古代エジプト語のヒエログリフとデモティックとギリシア文字の3種類の文字が刻まれているロゼッタストーンは現在も大英博物館が所蔵しており返還の論争の対象となっています。

【関連記事】

ロゼッタストーン

ハワード・カーターがツタンカーメンの墓を発見(1922年11月4日)

ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村

人気ブログランキングへ

| | | コメント (0)

2023年1月11日 (水)

鏡開き(1月11日)

 1月11日は日本の年中行事「鏡開き」または「鏡割り」の日です。この日は正月に神仏に供えた鏡餅を下ろして感謝の意を示し、無病息災を祈願して餅を食べます。長期間供えて固くなっているので雑煮や汁粉、かき餅や揚げ餅として食べるのが一般的です。

鏡餅
鏡餅

 鏡開きの武家の行事が一般化されたものです。もともとは新年の松の内が終わる小正月(1月15日 (旧暦))後の1月20日 (旧暦)に鎧具足に供えた餅を下げて食べ正月の祝い納め「刃柄祝」としました。また女性が鏡台に供えた餅を開いて祝うことを「初顔」としました。慶弔4年(1651年)7月20日に徳川家光が亡くなり、その後は20日を避けて11日に行われるようになりました。こうした武家の風習が江戸時代に一般化したものが「鏡開き」です。

 鏡餅は刃物で切ると切腹に通じることから刃物は使わず手や木槌で割ります。ですから「鏡切り」とは言いません。「鏡割り」とも言いますが「割り」という言葉を避けて「割り」の忌み言葉である「開く」が使われ「鏡開き」と呼ばれます。

 

ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村

人気ブログランキングへ

| | | コメント (0)

2023年1月 6日 (金)

2023年のトレンドカラー|色の日(1月6日)

 2023年のトレンドカラーは「ビバマゼンタ」cだそうです。

 トレンドカラーは世界的な色見本帳を作っている会社PANTONEおよび色に関係する事業を手がけているJAFCA(日本流行色協会がそれぞれ独自に毎年発表しているものです。「ビバマゼンタ」はPANTONEが発表したもので、「ルミナスイエロー」はJAFCAが発表したものです。

〇ビバマゼンタ

Photo_20221228143201

 ビバマゼンタのカラーコードは#CE3256(R:206 G:50 B:86)です。普通のマゼンタ(カラーコードは#FF00FF R:255 G:0 B:255)の赤色を少し弱めて若干の緑を加え青を大きく減じたものです。

PANTONEは選定にあたって「鮮やかで躍動感に満ちた色。自然の赤系に根ざした新たな力強さを表現する色合い。楽しく楽観的な祝いをプロモートし新しい物語を生み出す勇敢で大胆不敵な鼓動する色」と説明しています。

PANTONE Pantone Color of the Year 2023 / Introduction

〇ルミナスイエロー

Photo_20221228145101

 ルミナスイエローのカラーコードは#FEF6B7(R:254 G:246 B:183)です。普通のイエロー(カラーコードは#FFFF00 R:255 G:255 B:0)に青を加えたものです。

 JAFCAは選定にあたって「ほんのりと光がたまったような、陽だまりのような明るいイエロー 」「優しく穏やかで、希望を感じさせてくれる色です。淡く柔らかい色は不安で固まった心にも無理なく入っていき、そっと癒し、明るい気持ちにしてくれるのではないでしょうか」と説明しています。

JAFCA 2023年の色は、「やさしさに包まれるイエロー」

【関連記事】

カラーの日(1月6日)

マゼンタのおはなし|単色光(波長)が存在しない色

青色光より短波長の光はなぜ紫色なのか|青紫と赤紫の違い

クリスマスカラー「赤」「緑」「白」「金」「銀」の意味

オリンピックの五輪の色の意味は?

金属の光沢と色|金属反射と金属光沢

色の正体は何か?

色は何色(なんしょく)あるのか

色彩と心理に関する考察

ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村

人気ブログランキングへ

| | | コメント (0)

2023年1月 2日 (月)

初夢の日(1月2日)

 初夢は一般に新年になって最初に見る夢です。新年の夜と言えば「12月31日夜から1月1日朝」「1月1日夜から1月2日朝」「1月2日夜から1月3日朝」という説があります。

初日の出
初日の出

 鎌倉時代の古書によれば初夢はもともとは節分の夜から立春の朝に見る夢のことでした。当時は立春を新年の始まりと考えることが多く、初夢と暦上の新年は関係づけられていなかったようです。

 その後、初夢と暦上の新年が結びつけらるようになりましたが、大晦日から元日にかけて眠らずに新年を迎える風習があることから「12月31日夜から1月1日朝」は除外されるようになりました。現在では「1月1日夜から1月2日朝」もしくは「1月2日夜から1月3日朝」に見る夢を初夢とすることが多いのですが、書初めや初商いなど多くの行事が年が明けて2日に行われるようになったため初夢も「1月2日夜から1月3日朝」に見る夢になったという説があります。

 とは言いながら全ての人が毎日夢を見て覚えているわけではありませんので、年が明けて初めて見た夢を初夢とすると良いのではないかと思います。日付を固定すると今年は初夢を見ることができなかったということになりかねません。そういう意味では1月1日の午前0時以降に見た夢は初夢としても良いのではないかと思います。初夢の内容から新年の吉凶を占う風習がありますが、夢は潜在意識の現れですから占いだからと言ってあながち間違いとは言い切れないかもしれません。

【関連記事】

書初め(1月2日)

1月|今日は何の日

ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村

人気ブログランキングへ

| | | コメント (0)

2022年12月31日 (土)

御節料理の由来

 大晦日に新年の御節料理を準備する家庭も多いと思います。御節料理は古くは平安時代の宮中において1月7日の人日、3月3日の上巳、5月5日の端午、7月7日の七夕、9月9日の重陽の五節句の日の祝いの席で神に捧げて神と共にいただく料理のことでした。

 御節料理が庶民に伝わったのは江戸時代後期です。一般庶民が宮中行事を年中行事として取り入れ御節料理を作るようになりましたが、やがて年の初めに食べる正月料理が御節料理と呼ばれるようになりました。

 もともと御節料理は膳に盛られた料理でした。やがて膳の他に重詰めのものが出されるようになると、膳が御節、重詰めが食積と呼ぶようになりました。明治時代になると膳が使われる機会が少なくなり、重詰めのものが御節料理と呼ばれようになりました。

現代の御節料理
現代の御節料理

 重詰めは基本は4段重とされ、「一の重」「二の重」「三の重」と呼びますが、四番目は「四」の忌み数字は使わず「与の重」と呼びます。それぞれの重には詰められている料理が異なります。「一の重」には祝い肴と口取り、「二の重」には焼き物、「三の重」には煮物、「与の重」は酢の物とされています。なお五段重の御節料理もあり「五の重」は控えの重とされています。最近では核家族化により二段重や三段重が一般的になりました。

 御節料理を食べる前に本日は年越しの料理ですね。そして年越し蕎麦。

 今年もブログ「夜明け前」をご覧下さりありがとうございます。

 来年もよろしくお願いいたします。

ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村

人気ブログランキングへ

| | | コメント (0)

2022年12月28日 (水)

天和の大火(旧暦 天和2年12月28日)

 「天和の大火」は天和2年12月28日に江戸で発生した大火です。この日の正午頃に駒込の大円寺から火の手があがり長時間にわたり江戸の町を延焼し続けました。消火に至ったのは翌朝の5時頃で最大で3500人あまりの犠牲者が出たとされています。

 この「天和の大火」の被災者の中に八百屋のお七という娘がいました。焼け出されたお七の一家は檀那寺で避難生活をしていましたが、お七は寺の小姓と恋仲になります。避難生活から日常の生活に戻ったお七は再び小姓に会いたくて事件を起こしてしまいます。

 天和の大火がなければお七は家族と一緒に平和な日々を暮らしていたはずですが、この火事がお七の人生が狂わせたことから「天和の大火」を「お七火事」ともいいます。

 お七に何があったのかは下記の【関連記事】の「八百屋お七」の物語(旧1683年3月28日) をご覧になってください。

松竹梅湯嶋掛額(八百屋お七) 作者:月岡芳年
松竹梅湯嶋掛額(八百屋お七) 作者:月岡芳年

【関連記事】

「八百屋お七」の物語(旧1683年3月28日)

明暦の大火(旧暦 1657年1月18日)

隅田川に両国橋が架けられる(1659年12月13日)

ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村

人気ブログランキングへ

| | | コメント (0)

2022年12月27日 (火)

ピーターパンの日(1904年12月27日)

 ピーターパンはスコットランドの作家ジェームス・マシュー・バリーの戯曲「ピーター・パン:大人にならない少年」(1904年)と小説「ピーター・パンとウェンディ」(1911年)の主人公です。ピーターパンの戯曲や小説は空を飛ぶことができ大人にならない少年ピーター・パンがネバーランドを冒険する物語です。

 ピーターパンが初めて登場したのはバリーの1902年の小説「白い小鳥」でした。この小説は大人向けに書かれたものです。この小説の「ケンジントンガーデンのピーターパン」と題された章でピーターパンが出てきます。生後7日目のピーターが妖精や鳥に飛ぶことを教わり、人間と鳥の中間のような子とされています。バリーはこの小説からピーターパンの話を抜き出して戯曲を作りました。

 そして1904年12月27日にロンドンのヨーク公爵劇場で戯曲「ピーター・パン:大人にならない少年」が初演されました。この舞台劇の成功により出版者が1906年に「ケンジントンガーデンのピーターパン」を出版し、1911年にバリーが小説として書き直した「ピーターとウェンディ」が出版されました。

ジェームス・マシュー・バリーとMaude Adamsがブロードウェアで演じたピーターパン
ジェームス・マシュー・バリーとMaude Adamsがブロードウェアで演じたピーターパン(1905年)

 ピーターパンの作品はいろいろありますが、自分は1991年のアメリカ映画、スティーヴン・スピルバーグ監督 、 ダスティン・ホフマンおよびロビン・ウィリアムズ主演の「フック」がお気に入りです。原作とは異なりますがピーターパンが大人になったらこうなるんだろうなという感じが秀逸に描かれています。

フック コレクターズ・エディション [AmazonDVDコレクション]

 

【関連記事】

サンジョルディの日(303年4月23日)

シェイクスピアの悲劇リア王の初演(1606年12月26日)

子ども130人の誘拐事件「ハーメルンの笛吹き男」(1824年6月26日)

バレエ組曲「白鳥の湖」の初演(1877年3月4日 )

ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村

人気ブログランキングへ

| | | コメント (0)

より以前の記事一覧