カテゴリー「パソコン・インターネット」の736件の記事

2021年9月 9日 (木)

2001年9月9日問題(2001年9月9日)

 西暦2000年問題。西暦2000年を迎えるに当たりコンピュータの日付の処理に大きな問題が生じる可能性が指摘された問題です。昔のコンピューターは日付を文字列として扱っていましたがメモリの節約のために西暦の上位2桁を省略し、下位2桁のみを記録していました。従って2000年を迎えると、コンピュータの日付の西暦の部分が00になってしまい、1900年と処理されてしまう可能性がありました。しかし、当時、多くの技術者たちは西暦の処理については将来新しい技術が出てくるだろうと考えて、プログラムを開発するにあたり特段の対策は考えていませんでした。また、これはとは別に2000年を閏年の処理をしないように作られているプログラムもありました(2000年2月29日問題)。そして何らの対策もないまま1990年代後半を迎えたのです。

20010909

 多くの技術者は既存のプログラムの内容を確認し必要に応じて修正を行いました。開発に関わった技術者がすでに退職していることなどもあり作業には手間がかかりました。また2000年問題によって物流や金融などで深刻な問題が起こる可能性があると大きく取り沙汰されたこともあり必要以上に慎重な対応をせざるを得なかった面もありました。大きな社会問題となりましたが、技術者の尽力によって2000年を迎えても大きな問題は起こらず収束しました。

 コンピュータの日付の処理には2001年9月9日問題もありました。これはプログラムで時間を管理するデータ型が1970年1月1日午前0時を起点とした経過秒数となっており、2001年9月9日に十進法で10桁(1,000,000,000秒)を超えることでコンピューターの処理に問題が発生する可能性が指摘されたものです。しかしながら、このデータ型は符号付きの32ビットで最大値が2,147,483,647となるため、時間の扱いに本質的な問題が生じるのは2038年1月19日未明で、2001年9月9日問題が起こるとは考えにくいという指摘もありました。

 ところが現実には2001年9月9日問題が発生したシステムも出ました。ほとんどの原因は経過秒数を文字列として扱っていたためです。文字列で数字の大小比較をすると999999999の方が1000000000より大きいと判断されてしまうため、正しく日付順に並べることができなかったり、新しいデータと判断されずに処理が行わなかったり、古いデータと判断されてデータが削除されたりする問題が発生したのです。

 このデータ型の問題は桁数の繰り上がりで生じるため2001年9月9日以前も発生していたはずです。しかし、1970年1月1日午前0時を起点とした秒数が9桁になったのは1973年であり、当時稼働していたプログラムはそれ以降に開発されたものがほとんどだったため長きに渡りこの問題が生じることがなかったのです。

 なお2038年問題はデータ型を符号付き64ビットにすることで西暦3000年まで、64ビット化ができない旧システムの場合は符号なし32ビットとすることで2106年まで回避できる見通しです。

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2021年9月 7日 (火)

Googleの創業日(1998年9月7日)

 1996年、スタンフォード大学の学生ラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンは検索エンジンの研究を始めました。当時の検索システムは検索キーワードの出現回数の多いウェブページを検索結果の上位に表示していました。ペイジとプリンはキーワードに加えて、ウェブページの被リンク数とそのページの品質を評価する新しい検索エンジンを開発し、この技術を「PageRank」と名付けました。当初、検索エンジンはBackRubと呼ばれていましたが、10の100乗を意味する数の単位googolにちなんでGoogleとされました。名前の由来からも分かる通り、ペイジとプリンは自分たちが開発した検索エンジンが膨大な情報をユーザーに提供することを確信していました。

 1997年9月15日、google.domドメインが登録され、1998年9月4日、カリフォルニア州メンローパークの民家のガレージでGoogle社が創業しました。Google社は多くの企業から出資を受けながら企業規模を拡大し、1999年3月にカリフォルニア州パロアルトに本社を移転しました。

 当時、自分はSun Workstationを使ってウェブサイトの構築やウェブページの制作を行う仕事をしていました。当初は検索エンジンは存在せず、ウェブページを探すツールとしてはウェブサイトのリンクを集めてカテゴリごとに表示するウェブページが主流でした。このウェブページは電話帳のようなものであることから米国の電話帳と同じ名前であるイエローページと呼ばれました。

 ある日、Googleというサイトが立ち上がったことを知り、Googleにアクセスしてみました。当時のウェブサイトのトップページはテキストや画像やリンクがたくさん盛り込まれたものが一般的でしたが、Googleのトップページはロゴの下に下にテキストボックスとボタンが表示されているだけの非常にシンプルなページでした。ページが表示された瞬間に「このサイトは何だろう?」「どのように使うのだろう?」「こんなシンプルなページが有用なのか?」などの疑問が生じました。

1998年当時のGoogleのトップページ
1998年当時のGoogleのトップページ

 しばらく思考停止してシンプルなページを見ていましたが、さっそくテキストボックスにキーワードを入力し、ボタンをクリックしてみました。検索結果がたくさん表示された瞬間に全ての疑問が解き明かされ、この検索サービスがたいへんな可能性を秘めていることが理解できました。全世界のウェブページから自分が探している情報が掲載されているページを探して表示してくれるというのは画期的なサービスだったのです。イエローページでは、この情報はこのカテゴリあたりのウェブサイトにあるのではないかと考えて探していたのですから。テキスト検索のGopherもありましたが、Googleはもっと先進的だったのです。そして、その日から自分のブラウザのホームページの設定はGoogleになりました。あれから20年以上経ちましたが、現在もブラウザを開くとGoogleのシンプルのトップページが表示されます。

How Google Works(ハウ・グーグル・ワークス) 私たちの働き方とマネジメント (日経ビジネス人文庫)

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2021年7月15日 (木)

任天堂「ファミリーコンピュータ」を発売(1983年7月15日)

【訂正】日付が1985年7月15日となっておりました。正しくは1983年7月15日でタイトルおよび本文を訂正させていただきました。

 テレビゲームはアメリカで生まれました。日本では1970年代の中頃にエポック社から国産初の家庭用テレビゲームが登場しました。この頃のテレビゲームは画面上のバーを動かしてボールを打ち返すような単純なものでした。また、ひとつのゲーム機で遊ぶことができるゲームの種類が限られていたことあり、1970年代後半にはほとんど売れなくなりました。

任天堂 カラーテレビゲーム15 / Nintendo Color TV Game 15

 同じ頃、街のゲームセンターや喫茶店では、ブロック崩しやスペースインベーダーなどをはじめとする業務用ゲーム機が大流行していました。このゲーム機はROM(リードオンリーメモリ)を変えることによって、いろいろなゲームを動かすことができました。半導体の性能が向上し、ゲーム専用のLSIが大量生産できるようになっていました。

ゲームセンターの思い出 お子さまがパックマンに挑戦!

 1980年代に入ると、カセット交換式のゲーム機が登場しました。カセットを変えることで異なるゲームを動かすことができるため、家庭用テレビゲームが再び売れはじめました。多くのゲームカセットが販売されるようになり、この頃からソフトウェアが重視されるようになりました。

カセットビジョン「ギャラクシアン」 / Cassette Vision Galaxian

 1983年、アメリカの大手テレビゲームメーカー・アタリ社が日本に進出してきました。国内のメーカーはアタリに市場を奪われるのではないかと心配しましたが、アタリのゲーム機が陳腐だったこともあって、日本ではほとんど売れませんでした。

 そのような中で「家族そろってファミリー・コンピュータ」をキャッチフレーズに1983年7月15日に任天堂のファミリコンピュータが登場しました。

任天堂ファミリーコンピュータ
任天堂ファミリーコンピュータ

 他の機種よりも美しい画面、多様な音を出すことができる音源、人気ゲームの採用、低価格といった特徴で、わずか1年間で130万台を売り上げました。ファミリコンピュータは世界中で売れ、テレビゲームの世界のトップに躍り出たのです。

任天堂 ファミリーコンピュータ CM

 

ニンテンドークラシックミニ ファミリーコンピュータ

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2021年7月14日 (水)

【おもしろ映像】ドラえもん「未来のルームランナー」実現か

 この映像は歩く方向に自在に動く床「Cyberspce Interface」です。らゆる方向に進むことができるウォーキングマシンのようなものです。ウォーキング・シュミレータといっても良いでしょう。

Cyberspace Interface

 この映像だけ見ると「ふ~ん」という感じかもしれませんが、下記のようなシステムと組み合わせるとすごいことになりそうです。Google MapのGoogle Streetと組み合わせても面白いです。斜面や段差の再現はできないでしょうが、行ったことのない町の中を歩いたりすることはできそうです。

Icube - Fly through of Portugal Town

 ドラえもんの道具に「未来のルームランナー」があります(ドラえもん 18 てんとう虫コミックス)。このルームランナーの上で足踏すると進んだぶんだけ景色が変わって見えます。のび太くんはこの道具で東京から九州まで歩くことを決意しますが、1年以上かかるとわかり、諦めてしまいます。そして進む速度をあげて、夜まで歩き続けて九州にたどりつきました。

 「未来のルームランナー」はその場で足踏みするだけで床は動きませんから「Cyberspce Interface」の方が斬新ですね。

ドラえもん (18) (てんとう虫コミックス)

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2021年7月 3日 (土)

Windows 11をMac Book ProのParallels仮想環境にインストール

 Microsoftは米国時間6月24日に次世代Windowsとして開発している「Sun Valley」をWindows 11として発表しました。

 このWindowsのバージョンアップの発表については多くの人が注目したと思います。なぜならMicrosoftはWindows 10をWindowsの最後のバージョンと位置付け、Windows as a Service(WaaS)というポリシーにより年2回のアップデートで常に最新の状態に更新されると説明していたからです。

 もっともWindows 11も既存のWindows 10に無償で適用されるため、Windowsが常に最新の状態に更新されるというポリシーは変わらないようです。それではなぜ10から11へのバージョンアップが必要だったのでしょうか。Windows 11はWindows 10に比較すると、ユーザーインタフェースや機能が大幅に見直され、パソコンの要求仕様も見直されています。次期のWindowsはWindows 10から大きな変更となることを知らせるためWindows 11と名称を変更したようです。また、名称の変更の背景にはAppleがMac用OSをOS Xからメジャーバージョンを上げ11.0にしたことも関係しているかもしれません。

 現在、Mac Book Pro Late 2013(16GB RAM、512GB SSD) macOS Big Sur(11.4)上のParalles Desktop 16.5の仮想環境でWindows 10 Pro(64bit)を使っています。Paralles DesktopがWindows 11に対応しているわけではありませんし、そもそもMac本体がずいぶん古いのでWinodws 11は稼働するはずがありません。

 MicrosoftのサイトからWindows 11の導入可否を調べる「PC正常性チェック(PC Health Check)」をダウンロード(注)して実行してみたところ、予想通りの結果となりました。何をどうチェックしているのかわかりませんが、あっという間に「このPCではWindows 11を実行できません」というメッセージが表示されました。

PC正常性チェック(PC Health Check)の結果
PC正常性チェック(PC Health Check)の結果

 「そりゃそうだ」と納得の結果となりました。そもそもこの環境ではWindows 11のパソコンの要求仕様にも合わないはずです(注)。もともと、そろそろMacを買い換えるつもりだったのであまり気にしていませんでしたが、そもそもWindows 11は将来にわたってMacの仮想環境で動かなくなる可能性もあるのかもしれないと少し心配になりました。Parallesが頑張ってくれることに期待することにし、とりあえずWindows 11に関する調査や作業はやめることにしました。

 それから数日してWindows Insider PreviewでWindows 11の配布が開始されたというニュース記事を読みました。Windows 10 Insider Previewの仮想環境も作成してあるので、さっそく立ち上げてみました。「PC正常性チェック(PC Health Check)」の結果は「このPCではWindows 11を実行できません」です。当たり前です。ところが直後にWindows Updateを行ったところ、いくつかのアップデートの後になんとWindows 11のダウンロードが始まりました。

 ダウンロードとインストールには少し時間がかかります。インストールに失敗して、Windows Insider Previewが起動できなくなるのではないかと心配しながら待っていたところ、インストールが終了し、何度かの再起動の後、Windows 11が立ち上がりました。

 ということで、下記の条件で稼働している仮想環境のWindows Insider PreviweにWindows 11をインストールすることができました・

・Mac Book Pro Late 2013(16GB RAM、512GB SSD)

・macOS Big Sur(11.4)

・Paralles Desktop 16.5の仮想環境

・Windows 10 Pro(64bit)

 ところで、Windows 11が稼働している状態で「PC正常性チェック(PC Health Check)」を起動したところ、上図と同様の結果となり「このPCではWindows 11を実行できません」というメッセージが表示されてしまいました。あなたWindows 11動いていますよ!整合性がまだとれていないのでしょう(注)。

(注)現在、Microsoftは要求仕様を見直しており、「PC正常性チェック(PC Health Check)」のダウンロードが一時的にできなくなっています。

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2021年6月 6日 (日)

ソビエトのコンピュータゲーム「テトリス」登場(1984年6月6日)

 落ちものゲームの先駆けとなったソビエトのコンピュータゲーム「テトリス」は1984年6月6日に登場しました。自分がテトリスを初めて知ったのは1988年です。当時、ゲームセンターのアーケードゲームで流行しましたが、自分はプレイしたことはありませんでした。自分が初めてプレイしたテトリスは同年11月にビー・ピー・エス社(BPS)が発売したNEC PC-9801版のものです。

 BPSのテトリスはフロッピーディスクから立ち上がると、いかにもソビエトというかロシアというBGMがかかります。上から落ちてくる種々の形のブロックを回転させて落としブロック同士を組み合わせて消していくというルールは画期的でした。ブロックが下に落ち切る前に答えを出さなければならにハラハラ感、どうして大流行したのかすぐに理解でき、同時に自分もはまってしまいました。平日の夜遅くまでテトリスで遊んでいたことを思い出します。

テトリス
テトリス

下記の映像はビー・ピー・エス社(BPS)が発売したNEC PC-9801版のものです

BPS版TETRIS PC-9801版の様子

 

 テトリスを参考にたくさんの「落ちものゲーム」が開発されました。現在、スマホで遊べる落ちものゲームアプリはたくさんありますが、そのルーツとなったテトリスのゲームアプリもあります。PS版もあるようです。久しぶりにプレイしてみようか。

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2021年5月16日 (日)

Windows 10のSysMain(旧SuperFetch、PreFetch)を停止する方法

 Windows 10のパフォーマンスを改善する方法はアニメーションの停止などいろいろありますが、キャッシュメモリやCPUのリソースの消費を改善するひとつの手段としてSysMailサービスを停止する方法があります。

 Windows 10のSysMainサービスはパソコンの空きメモリを利用してアプリケーションの動作を高速化するための機能です。SysMailは以前はSuperFetchやPreFetchと呼ばれていたもので、ユーザーがふだん使用しているアプリケーションなどのデータをあらかじめメモリに配置しておくことでハードディスクへのアクセスを低減し、パフォーマンスの向上を図るものです。

 SysMainサービスが稼働しているとアプリケーションの起動が早くなったり、操作のレスポンスが良くなったりする反面、キャッシュメモリを余計に消費したり、キャッシュのサイズの計算にCPUのリソースが使われます。

 ですから、空きメモリが十分でなかったり、CPUの能力が高くなかったりする場合には逆にパーフォーマンスが落ちてしまいます。また、最近のパソコンはストレージがHDDより読み込み速度が速いSSDとなっているためSysMainの必要性は低いと言われています。また、HDDでも、多少アプリケーションの起動が遅くなっても、データの読み込みや計算処理にリソースを割いた方が良い場合があります。

 従って、SysMainを停止することでパソコンが重いなどのパーフォーマンスの低下の改善が期待できます。

SysMainサービスは次の手順で停止できます。

1. タスクバーを右クリックしてタスクマネージャーを起動します。

2. タスクマネージャーの「サービス」タブを開いて、SysMainを探します(下図①)。

タスクマネジャーでSysMainを探す
タスクマネジャーでSysMainを探す

3. SysMainが停止している場合は既に無効になっていますので以下の操作は不要です。

4. タスクマネージャの下にある「サービス管理ツールを開く」をクリックします(上図②)。

5. サービス管理ツールが開いたら、SysMainを探します(下図③)

サービス管理ツールでSysMainを探す<
サービス管理ツールでSysMainを探す

6. SysMainの行でマウスをダブルクリックして(上図③)、SysMainのプロパティを開きます。

SysMailのプロパティ
SysMailのプロパティ

7. SysMainのプロパティで「スタートアップの種類」を[自動]から[無効]に変更し(上図④)、「サービスの状態」の[停止]ボタンをクリックします(上図⑤)。

8. SysMailのプロパティの[OK]ボタンをクリックします。

以上で、SysMainの停止の操作は完了です。

もしもパーフォーマンスが改善されない、逆にパーフォーマンスが低下した場合は設定を元に戻してSysMainサービスを稼働してください。

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2021年4月22日 (木)

NCSA Mosaic がリリース(1993年4月22日)

 自分が20代半ばの頃、インターネットという言葉は存在していませんでした。日本国内のインターネットの実質的な前身であるJUNETは学術研究用のネットワークで個人では使えませんでした。当時、個人ではNEC PC-9801とモデムを使ってパソコン通信Nifty Serveを使っていました。

 一方、会社では1980年代半後半から1990年代にかけてSunマイクロシステムズのUNIXワークステーションを導入し、イエローケーブルを使って数台のワークステーションでネットワークを構成し、UNIXのサービスを使ってFTPや電子メールなどを使っていました。隣の席の人と電子メールをやって何の意味があるのかと揶揄されることもありました。当時のネットワークのコネクターは10BASE5や10BASE2で後の10BASE-Tに比べてずいぶんゴツいものでしたが、アライドテレシスのインタフェースカードを使ってNEC PC-9801をネットワークに接続することもできました。

 幸いだったのは研究目的でJUNETに参加する機会を得ることができ、モデムを使ったUUCP(Unix to Unix Copy Protocol)接続で外部のUNIXワークステーションからNetNewsやメールを配信してもらえるようになったことです。これでコンピュータネットワークでどのようなことができるのかずいぶん知見を得ることができました。

 やがて商用のインターネットが登場しますが、当初はテキストデータのやりとりが中心でミネソタ大学が開発したテキスト検索システムGopherを使っていました。テキスト情報をたどってNASAからスペースシャトルの打ち上げの写真や太陽系の惑星の写真をダウンロードしました。jpgやgifが身近になったのもこの頃だったと思います。

 そして、1993年4月30日にCERN(欧州原子核研究機構)がWWW(World Wide Web)を無料で開放すると、同年4月22日にNCSA(イリノイ大学米国立スーパーコンピュータ応用研究所) がWebブラウザ NCSA Mosaic を発表しました。

NCSA Mosaic Browser
NCSA Mosaic Browser

 Gopherサービスではテキスト情報が中心で画像は別途ダウンロードする必要がありました。またNCSA以前のWebブラウザではテキストと画像は別ウィンドウで表示されるようになっていました。NCSA Mosaic は本や雑誌のようにテキストと画像を同一のウインドウ内に表示できるという当時としては画期的な特長を有していました。また、通信プロトコルとしてはHTTPの他にFTP、NNTP、Gopherに対応しており、Webブラウザ以外のサービスを利用することもできるようになっていました。NCSA Mosaicあっと言う間に広まり、Webブラウザのデファクトスタンダードになったのです。Webサーバにアクセスすることを「Mosaicする」と言っていました。

 その後、NCSA Mosaicの開発関係者はモザイク・コミュニケーションズ社(後のネットスケープコミュニケーションズ社)を創立しました。同社がNetscape Navigatorを発表すると、Netscape NavigatorがWebブラウザのデファクトスタンダードとなりました。

 1994年5月NCSA はNCSA Mosaicのライセンスを数百万ドルでスパイグラス社に供与しました。1995年、マイクロソフト社はスパイグラス社からMosaicのライセンスを取得し、Internet Explorer 1.0を開発しました。マイクロソフト社はIEをWindows95のアドオンMicrosoftPlus!に含めてリリースしました。その後、マイクロソフト社はIEをWindowsに標準機能として追加したことにより、IEが広く使われるようになりました。

 Mosaicのソースコードを引き継いだIEは11まで開発されましたが、マイクロソフト社がWindows 10からOS標準ブラウザをMicrosoft EdgeとしたことからIEの開発が実質的に終了し、IEは11が最終バージョンとなりました。

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2021年2月16日 (火)

世界初の電子掲示板(BBS)が登場(1978年2月16日)

 電子掲示板(BBS、Bulletin Board System)とはネットワーク環境において記事を投稿したり、閲覧したり、コメントしたりすることができるようにしたシステムのことです。人と人をつなぐBBSはインターネットが一般化される以前からパソコン通信などで利用されていましたが、インターネットサービスの普及によって大きく発展しました。

 最初のBBSはテキストのみのやり取りでしたが、機能が追加されたり、マルチメディア化されたりすることによって、単純な掲示板の域を超えて、さまざまな分野で利用されるようになりました。また、スマートフォンやタブレットなどの新しい端末の登場により、さまざまな形態で活用されるようになりました。現在、多くの人が利用しているTwitter、Facebook、Instgram、YouTubeなどのソーシャルメディアサービスも本を正せばBBSが源流と言えるでしょう。インターネットで発展してきたBBSがインターネットそのものを発展させ、より豊かな体験をもたらすものにしています。

 さて、時は遡って1978年1月末。米国イリノイ州シカゴはグレートブリザード1978と呼ばれる強い吹雪に見舞われ、1メートルにもなる積雪で閉ざされていました。外出もできない状態の中で、ランディ・スースは知人のワード・クリステンセンと電話で話をしていました。

 スースとクリストセンはコンピュータ技術者で、シカゴのコンピューター愛好家のグループCACHE(Chicago Area Computer Hobbyists’ Exchange)で出会いました。2人は電話で話をしているうちに、誰もが気軽に意見を出し合い議論することができるシステムのアイデアをひらめき、2人でシステムを開発することにしました。CACHEのメンバーが電話回線で接続できるホストコンピュータの仕組みを考え、このシステムを「Computerized Bulletin Board System(CBBS)」と名付けました。

 CBBSの開発においてスースはハードウェアを担当し、クリストセンはソフトウェアを担当しました。スースはコンピュータにモデムを接続し、電話回線でアクセスできるコンピュータシステムを構築しました。クリストセンは電話回線で送られてきたデータを受信して記録するソフトウェアを開発し、スースが構築したシステムに組み込みました。クリストセンは開発した通信プロトコルを公開し、後に広く利用されるようになりました。そのプロトコルの名前がXMODEMです。そして、スースとクリストセンは約2週間でCBBSを作り上げ、1978年2月16日に完成させました。

 多くのユーザーがCBBSを使い始めましたが、ホストコンピュータには電話回線とモデムが1つしか接続されていなかったため、アクセスの順番を待つ必要がありました。しかしながら、多くのユーザーはこのシステムの有用性と可能性を理解し、1980年代にこのシステムが閉じられるまで、そのアクセス数は50万回にも達していました。

 

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2020年11月16日 (月)

Twitter記念日(2009年11月16日)

 Twitterから「Twitter記念日」という通知が来ました。Twitterのサービスが始まった日なのかなと思ったら、自分がTwitterに登録した日のようです。この通知は毎年来ているのではないかと思いますが、今年初めて気が付きました。今年で11年目ということですので、記念すべき10周年は過ぎていたことになります(^_^;)

Twitter記念日
Twitter記念日

 Twitterは現Twitter社の前身であるObvious社が2006年7月に開始したサービスです。2008年4月23日に日本語対応のユーザーインターフェイスが公開され、2009年10月15日に携帯電話向けのサイトが開設されました。

 自分が登録したのは2009年11月16日ですから、携帯電話向けサイトができた直後になります。当時、用事があって渋谷に行ったのですが、その時に駅前でソフトバンクがTwitterのうちわを配っていました。表面にはtwitterのロゴと一緒に「twitterをケータイで。Twitter対応ケータイ、続々!」とあります。裏面にはホワイトプランの宣伝があり、白戸家のお父さん(白犬)の写真も入っています。このうちわを入手したのは2009年10月15日前後と思います。自分のケータイはソフトバンクではないのですが、このうちわをきっかけとしてTwitterに登録したのは間違いありません。

ソフトバンクが配布していたTwitterウチワ
ソフトバンクが配布していたTwitterウチワ

 最初はTwitterの利用方法がよくわかりませんでしたが、アイデアしだいで様々な使い方ができることがわかりました。単純がゆえに、さまざまな使い方ができるのだろうと思います。

 あれから11年毎日Twitterを使っていますが、人と人との出会い、その後のコミュニケーション、迅速な情報発信・情報伝達・情報共有などなど、極めて人間くさくて社会的なネットワーキングと思います。Twitter社がTwitterをSNSとせず「社会的な要素を備えたコミュニケーションネットワーク」としていることも納得がいきます。

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