カテゴリー「パソコン・インターネット」の745件の記事

2022年5月22日 (日)

マイクロソフト社Windows 3.0を発表(1990年5月22日) 

 1980年代のパソコンは一回の起動でひとつのソフトウェアしか動かすことができませんでした。フロッピーディスクというソフトウェアの入ったディスクを使ってパソコンを起動すると、パソコンがそのソフトウェアの機能を持つ道具となるわけです。

 やがてソフトウェアを動かすOSとしてデジタルリサーチ社のCP/Mやマイクロソフト社のMS-DOSが広く使われるようになりました。OS上でソフトウェアが稼働するようになると複数のソフトウェアをフロッピーディスクに記録することができるようになりました。つまりパソコンを1回起動するだけで複数のソフトウェアを動かすことができるようになりました。もちろん複数のソフトウェアが同時に動くというわけではありません。別のソフトウェアを動かすためには動いているソフトウェアを終了し、コマンドを入力して別のソフトウェアを起動する必要がありました。この頃のパソコンは比較的パソコンに詳しい人しか使いこなすことはできませんでした。

 1980年代後半にハードディスクが一般化するとパソコンはハードディスクに記録されたOSから立ち上がるようになりました。数十メガバイトの容量をもつハードディスクにはたくさんのソフトウェアを記録することができるようになりました。この頃になるとIBMにPC-DOSとして採用されたMS-DOSが主流となりました。

 ハーディスクにたくさんのソフトウェアを記録できるようになると後にラウンチャーというソフトウェアを起動するためのソフトウェアが使われるようになりました。パソコンが起動するとラウンチャーが立ち上がり、ハードディスクに保存されているソフトウェアのメニューが表示されます。そのメニューを矢印キーで操作して使用したいソフトウェアを選び起動します。ソフトウェアを終了すると再びラウンチャーが画面が表示されます。後にマウスが登場するとマウスでラウンチャーを操作できるようになりました。ラウンチャーによって多くの人がパソコンを使えるようになりました。しかしながら、同時に複数のプログラムを使うことはできなかったのです。

 当時1台のコンピュータで複数のプログラムを同時に動かすことができるシステムは存在していました。現在のようにマウスとキーボードで画面を操作しマルチウィンドウで複数のプログラムを動かすことができるシステムは米国のダグラス・エンゲルハートによって発明されたものです。マウスの発明者としても知られるエンゲルハートは1968年に次世代のコンピュータシステムについて発表していますが、これが現在のウインドウシステムの原型となっています。

 いち早くウィンドウシステムを採用したのはUNIXシステムです。1980年代後半にサンマイクロシステムズのSuntools(SunView)やマサチューセッツ工科大学が開発したX Windowを使った経験がありますが誰もが気軽に使えるものでもありませんでした。

 パーソナルコンピュータで稼働する最初のウィンドウシステムで有名なのは1984年に登場したAppleのマッキントッシュのOSですが、ウィンドウシステムが多くの人に知られるようになったきっかけはマイクロソフト社のWindowsでしょう。

 最初のWindows 1.0は1985年11月20日にリリースされましたが宣伝の割には作動するプログラムも限られていたため評判はよくありませんでした。またウィンドウがオーバーラップ表示できず使いにくいという問題もありました。その後、IBMとマイクロソフト社が共同で開発したOS/2が注目されました。OS/2は本格的なプリエンプティブマルチタスクOSで1988年11月にリリースされたVersion 1.1ではプレゼンテーション・マネージャというGUIが搭載されていました。このプレゼンテーション・マネージャはウインドウをオーバラップ表示することができましたが、そのGUIとして採用されたのがWindows 2.0でした。1989年10月にOS/2 Version 1.2がリリースされると、マイクロソフトはOS/2の開発から手を引きWindowsの開発に注力するようになりました。以降のOS/2はIBMが単独で開発することになりました※。

 マイクロソフトはWindows 2.0を1987年12月にリリースしていましたがマルチタスクOSとしてはOS/2に劣っていました。当初はOS/2が優位に見えましたがMS-DOSとの互換性の高いWndowsが次第に多くのユーザーを獲得していきました。マイクロソフトの表計算ソフトウェアExcelも台頭しはじめ、当時よく使われてた表計算ソフトウェアLotus 123の市場を席巻していきました。

 マイクロソフトはWindows 2.xを大幅に改良したWindows 3.xの開発に着手しました。25人で編成されたWin3チームが2年半の歳月をかけて開発にあたり、1990年5月22日にWindows 3.0が公式に発表されました。日本では1991年1月23日にNECのPC9800シリーズ用の発売が始まり、その後多くのパソコンメーカーがWindows 3.0を採用しました。

 次の写真は自宅の本棚から出てきた東芝のWindows 3.0のカタログです。

Windows 3.0のカタログ(東芝)
Windows 3.0のカタログ(東芝)

 Windows 3.0はMS-DOS上で稼働するため本格的なマルチタスクOSではなくノンプリエンプティブ・マルチタスクOSでしたが複数のソフトウェアを同時に起動して利用できるウィンドウシステムになりました。GUIも大幅に改善されパソコンが使いやすくなり、Windows 3.xで稼働するアプリケーションが増えていきパソコン用OSとして市場を拡大していきました。そして1992年に使いやすさや機能を向上しながらより安定的に稼働するWindows 3.1がリリースされると、Windowsがパソコン用OSとして不動の地位を確立していくすきっかけを作りました。

 当時はインターネットよりもパソコン通信が主流で自分はニフティサーブを利用していました。パソコンのRS232C端子にモデルを取り付けパソコン通信を行い、ニフティサーブのフォーラムに参加しました。やがてインターネットが利用できるようになりましたが、Windows 3.1にはインターネット接続環境(WinSock)が存在していませんでした。雑誌に付録としてついてた「Trumpet Winsock」や「Internet Chameleon 」を自分でインストールしモデム接続でインターネットを楽しみました。当時の回線速度はわずか14,400 bpsでした。

※本格的なマルチタスクOSでOS/2バージョン2でWindows 3.0互換環境でGUIもしっかりしていましたがMS-DOSとの互換性や稼働するアプリケーションが少ないことなどが原因で2002年に最終バージョンをリリースし2006年にサポートを終了しました。

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2022年5月11日 (水)

コンピュータがチェスの世界チャンピオンに初勝利(1997年5月11日)

 1988年、カーネギー・メロン大学の学生チームはディープ・ソートというチェスをプレイするスーパーコンピュータを開発しました。ディープ・ソートは当時チェス世界チャンピオンであったロシアのガルリ・カスパロフに挑戦しましたがカスパロフに勝つことはできませんでした。

チェス
チェス

 1989年、IBMはディープ・ソートの研究開発を引き継ぎディープ・ブルーというスーパーコンピュータの開発に着手しました。もちろん、ディープ・ブルーの開発目的もカスパロフにチェスで勝つことでした。

 ディープ・ブルーはたった1秒間の間に2億手を先読みすることができました。カスパロフの過去の対戦をもとに作った数式を使って、カスパロフが打ってくるであろう手を予測することができました。ディープ・ブルーはカスパロフと2回それぞれ6戦ずつ対戦しました。

 1回目の対戦は1996年2月に行われました。このときは、カスパロフが3勝1敗2引き分けで勝利しました。ディープ・ブルーはカスパロフにかろうじて1勝することはできましたが勝ち越すことはできませんでした。

 それから約1年3ヶ月後の1997年5月11日、ディープ・ブルーはカスパロフに再挑戦しました。均衡した戦いとなりましたがディープ・ブルーは2勝1敗3引き分けでカスパロフに勝ち越したのです。この対戦は客観的には互角でコンピュータが人間を超えたと判断できるほどのものではありませんでしたが「コンピュータがチェスの世界王者に勝利した」というニュースが世界中で報道されると大きな話題となりました。

 ディープ・ブルーはチェス専用のスーパー・コンピュータですが、この高性能コンピュータの開発で得られた知識や技術は現在のコンピュータに受け継がれています。

 なお世界最強のチェスコンピュータを作る研究開発はディープ・ブルーで終了したわけではありません。2000年代初めにアラブ首長国連邦でヒドラというコンピュータが開発されています。またIBMは2007年にディープ・ブルーの子孫の位置づけのスーパーコンピュータ、ブルー・ジーンを開発しています。

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2022年3月20日 (日)

Goole Mapが衛星3D表示やストリートビューで真っ暗になり落ちる

 Google ChromeでGoogle Mapを衛星写真モードの3D表示やストリートビューで利用中に当該タブが真っ暗になって落ちてしまうことがあります。Google Chrome全体が落ちるわけではありませんがとても使い勝手が悪い状態です。

 Chromeの[設定][詳細設定][システム]にある「ハードウェア アクセラレーションが使用可能な場合は使用する 」をオフにすると落ちることはなくなりますが3D表示もできなくなってしまいます。

 OSはWindows 11 Pro、Chromeは「バージョン:99.0.4844.74(Official Build)(64 ビット)」です。

 いろいろと試した結果、下記の設定を行うと落ちなくなりました。

1)Windowsのスタートメニューを開き設定を開く

2) 左側の[システム]を選び、右側の[ディスプレイ]を開く

3) 下の方にある関連設定の[グラフィック]を選ぶ

4) アプリのカスタムオプションのところにあるアプリを追加するで「デスクトップアプリ]を選び[参照]ボタンをクリックする

5)chrome.exeを選ぶ

 64ビット版の場合 

  C:¥Program Files¥Google¥Chrome¥Application¥chrome.exe

 32ビット版の場合 

  C:¥Program Files (x86)¥Google¥Chrome¥Application¥chrome.exe

6)Google Chromeが一覧に表示されるので開いて[オプション]ボタンをクリックする

7) グラフィックの基本設定で「高パフォーマンス」を選ぶ

8)アプリのカスタムオプションが次の図のようになっていることを確認する

アプリのカスタムオプションの設定後の画面
アプリのカスタムオプションの設定後の画面

9)Google Chromeを再起動する

 自分のパソコンの環境ではこの設定を行うことによりChromeのグラフィックアクセラレータONで衛星写真モードの3D表示とストリートビューが安定して稼働するようになりました。パソコンの環境によっては改善しない場合もあるかもしれませんが同様な問題を抱えている場合は是非一度お試し下さい。なお、Microsoft Edgeも同じ設定をしてみましたが、Edgeでは3D表示そのものができない状況です。

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2022年3月 2日 (水)

Yahoo Inc設立(1995年3月2日)

 1990年代初めインターネットはほとんど知られていませんでした。電子メールやWebブラウザを知っている人は大学や官公庁の関係者や技術者など一部の人たちに限られていました。この頃、米国のスタンフォード大学の学生だったジェリー・ヤン(楊致遠)とデビッド・ファイロはWebサイトのリンクを「Jerry's Guide to the World Wide Web」に掲載していました。リンクがジャンル別に階層的に分類され目的のWebサイトを簡単に探すことができることから多くの人がこのサイトを利用するようになりました。このようなリンク集は電話帳イエロー・ページに似ていたことから後にイエロー・ページと呼ばれるようになりました。

 ジェリーとデビッドは1994年1月にYahoo!を設立し、1995年にWebサイトをネットスケープコミュニケーションズの大型コンピュータに移行しました。Webサイトはビジネス的にも注目を受けはじめベンチャーキャピタルの投資によって1995年3月2日に法人としてYahoo, Incが設立されました。1996年に株式を上場し、このときソフトバンクが出資しYahoo! JAPANの運用が始まりました。これによってYahoo, Incの筆頭株主はソフトバンクとなりました。現在、ソフトバンクはYahoo! JAPANの筆頭株主となっており米国Yahoo!とは独立した会社運営となっています。

 その後Yahoo!は単純なイエローページからさまざまな情報が掲載されるポータルサイトへと発展しました。1990年代後半、多くのポータルサイトが登場しました。Yahoo!はYahoo! MailやYahoo! Groupsなど次々と新しいサービスを開始し1990年代の終わりには世界で最も利用者の多い人気のポータルサイトとなりました。 

Yahoo!ロゴ
Yahoo!ロゴ

 自分がYahoo!を初めて見たのはYahoo!JAPANのサービスが始まる前だったと記憶していますが実際にポータルサイトとして使い始めたのはYahoo! JAPANです。国内外の有名なWebサイトを集めた階層的なリンク集を見て世の中が変わると思いました。当時いろいろな方面からインターネットのホームページを立ち上げるべきかどうか相談を受けたのですがYahoo!を紹介すると多くの人がホームページの立ち上げを決断されていました。Yahoo!はそれぐらいインパクトがありかつ説明いらずのシンプルなポータルサイトだったのです。

 そして1990年代の終わりに黒船とも言えるGoogleが登場します。GoogeのページはYahoo!とは全く異なっていました。トップページにはGoogleロゴの下にテキストボックスとボタンが表示されているだけの非常にシンプルなページでした。最初はこのページで何ができるのだろうと考えてしまいましたが使ってみるとその奥の深さと広がりに驚愕しました。GoogleはYahoo!と同様にスタンフォード大学の2人の学生が開発したサービスですがYahoo!の競合となったのです。

 インターネットが発展するにつれて様々なサービスが登場し多くのポータルサイトが姿を消していきました。Yahoo!も危機敵な状況を迎えたこともありますがあと数年で30周年を迎えます。

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2022年2月18日 (金)

【解決方法】一太郎2022でATOK Passportの利用開始手続きができない

 予約購入した一太郎2022プラチナDVDが届いたのでインストール作業を行いました。DVDを起動すると自動的に次の画面が表示されます。

一太郎2022のインストール
一太郎2022のインストール

 いつもの通り[一太郎2022のインストール]ボタンをクリックしたのですが無反応で先に進まない現象が起きました。そこで一太郎2021のインストールディスクでもやってみましたが同じ現象が生じました。昨年の一太郎2021のインストールではこんなことは起きなかったように記憶しています。昨年と今年では違うのは昨年はOSがWindows 10 Proで今年はWindows 11 Proになっていること。おそらく原因はそんなところでしょう。一太郎2022はディスクの[ICHITARO/SETUP]フォルダの下にあるSETUP.EXEを起動してインストールすることができました。

 さて続いてATOKのインストールです。一太郎2022ではATOK Passportになりました。[ATOK Passport 利用開始のお手続き・インストール]ボタンもクリックできないのではないかと思ったらその通りでした。以前の一太郎2021では一太郎とATOKが一緒にセットアップされましたし、何か問題があってもディスクに[ATOK/SETUP/SETUP.EXE]がありますので手動でインストールが可能です。しかし、一太郎2022には[ATOK]フォルダがないし、このボタンをクリックすると何が呼び出されるのかまったく想像がつきません。

 さてどうしたものかと思ったいたらJustSystemからATOK Passportのインストールに関する重要メールが届きましたので記載されていたURLにアクセスしました。

 https://mypassport.atok.com/install/install_win.html

インストール|ATOK My Passportのサイトが表示されます。

ATOK Passportのインストール手順
インストール|ATOK My Passport

 このページに従ってATOK Passportをダウンロード(700メガバイト以上あります)、解凍してインストールすることができました。ここでは[[ATOK for Windows のインストール]のボタンはなぜかクリックできました。クリックできなかった人は解凍後の[ATOK/SETUP.EXE]を実行すると良いと思います。

 さてシステムを再起動し、ATOK Passportを使ってみようと思いテキストエディタを起動しました。漢字入力をしようとすると次のダイアログボックスが表示されました。

AOKへようこそ
AOKへようこそ

 [シリアルの入力]をクリックしたところ次のダイアログボックスが表示されました。

シリアルナンバーの入力
シリアルナンバーの入力

 順調に進んできたので安心してメールアドレスとパスワードを入力して[次へ]をクリックしたところ、このJustアカウントに登録されているATOK Passportは存在しませんというようなメッセージが表示され先に進めなくなりました。そこでダイアログの右下にある[シリアルナンバーとオンライン登録キーで有効化]するをクリックしシリアルナンバーと登録キーを入力しましたがエラーが表示されて先に進みません。

 ここでインストール作業を先に進めることができなくなりました。最初の画面で[ATOK Passport 利用開始のお手続き・インストール]ボタン
が気になります。インストールはできたが利用開始のお手続きはしていません。どうしたものかと前述の「インストール|ATOK My Passport」のサイトをいろいろ見ていたら右上の[サポート]の画面に[ATOK Passportの利用開始]がありました。

サポート|ATOK My Passport
サポート|ATOK My Passport

 [ATOK Passportの利用開始]をクリックし、JustアカウントでログインしATOK Passportのシリアルナンバーとオンライン登録キーが発行されました。再びテキストエディターを開いて漢字入力をしたところ前述の[ATOKへようこそ]ダイアログが表示され、JustアカウントでログインするとATOK Passportを利用できる状態になりました。

 毎年トラブルなくインストールできたのですが今回はちょっと焦りました。

【まとめ】

[ATOK Passport 利用開始のお手続き・インストール]ボタンがクリックできない場合

https://mypassport.atok.com/install/install_win.htmlにアクセスする

・[サポート]画面の右下にある[ATOK Passportの利用開始]をクリックしシリアルナンバーを発行する

・[インストール]画面でATOK Passportをダウンロードしインストールする

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2022年1月 5日 (水)

ATOKオンメモリマネージャを停止する方法

 先日、新規に購入したノートパソコン(Windows 11)に一太郎2021をインストールしたのですが、それ以降Google Chromeの動作が遅くなることに気がつきました。タスクマネージャで確認したところ、ATOKオンメモリマネージャー(32bit)ATOK32OM.EXEがやたらとCPUを消費していることがわかりました。

 ATOKオンメモリマネージャはATOKインサイトという機能を有効にしていると重くなるようです。この機能はブラウザに表示されている単語を一時的に利用して変換効率を上げる学習機能らしく、これによってGoogle Chrome重くなっていたのかもしれません。

 この機能はATOKのプロパティの設定ダイアログを開いて[入力・変換]タブの設定項目[変換補助]を選択し右側の[一時文字学習候補を表示する(I)]のチェックボックスをオフにすることで停止することができます。

 前のノートパソコン(Windows 10)も同じ状態だったと思いますが気がつきませんでした。Windows 11で症状が顕著に出るようになったのかどうかは不明です。

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2021年11月17日 (水)

マウスの特許公開(1970年11月17日)

 マウスはパソコンを操作するのに欠かせない入力機器ですがその歴史はコンピュータでマウスが使われていなかった時代に遡ります。

 マウスは米国のダグラス・エンゲルハートによって発明されました。第二次世界大戦末期の1944年、オレゴン州立大学に在学中のエンゲルハートは徴兵によってアメリカ海軍に入隊しフィリピンで沿岸警備隊のレーダー技師として1946年まで働きました。この2年間の間に米国の技術者ヴァネヴァー・ブッシュの論文「As We May Think」 を読み衝撃を受けたといいます。

 ブッシュは1930年代に情報検索システム「Memex(メメックス)」の概念を発表し、あらゆる情報が蓄積され検索することができる通信機能を備えた装置を提唱しました。Memexはマイクロフィルムに情報を記録することができ、また記録した情報はインデックス化されており、キー操作で瞬時に検索できるものでした。また記録されたマイクロフィルムは鎖のようにつなぎ合わせることができ、枝分かれさせたり、コメントをつけたりすることができるようになっていました。Memexは単なる索引付け検索システムではなく人間の連想と同様な情報蓄積と情報検索を実現するものだったのです。ブッシュはMemexを個人の記憶の拡張するものと考え、その構想を広げていきました。そして、その考えを論文としてまとめAtlantic Monthly誌1945年7月号で発表したのです 。As We May thinkには現在でいうところのパソコン、インターネット、WWW、ウイキペディア、マルチメディアなどの発明が予想されていました。

 さてエンゲルハートは戦後に大学に戻り電気工学を学びました。卒業後いったん就職しましたが、As We May thinkの構想に基づいた環境を実現することを夢見てカリフォルニア大学バークレー校大学院に進学し電気工学を学びました。エンゲルハートはレーダー技師の経験から情報を可視化できることを知っていました。コンピュータは単なる計算機ではなく対話型となり、情報を検索して問題解決するために利用できると考えていました。1995年に博士号を取得し大学に残りましたが自分の考えていることを実現することはできないと考えて1年で退職しました。その後、会社を創業しましたがAs We May thinkの構想の実現を諦めることができずこの会社も1年で閉じてしまいました。

 エンゲルハートは1957年にスタンフォード研究所(現SRIインターナショナル、SRI International)に入所しました。ここで実績をあげたエンゲルハートは1962年に「Augmenting Human Intellect: A Conceptual Framework(人類の知性の増強: 概念的フレームワーク)」、という報告書を作成しAs We May thinkの構想の実現に向けた研究を提案しました。このエンゲルハートの報告書が評価され、国防高等研究計画局ARPA(現DARPA)が研究を支援することになりました。

 エンゲルハートは1960年代半ばまでにビットマップによる画面表示、マウス、ハイパーテキスト、グループウェア、グラフィカルユーザインタフェース (GUI) などを考案しました。パソコンも存在しておらず、ソフトウェアも目的に対応した一本プログラムでしかなかった時代に現在のコンピュータ環境の基礎となる要素を開発していたのです。

 エンゲルハートは1967年に「X-Y position indicator for a display system"(表示系のX-Y位置指示装置)」の特許を申請し、1970年11月18日に特許を取得しました。この装置は縦方向と横方向の2つの金属の円盤で位置を決めるもので、コードのついた装置がネズミのように見えたためマウスと名付けられました。今ではコンピュータの操作に欠かせないマウスですが当時はマウスを使うことができるコンピュータは一般には存在していませんでした。マウスの特許は1987年に失効し、エンゲルハートはマウスの発明で特許のライセンス料を受け取ることはできませんでした。

ダグラス・エンゲルハートとマウス特許の図
ダグラス・エンゲルハートとマウス特許の図

 1968年12月9日、ダグラス・エンゲルバートはコンピュータ会議 (Fall Joint Computer Conference)で自身が開発したマウスをはじめとするコンピュータの要素技術を公開しました。世界初の対話型コンピュータのデモンストレーションを行い、マウスを使ってネットワーク化されたコンピュータシステムを動かし、ハイパーテキストとリンク、テキスト編集、マルチ・ウィンドウ、CRTディスプレイ、テレビ会議などを実演した。このデモは「Mother of all demos(全てのデモの母)」と呼ばれています。エンゲルハートにとっては自身が温めてきたAs We May Think構想を実現するデモだったことでしょう。

1968 “Mother of All Demos” by SRI’s Doug Engelbart and Team

 最期にAs We May thinkはエンゲルハートに影響を与えただけでなくコンピュータネットワークの概念を生み出したジョゼフ・カール・ロブネット・リックライダーやハイパーテキストやハイパーメディアを生み出したテッド・ネルソンにも影響を与えました。

 いまやコンピュータネットワークは装置と装置だけでなく人と人をつなぐプラットフォームです。As We May Thinkに刺激された技術者の成果が次々にリンクされた結果として現在のインターネットが成り立っていると考えると感慨深いものがあります。

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2021年11月 9日 (火)

Windows の「送る( Send to)」メニューにショートカットを追加する方法

 Windowsでファイルやフォルダを選択し右クリックでポップアップメニュー(下図)を表示すると出てくる「送る」に任意のプログラムを追加する方法を説明します。最新版のWindows 11では右クリックで下図のメニューが表示されません。表示されたポップアップメニューの一番下の「その他のオプションを表示」をクリックすると表示されます。

Windowsの「送る」メニュー
Windowsの「送る」メニュー

 この「送る」メニューにプログラムを追加するには<SendTo>フォルダにそのプログラムのショートカットを配置します。

<SendTo>フォルダの場所はWindows Vistaから変更になりました。

Windows XPでは

<C:\Documents and Settings\USERS\SendTo>

でしたが、Windows Vista以降では

<C:\Users\USERS\AppData\Roaming\Microsoft\Windows\SendTo>

となりました。

 この<SendTo>フォルダに追加したいプログラムのショートカットを作ると「送る」メニューにそのプログラムが表示されます

※USERSは自分のログインアカウント名です)。

 なお、上記のフォルダはWindowsの標準の設定では隠しフォルダになっています。上記のフォルダを表示させるには、エクスプローラの[フォルダオプション]を開きます。[表示]タブを開いて、「ファイルとフォルダーの表示」の設定を、「隠しファイル、隠しフォルダー、および隠しドライブを表示する」にします。Windows 11では「表示」メニューから「表示」を開いて「隠しファイル」にチェックを入れると同じ設定ができます。

フォルダオプション
フォルダオプション

 ところで、この「送る」メニューに登録されたプログラムは名前順に並んでいます。ショートカットの名前の先頭に、【01】とか【02】とかをつけると、自分の好きな順番に並べることができます。

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2021年10月27日 (水)

macOS Big Surでkernel_taskが止まらない(MacBookPro 13inch Late 2013)

 MacBookPro 13inch Late 2013にmacOS Big Sur を入れて問題なく使えていたのですが11.6にアップデートしたところ次のような問題が発生しました。

  ・ファンがほぼ最速で稼働 

   起動時、プログレスバーが半分ぐらい進んだところからファンが回転を始める。次第に回転速度を増していく。

  ・kernel_taskプロセスがCPUを専有

   アクティビティモニターで確認したところkernel_taskがCPUを占有していました。占有率は200%を超えています。このプロセスは他のプロセスがCPUを占有してCPUの負荷を上昇させてCPU温度が過熱するのを防ぐプロセスです。実際には何もしないプロセスですが自身の占有率を高めることで他のプロセスの制限します。CPUクーラーのようなプロセスです。

  ・動作が緩慢

   kernel_taskがCPUを占有しているためMacBookProの動作が極めて遅くなります。ターミナルでuptimeコマンドで確認すると、10から500ぐらい。

  いろいろ改善を試みましたが解決しません。

  ・SMCリセット-解決しない

  ・PRAM/NVRAMのリセット-解決しない

  ・セーフモード-解決しない

 これは困りました。

 macOS Big Sur 11.6.1リリースされたのですがこれをアップデートしました。インストールには相当な時間がかかり、途中、電源が切れたりするなどインストールできないかと思いましたがSMCリセットをして起動し、長時間放置していたらインストールは完了していました。しかしながら問題は解決できませんでした。

 他のプロセスの占有率はそれほど高くありません。Mac Fan ControllerをインストールしてCPU温度を確認したところ40度以下kernelt_taskがしっかり稼働しているからでしょうが動作が遅くてたまりません。いくつかのプロセルやサービスを停止してみましたが改善しません。Mac Fan Coontollerでファンを最大限に回してもkernel_taskの占有率は変わりませんでした。

 そこでMac Fan Coontollerを使用するという前提で、kernel_taskを停止する方法を調査したところこの問題Big Surに限らないようでした。解決方法はターミナルで下記のディレクトリに移動し、

/System/Library/Extensions/IOPlatformPluginFamily.kext/Contents/PlugIns/ACPI_SMC_PlatformPlugin.kext/Contents/Resources

 ここにあるファイルの中からMacBookPro 13inch Late 2013に該当するModule IDのxxxxxxx.plistを削除すると解決するという情報を得ました。MacBookPro 13inch Late 2013のModule IDはMacBookPro11,1なので、MacBookPro11-1.plistが該当するファイルになります。探してみたところこのディレクトリにはMacBookPro8-3.plistまでしか存在しません。この方法も断念です。

 MacBookPro 13inch Late 2013はBig Sur対応までなので新しいMacを買おうかなと考え始めていたところでこの問題に遭遇。データ移行などをスムーズに行うにはこの問題を解決しておきたいところです。超重くて遅いのですが待っていれば頼んだ仕事はしてくれています。

 kernel_taskを止めるパッチなどないだろうか・・・

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2021年9月28日 (火)

パソコンの日(1979年9月28日)|NECがPC-8001を発売

 1979年5月8日、NEC(日本電気)は日本初の本格的なパソコンPC-8001を発表しました。同機は同社が1976年に発表した自作コンピュータキットTK-80をもとに開発されたパソコンです。CPUは8ビット、RAMは16キロバイトでした。キーボードと一体化となったCPU本体とCRTディスプレイが基本構成で、記録装置のカセットテープレコーダや、出力装置のプリンタを取り付けることができました。

NEC PC-8001の広告
NEC PC-8001の広告

 本体ROMにはマイクロソフト社のベーシック言語(BASIC)が搭載されており、初心者でも簡単にプログラムを作成して動かすことができました。8色のカラー表示機能を使って、画面に円や四角など絵を描いて遊んだ記憶がある人も多いと思います。

 PC-8001の発売開始は9月28日となりました。

 PC-8001は当時としては画期的な仕様のパソコンであり、価格が16万8千円であったこともあって、大ヒットしました。その後、NECはPC-8001の後継機や、PC-8801シリーズ、NEC-9801シリーズを市場に投入、DOS/Vパソコンが登場するまで、日本のパソコン市場でトップシェアを誇りました。

【パソコンミニ】PasocomMini PC-8001 PCGセット 8ビットレトロパソコンを手のひらサイズで再現 

 9月28日は「パソコンの日」と言われています。この日はNECが制定したものではなく、また、どこの組織が制定したのかは定かではないようです。しかしながら、同機の発売開始がその後のパソコンブームの火をつけることになり、パソコンゲームのソフトウェアや業務用ソフトウェアの開発が盛んに行われるようになりました。そのような理由で9月28日が「パソコンの日」とされたのは間違いないでしょう。

 ところで1979年というとキャンディーズが解散した次の年です。昭和のあの時代には家庭にパソコンなどなかったのです。

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