江戸幕府が修学と商業目的の海外渡航を許可(慶応2年1866年4月7日)
嘉永六年(1853年)のマシュー・ペリー提督による黒船来航をきっかけに江戸幕府は安政五年(1858年)にアメリカ・オランダ・ロシア・イギリス・フランスの5カ国と修好通商条約を締結しました(安政五カ国条約)。その後、万延元年(1860年)にポルトガル、万延元年(1861年)にプロセイン、文久3年(1864年)にスイスと同様の条約を締結しています。
江戸幕府は長らく日本人の海外渡航を原則として禁止していました。開国後に海外渡航が許されたのは外交使節や幕府関係者のみでした。しかしながら多くの日本人が幕府の許可なく海外に渡航しています。それらはすべて密航にあたりました。密航を禁じることが実質的に困難になると、幕府は慶応2年(1866年)4月7日に日本人の海外渡航を許可する觸達を出しました。また幕府はこの年にベルギー、イタリア、デンマークと修好通商条約を締結しています。
海外諸國へ向後、学科修業又は商業之ため相越度志願之者は、願出次第、御差許可相成候。
尤(もっとも)、糺(ただ)之上、御免之印章可相渡候間、其者名前並(ならびに)如何様之手続を以、何々之儀にて何れ之國へ罷越度旨等、委細相認(したため)、陪臣は其主人、百姓町人は其所之奉行・御代官・領主・地頭より、其筋へ可申立候。
若(もし)御免之印章なくして、竊(ひそか)に相越候者も有之候ハヽ、厳重可申付候間、心得違無之様、主人々々又は其所之奉行・御代官・領主・地頭より、入念可被申付候。
四月
現代語訳
今後、学問の修行や商売のために海外諸国へ渡航したいと希望する者は、願い出ればすぐに許可が下りることになりました。もっとも身元などを審査した上で、許可の証をお渡しします。つきましては、渡航希望者の氏名、どのような手続きを経て、何の目的で、どの国へ行きたいのかといった詳細を詳しく書き記してください。申請方法は、将軍に直接仕えていない陪臣は自分の主君を通じて、農民や町人はその地の奉行、代官、領主、地頭などの役所を通じて申し出てください。
もし許可証を持たずに密入国(密航)しようとする者がいれば、厳重に処罰します。 手違いや間違いのないよう、それぞれの主君や各地の役人は、人々に念入りに言い聞かせてください。
幕府が許可した海外渡航の条件は、修学(学術・留学目的)と商業(貿易・ビジネス目的)に限るものでしたが、身分を問わず誰でも申請が可能でした。海外渡航の対象国は条約締結済みの国に限られました。この觸達によって、日本人は密航を犯さず合法的に海外渡航できるようになりました。多くの日本人が海外渡航すると、多くの西洋の知識や技術が導入されるようになり、商業活動の拡大と経済発展に繋がりました。
海外渡航を許可した幕府が手間取ったのは世界に通用する旅券の作成でした。国内に駐在していた欧米の外交官の協力を得て幕府が初めて発行された旅券「御免之印章」は同年10月17日に日本帝国一座を率いてパリ万博に参加する隅田川浪五郎に対して発行されました。
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