カテゴリー「東京オリンピック」の10件の記事

2024年8月 2日 (金)

金銀の日|1928年アムステルダムオリンピック(1928年8月2日)

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 昭和3年(1928年)7月28日から8月12日からオランダのアムステルダムで第9回夏季オリンピック大会「1928年アムステルダムオリンピック」が開催されました。

928年アムステルダムオリンピックスタジアム
1928年アムステルダムオリンピックスタジアム

 当時、日本人として金メダルを獲得した選手はいませんでした。またメダルを獲得した女性選手はいませんでした。

 8月3日、陸上三段跳びに出場した織田幹雄選手が日本人として初の金メダルを獲得しました。織田選手はアジア人初のオリンピック金メダリストにもなりました。織田選手は陸上競技の指導と普及に貢献し「陸上の神様」[「日本陸上界の父」と呼ばれました。

 また同日に陸上女子800メートル競争で人見絹枝選手が銀メダルを獲得しました。女性の陸上競技への参加は長らく反対されていましたがこの大会から参加が認められました。人見選手の銀メダル獲得は日本人女性として初のメダル獲得でした。

 日本人選手として初の金メダル獲得、日本人女性選手として初のメダルを獲得の快挙を成し遂げた日として、商業デザインなどを手がける有限会社環境デザイン研究所の塩田芳郎氏が8月3日を「金銀の日」と制定、日本記念日協会が認定・登録しましたた。

 なお、この大会では鶴田義行が競泳男子200 m平泳ぎで金メダル、米山弘、佐田徳平、新井信男、高石勝男が競泳男子800 m自由形リレーで銀メダル、高石勝男が競泳男子100 m自由形で銅メダルを獲得しています。

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1964年東京オリンピック開幕(1964年10月10日)

ブルーインパルスによる五輪マーク|1964年東京オリンピック開会式

ブルーインパルスは最後にやってきた|1964年東京オリンピック開会式

1964年東京オリンピックの鉄道パス

1964年 東京オリンピックの模擬開・閉会式の入場券

1964年 東京オリンピックの開会式の入場券

1964年東京オリンピックの閉会式(1964年10月24日)

1967年夏季ユニバーシアード開幕(1967年8月27日)

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2021年10月10日 (日)

1964年東京オリンピック開幕(1964年10月10日)

 東京オリンピックは史上初のアジア地区でのオリンピックとして昭和15年(1940年)に開催予定でしたが、1937年に開戦した日中戦争を背景に諸外国から開催地変更の要望や非参加の動きが出てきました。東京オリンピック開催に好意的だった当時のIOC委員長のアンリ・ド・バイエ=ラトゥールも日本に対して開催事態を求めざるを得ない状況になりましたが、東京大会の委員会は開催を主張しました。

 しかしながら、長引く日中戦争によって物資が不足して競技施設の建設が難しい状況となり、さらに陸軍が開催に反対したため、日本政府は昭和13年(1938年)7月15日オリンピック開催を返上しました。代替えの開催地はヘルシンキとなりましたが1939年に第二次世界大戦が開戦したため中止となりました。なお1940年には第5回冬季オリンピックが札幌で行われる予定でしたがこちらも中止となりました。

 昭和20年(1945年)に第二次世界大戦で敗戦した日本は連合国の占領下となりました。1952年の再独立から2年後の昭和29年(1954年)、東京は1960年夏季オリンピックの開催地に立候補しました。しかしながら、開催地はローマに決まり1960年東京オリンピックは実現に至りませんでした。

 東京は1964年夏季オリンピックの開催地に立候補します。このときアメリカ合衆国のデトロイト、オーストリアのウィーン、ベルギーのブリュッセルが同時に立候補しましたが、昭和34年(1959年)のIOC総会で東京が半数を超える票を得て開催地に選出されました。これによって史上初の日本およびアジア地区での夏季オリンピックの開催が決まったのです。

 日本は戦後の高度経済成長の中でオリンピック開催の準備を進めました。新幹線の開通、羽田空港の東京モノレールの開通も東京オリンピックの開催に合わせて進められました。

 そして昭和39年(1964年)10月10日、第18回夏季オリンピックとして1964年東京オリンピックが開幕しました。開幕式の様子については下記の記事をご覧ください。

  ブルーインパルスは最後にやってきた|1964年東京オリンピック開会式

1964年東京オリンピック聖火の点火
1964年東京オリンピック聖火の点火

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1964年東京オリンピックの聖火の点火

ブルーインパルスによる五輪マーク|1964年東京オリンピック開会式

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1964年 東京オリンピックの模擬開・閉会式の入場券

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新幹線開業の日(昭和39年 1964年10月1日)

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2021年8月27日 (金)

1967年夏季ユニバーシアード開幕(1967年8月27日)

 ユニバーシアードは国際大学スポーツ連盟(FISU)が主催する全世界の学生を対象とする競技大会です。オリンピックの前年と翌年に2年おきに開催されるこの大会は学生オリンピックとも呼ばれます。ユニバーシアードはユニバーシティとオリンピアードに因んだ造語です。

 日本で初めてユニバーシアード大会が開催されたのは1967年で第5回目の夏季大会です。1967年夏季ユニバーシアードは同年8月27日に開幕し9月4日まで開催されました。1964年東京オリンピックの開場がそのまま利用され、東京オリンピックの興奮と感動の余韻もあり日本国中でたいへんに盛り上がりました。日本は金メダル19個、銀メダル18個、銅メダル24個の合計61個のメダルを獲得し、メダル総獲得数で第一位となりました。

1967年ユニバーシアード東京の入場式
1967年ユニバーシアード東京の入場式

 開幕式ではオリンピックの聖火さながら澤木啓祐選手が「ユウジョウノ火」の電光掲示板を背景に友情の火を掲げて走りました。澤木選手は陸上競技の5000メートルおよび10,000メートルで金メダルを獲得しています。

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友情の火を掲げて走る澤木啓祐選手

 

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ブルーインパルスは最後にやってきた|1964年東京オリンピック開会式

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2021年7月23日 (金)

ブルーインパルスは最後にやってきた|1964年東京オリンピック開会式

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 1964年東京オリンピックの開幕式は同年10月10日午後に東京都新宿区の国立競技場で行われました。

 開会式はオリンピック序曲の演奏で始まり、競技場の観客席後部に参加各国の国旗が掲揚されました。昭和天皇・香淳皇后がロイヤルボックスに着席し国歌斉唱が行われました。続いて選手の入場行進。最初にオリンピック発祥のギリシアの選手団が入場し、その後は国名順(アルファベット順)に選手団が入場、最後は日本選手団が入場しました。選手が整列すると組織委員会の会長およびIOCの会長の挨拶が行われました。

東京オリンピック 選手入場

 午後2時58分、昭和天皇が開会の宣言を行うとファンファーレが演奏され、オリンピック賛歌の合掌が行われました。続いて五輪の旗が掲揚され、オリンピック旗が前回開催地イタリアのローマ市長から東京都知事に引き継がれました。大空にオリンピックカラーのたくさんの風船が舞いあがりました。

 そして、そこへ聖火リレーの最終ランナー坂井義則選手が入場。

最終聖火ランナー坂井義則選手
最終聖火ランナー坂井義則選手

 トラックを半周した後、聖火台までの階段を駆け上がり、聖火が点火されました。

1964年東京オリンピック聖火の点火
1964年東京オリンピック聖火の点火

 日本選手団の小野喬主将が選手宣誓を行うと、たくさんの白い鳩が空に放たれました。再び国家の斉唱が行われ、そこに航空自衛隊曲技飛行隊のブルーインパルスが上空にやってきます。見事な五輪のマークを描きました。

ブルーインパルスによる五輪マーク(1964年東京オリンピック開会式)
ブルーインパルスによる五輪マーク(1964年東京オリンピック開会式)

 昭和天皇・香淳皇后がロイヤルボックスから退席。その後、選手団が退場し、開会式は閉幕となりました。

トミカ トミカプレミアム 22 航空自衛隊 T-4 ブルーインパルス

書籍:1964年の東京オリンピック : 「世紀の祭典」はいかに書かれ、語られたか

開催50年。今こそ「世紀の祭典」を追体験。名だたる作家達の当時の観戦記から、対談:市川崑×沢木耕太郎、座談会:大宅壮一×司馬遼太郎×三島由紀夫、亀倉雄策ポスター、星新一短編まで。

 

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2021年7月19日 (月)

1964年東京オリンピックの鉄道パス

 1964年東京オリンピックの際に日本国有鉄道(国鉄、現在JR)が配布していた鉄道パスです。当時の報道カメラマンが保存していたものですが、関係者に配布されたものでしょうか。表紙のタイトルは日本語の旧字体で「鉄道乗車証」、フランス語「CARTE DE CIRCULATION」、英語「RAILWAY PATH」とあります。フランス語が英語より先に表記されていますが、これは現代オリンピックがフランスの教育者ピエール・ド・クーベルタン男爵によって開催されるようになったからでしょうか。

1964年東京オリンピックの鉄道パス(表紙と背表紙)
1964年東京オリンピックの鉄道パス(表紙と背表紙)

 パスを開くと「注意書き」「路線図」が記載されています。使用期限は11月5日まで、セカンドクラスとあるので二等車(現在の自由席)に乗れるということだと思います。

1964年東京オリンピックの鉄道パス(内側)
1964年東京オリンピックの鉄道パス(内側)

 次の写真は路線図の部分の拡大したものです。当時、多くの関係者がこのパスを使って競技場を行き来したのでしょう。

1964年東京オリンピックの鉄道パス(路線図)
1964年東京オリンピックの鉄道パス(路線図)

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2021年7月17日 (土)

1964年東京オリンピックの聖火の点火

 1964年東京オリンピックの聖火は同年8月21日にギリシアのオリンピアのヘラ神殿の遺跡で採火され、翌22日に聖火空輸特別機「シティ・オブ・トウキョウ号(日本航空)」でアテネから日本に向けて運ばれました。聖火は11カ国を経由し、9月7日に沖縄に到着しました。

 当時の沖縄は米国の占領下でしたが、国内の聖火リレーは沖縄がスタート地点に選ばれました。9月9日に「聖火号(全日空)」によって、鹿児島空港、宮崎空港を経て千歳空港に向かいました。この3箇所が国内リレーの4つコース起点となりました。

 4つのコースは鹿児島から本州の日本海側を通って東京へ向かう第一コース(9/9〜10/9)、宮崎から四国を経て本州の太平洋側を通って東京へ向かう第二コース(9/9〜10/8)、千歳から本州の日本海側を通って東京へ向かう第三コース(9/9〜10/7)、千歳から本州の太平洋側を通って東京へ向かう第四コース(9/9〜10/7)が選ばれました。地上リレーの走破距離は6,755 kmにもなりました。

 各コースの聖火は東京都庁に集められ、9日に皇居前の聖火台で集火式が行なわれました。そして1964年10日10日午後2時35分、国立競技場に向けた最終聖火リレーが行なわれた。聖火は国立霞ヶ丘競技場の千駄ヶ谷門で10万713人目の最終聖火ランナーの坂井義則選手(当時、早稲田大学1年生)の手渡されました。そして、国立競技場のトラックに入ってきました。

最終聖火ランナー坂井義則選手
最終聖火ランナー坂井義則選手

 大勢の観客が見守る中、坂井義則選手はトラックを半周します。

トラックを駆け抜ける坂井義則選手
トラックを駆け抜ける坂井義則選手

 そして、聖火台までの階段を駆け上り、1964年東京オリンピックの聖火を点火しました。

1964年東京オリンピック聖火の点火
1964年東京オリンピック聖火の点火

 坂井選手は1964年東京オリンピックの400 mおよび1,600 mリレーの強化選手でしたが、代表選考会で敗退したため出場を逃していました。もともと聖火の最終ランナーは別の選手が走る予定でしたが、オリンピック組織委員会が1945年8月6日「広島原爆投下の日」が誕生日だった坂井選手に最終ランラーを託したのです。

地図と写真で見る東京オリンピック1964 (ブルーガイド)

戦後の日本が劇的に変化した東京オリンピックから50年。高度成長の真っ只中の1964年当時の東京を、200点以上の写真と古い地図で振り返る。

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2021年7月 7日 (水)

ブルーインパルスによる五輪マーク|1964年東京オリンピック開会式

 1964年に開催された東京オリンピック。10月10日に東京都新宿区の国立競技場で開会式が行われました。

 このとき航空自衛隊曲技飛行隊のブルーインパルスが国立競技場上空に五輪のマークを描きました。この写真は新聞報道写真記者がカメラ取材席から撮影したものです。

ブルーインパルスによる五輪マーク(1964年東京オリンピック開会式)
ブルーインパルスによる五輪マーク(1964年東京オリンピック開会式)

 当時のブルーインパレスの機体はF-86Fジェット戦闘機でした(現在はT-4練習機)。

光と色と Color Images|白黒写真をカラー写真にするアプリで紹介されているアプリでカラー化してみました。

綺麗な青空に白い五輪が浮かび上がりましたが、少し紫がかっています。

ブルーインパルスによる五輪マーク(1964年東京オリンピック開会式)AIカラー
ブルーインパルスによる五輪マーク(1964年東京オリンピック開会式)AIカラー

 オリンピックの五輪の制定の経緯や5つ色の由来については、ココログ 光と色とオリンピックの五輪の色の意味は?」に簡単な説明がありますので興味がございましたらご一読ください。

 さて、2020年東京オリンピックの開会式は午後8時から行われます。航空自衛隊は東京オリンピックとパラリンピックの開会式が行われる日にブルーインパルスが都内上空にシンボルマークなどを描くと発表しています。

ブルーインパルス
ブルーインパルス

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2021年7月 5日 (月)

1964年 東京オリンピックの開会式の入場券

 1964年に国立競技場で行われた第18回東京オリンピック競技大会の開会式の入場券です。実家のアルバムに開会式の写真とともに収められていたものです。シワも入っており保存状態は悪いのですが、56年間もひっそりと保存されていたと思うと感慨深いものがあります。

1964年 第18回東京オリンピック競技大会 開会式入場券
1964年 第18回東京オリンピック競技大会 開会式入場券

 座席は20後段M-53とあります。当時の国立競技場の青山門側のバックスタンドに近いところです。このあたりはメインスタンドの真正面で報道関係者の座席でした。入場券の持ち主は新聞社のカメラマンでした。

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1964年 東京オリンピックの模擬開・閉会式の入場券

1964年 東京オリンピックの開会式の入場券

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2021年6月30日 (水)

1964年 東京オリンピックの模擬開・閉会式の入場券

 先日、1964年に開催された東京オリンピックの模擬の開会式と閉会式の入場券です。東京オリンピックの開会式は10月10日に国立競技場で行われましたが、模擬の開会式と閉会式は1週間前の10月3日に行われました。この入賞権は新聞社のカメラマンが保存していたものです。

964年 東京オリンピックの模擬開・閉会式の入場券
1964年 東京オリンピックの模擬開・閉会式の入場券

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2021年6月27日 (日)

1964東京オリンピック間近の静岡市にて(昭和39年)

 昭和39年に静岡市内で撮影した写真です。新幹線開通や東京オリンピックの懸垂幕と横断幕で賑わう街の様子です。

1964東京オリンピック間近の静岡市にて(昭和39年)
1964東京オリンピック間近の静岡市にて(昭和39年)

 この写真が撮影された場所がどのあたりかをGoogle Mapで調べてみました。ヒントは「江崎書店」です。検索してみると静岡駅前の「呉服町通り」に「(株)江崎書店 本部 外相部」が見つかります。そのあたりをストリートビュで見てみました。上の写真にも下のストリートビューにも右側に角が曲面になった特徴的な形をした建物がありますので、ここで間違いないと思います。

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