カテゴリー「一枚の写真」の27件の記事

2022年5月21日 (土)

迷探偵 怪奇・謎の靴底の秘密を追う

 あの日は仕事を5時に終えてすぐに街に出かけたのです。

 いつものように駅前の地下道を通り抜けて反対側の道に出る。

 そしていつもの交差点。おっ青信号だ。

 間に合うかなと思い小走り。

 しかし点滅が始まり赤信号に。

 渡れるタイミングだったはずなのに何か呼び止められたような感じ。

 横断報道の最前列で信号を待っていたら突然目に飛び込んできたもの。

 よく見ると靴底だ。いったいなぜこんなところに靴底が。

怪奇・謎の靴底「なぜこんなところに靴底が」
怪奇・謎の靴底「なぜこんなところに靴底が」

 周りを見渡すと他の人たちは靴底にまったく気がついていないようだ。

 確かにここにあるよね。靴底が。

 なぜこんなところに靴底があるのだろう。

 それも左足だけ。

 しっかりと横断歩道を向いている。

 交差点の渡る気満々である。

 誰かがここで信号を待っていた。

 青信号になって交差点を渡るときに左足の靴底が外れた。

 気が付かずにそのまま交差点を渡っていった。

 いやいや靴底が外れたら気が付くだろう。

 ここに置き去りにしていくのも考えにくい。

 靴底が外れたのが恥ずかしいから知らぬふりして立ち去ったのか。

 あるいは外れた靴底をわざわざここに置いていったのだろうか。

 でも何のために?

 ちょっとしたいたずらのつもりか。

 謎は深まるばかりだ。

 謎の靴底。

 周りの人は見向きもしない。

 本当にここにあるのか。

 まさかおかしな時空が出現しているわけでもあるまい。

 自分にしか見えないのかもしれない。

 思い切って自分の左足を靴底に乗せてみた。

 「あっ!」

  :

  :

 何も起きなかった。

 すぐに信号が青に変わる。

 交差点を渡り始める。

 後ろを振り向くと大勢の人が信号を渡っている。

 誰も靴底に興味を示さない。

 視界に入っていないようだ。

 謎の靴底。

 どこからやって来てここに置かれたのだろうか。

 誰も知らない、知られちゃいけない。

 謎は深まるばかりである。

 さすがの迷探偵も迷案が浮かばない。

 バス停の靴事件を思い出すのであった。

 

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迷探偵 バス停の靴の謎を解く

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2022年3月25日 (金)

自販機の消えた注意書き

 いつも出勤時にバス停の近くの自動販売機で缶コーヒーを買っています。この日は小銭の持ち合わせがなく初めてお札で買おうとしたときに目についたのが次の写真の注意書きです。

自販機の注意書き:濡れた紙幣・シワのあル紙幣はどうなるの?
自販機の注意書き
濡れた紙幣・シワのあル紙幣はどうなるの?

 なんと「肝心な部分」が消えているではないですか!

   濡れた紙幣・シワのある紙幣は、______    

   となりますのでご使用はお止めください。

 おそらく強調するため赤字で書いたあったのだと思いますが紫外線などの影響(耐候性)で消えてしまったのでしょう。

 こうなると ______ に何か入れてえみるかと、とんちをひねり出したくなってしまいます。

 さぁ濡れた紙幣・シワのある紙幣はいったいどうなってしまうのでしょうか?

 ショッカーの罠でも仕込まれているのだろうか?

 紙幣がどうかなるのか?

 あるいは問題のある紙幣を使った自分がどうかなるのか?

 感電でもするというのか?

 その運命はいかに!

(※)もともと入っていた文字は「故障の原因」ですね。

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2022年2月16日 (水)

交通博物館のフライトシュミレータ?(1967年 昭和42年頃)

 東京都千代田区神田須田町に存在していた交通博物館にあった飛行機の乗り物です。機体に「T411」「つばめ」と書かれています。いろいろ調べてみましたが情報は見つからず由来はわかりませんでした。

フライトシュミレータ「つばめ」T411(交通博物館、東京神田)
フライトシュミレータ「つばめ」T411(交通博物館、東京神田)

 操縦桿と機体の傾きが連動していたかどうかは定かではないのですが当時の遊具の乗り物とは違ってフライトシュミレーターのように本格的な動きをしたようです。

操縦桿と連動して気体が本格的な動きをする
操縦桿と連動して気体が本格的な動きをする

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2022年2月 9日 (水)

初めての大ジャンプ

 昭和40年代の10月10日の体育の日。小学校にお兄ちゃんの運動会を見に行った幼稚園に上がる前の幼児。学校なんて普段行ったことがないからおおはしゃぎです。運動会もそっちのけでグランドから少し離れた学校の裏の方へ。ここで子どもたちが遊んでいたのですが、どうやら台の上からどこまで飛べるか競争していたようです。自分も飛びたいと言って背丈の半分以上もある高さから思い切って大ジャンプ。下は柔らかい砂場になっているので転んでも大丈夫。無事に着地できたようです。

大ジャンプ
大ジャンプ

 このジャンプで自信をもったのか味を占めたのか。冬になるとお兄ちゃんと別のジャンプで遊ぶようになりました。

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2022年2月 3日 (木)

遊園地のコーヒーカップ(昭和42年)

 昭和42年(1967年)に幼稚園の遠足で行った遊園地のコーヒーカップの写真。この遊園地は写真の記録によると千葉県習志野市にかつて存在した京成電鉄の谷津遊園のようです。谷津遊園は昭和57年(1982年)に閉園となりました。近くに東京ディズニーランドができたので遊園地としての営業は厳しくなったのでしょう。現在は当時園内にあったバラ園が市営の谷津バラ園として営業しています。

遊園地のコーヒーカップ
遊園地のコーヒーカップ

 さてコーヒーカップはどのような仕組みで動くのでしょうか。コーヒーカップは数人が座れるカップが回転して動く床に設置されています。スタートするとカップが回転する床にのって回り始めますがカップ自身も自転しています。カップの中央いあるハンドルを回すとカップの自転速度が大きくなります。全体としては不思議な動きに見えますが、これは遊星歯車によるものです。レゴで作成したコーヒーカップの模型の映像がありました。回転する仕組みがよくわかります。

How to make Coffee Cup Rides by LEGO Technic

 なお遊園地のコーヒーカップは日本でしか通用しない呼び方で英語ではティーカップと呼ばれます。

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2022年2月 2日 (水)

寝起きにウルトラマンが降臨!

 先日少し遅めの朝を迎えたとき、いきなり視界に飛び込んできたのは部屋の壁にできたあの御方のシルエットでした。

壁にウルトラマンのシルエット
壁にウルトラマンのシルエット

 太陽光とカーテンの隙間のなせる技ではありますが、この偶然にできあがったシルエットは自分にはウルトラマンにしか見えませんでした。口のあたりはピンホール現象でゆらゆらしていて何かをしゃべっているようでもありました。

 画像をちょっと加工してみました。 やっぱりウルトラマンだ!

ウルトラマンのシルエット
ウルトラマンのシルエット

 

 翌日も同じぐらいの時間に確認してみました。ウルトラマンが降臨する前後がどんな形をしているのかも確認してみました。わずかな時間の出来事でした。もとはカーテンの隙間から漏れる光線のなせる技。光の国のウルトラマンのシルエットを見つけたのは奇跡的だったと言えるでしょう。

ウルトラマンが降臨する前後のシルエット
ウルトラマンが降臨する前後のシルエット

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2022年1月16日 (日)

電話をかける子ども|昭和の風景④

 昭和43年(1965年)撮影の写真。父親の勤務先の事務所から自宅の母親に電話する5歳の子どもです。手慣れた感じで受話器を持っていますが、ダイヤルは回してもらったのでしょう。

電話をかける子ども(昭和43年)
電話をかける子ども(昭和43年)

 この3年前の昭和40年(1965年)の写真になります。少年は2歳。おもちゃの電話をかけて話をしているかのように気取っていますが・・・

 おぼちゃん、受話器の向きが逆ですぞ。

おもちゃの電話をかける子ども(昭和40年)
おもちゃの電話をかける子ども(昭和40年)

 

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2022年1月13日 (木)

迷子ひもの仕返しをする赤ちゃん

 ついこの間に立てるようになったと思ったら歩き始めた赤ちゃん。ちょっと目を離すとそこらじゅうに行ってしまいます。ついに階段を上り始めました。これは危ない。

アパートの階段を上ろうとする赤ちゃん
アパートの階段を上ろうとする赤ちゃん

 ということでついに迷子ひもで束縛され自由を奪われてしまうことになってしまいました。本人の安全のためですから仕方がありませんね。

迷子ひもで自由を奪われた赤ちゃん
迷子ひもで自由を奪われた赤ちゃん

 なんとか自由を取り戻したい赤ちゃんですが、こればかりはどうにもなりません。仕方がないので「俺について来い!と言わんばかりにおもちゃの汽車に八つ当たりして仕返しするのでした。でも「僕は自分で動くのに」と引っ張らないと動かない汽車に不満そうです。

おもちゃの自動車を引っ張る赤ちゃん
おもちゃの自動車を引っ張る赤ちゃん

 迷子ひもは現在も健在のようですね。最新のものはスマホで制御・・・できるわけない。

Yimidear 迷子防止ひも リード付き 耳付き ハーネス 子供

 

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2022年1月 9日 (日)

ゴミ箱とANAと函館空港ラウンジ

 ときどき函館を訪れるのですが東京に戻るときに函館空港のラウンジを利用します。次の写真はそのラウンジに設置されているゴミ箱です。こういう場所でよく見かける普通のゴミ箱ですが、このゴミ箱を見た瞬間にあることを思い出し嬉しくなりました。

ゴミ箱
函館空港ラウンジのゴミ箱

 実は過去にこのラウンジを利用したとき、いつもの通り飲んだコーヒーの紙コップをゴミ箱に捨てたところ手がゴミ箱の蓋に引っかかってしまいました。蓋のバネが強くて想定していたより早く閉まってしまったのです。

 痛いなと思って見てみたら指先が切れていました。さほどのことではないなと思っていたのですが絆創膏もないのでティッシュで抑えていましたがなかなか血が止まりません。しばらくすると出血しなくなりANAの搭乗時間が近づいてきたのでラウンジを出て搭乗ゲートに向かいました。まもなく傷口が再び開き出血が始まりました。今度はなかなか止まりません。

 ここでずいぶん切れていることに気が付きました。そこで搭乗ゲートにいたANAの地上職員の女性にラウンジのゴミ箱で指を切っってしまったのでと事情を説明して絆創膏をもらえないかお願いしました。搭乗ゲートに絆創膏があるはずもなく、ANAの地上職員の方は自分の指を見てずいぶん心配してくれ、わざわざ事務所に電話をして絆創膏を持って来てくれたのです。そして自分が絆創膏を装着し終わるのを確認すると、大丈夫ですかとの声がけの後に、空港のラウンジと相談して同じことが起こらないように対策を考えると言われたのです。

 飛行機に乗った後も指先はずきずきしていましたが絆創膏のおかげで血も止まりました。家に到着した頃には痛みもなくなっていたのです。そして月日が経過し、この怪我のことはいつの間にか忘れてしまっていたのです。

 そして先日、函館を訪れた復路でいつものように函館空港ラウンジに立ち寄りコーヒーを飲みました。紙コップを捨てようとしたときに、あのときのANAの地上職員さんの対応を思い出したのです。

 なぜですって?ゴミ箱の蓋の下の方に手が挟まっても怪我をしないようにクッションが貼られていたからです。

 函館空港のラウンジはカード会社のラウンジでANAラウンジではありませんが、あのときに地上職員さんが言っていた通りANAと空港ラウンジで相談して対策を施してくれていたのです。思わず感動して撮影した一枚の写真がこのゴミ箱の写真だったというわけです。

 そして今回も無事に搭乗してお気に入りのAnother Skyを聞きながら出発を待ったのでした。

ANA「音楽につばさを〜テレワーク演奏〜」:Another Sky(ANA Team HND Orchestra)<ANAグループの有志社員が音楽をお届けします!第2弾>

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2021年12月28日 (火)

黄八丈の糸を紡ぐお婆さん(昭和39年1月)

 八丈島に伝わる草木染めの絹織物「黄八丈(きはちじょう)」。伝統工芸品の黄八丈は八丈島に自生するコブナクサ「八丈刈安」の全草で染めた明るい黄色の糸、マダミ(タブノキ)の樹皮で染めた鳶色(とびいろ)の糸、スタジイの樹皮で染めた糸を泥で鉄媒染した黒色の糸を使って縞模様や格子模様に織った絹織物です。

 八丈島には昔から流罪となった流人が暮らしていました。公式な記録では1600年(慶弔5年)関ヶ原の合戦で石田三成率いる西軍の副大将だった宇喜多秀家が最初の流人とされていますが、それよりも以前から流人が暮らしていたと考えられています。絹織物の技術も流人によってもたらされたものと考えられており、室町時代には八丈の絹が貢納品として納められていました。黄八丈の織物技術は寛政(1879年~1801年)の時代に完成したと考えられています。

 次の写真は昭和39年1月に八丈島を訪れたときに撮影した写真です。写真の記録によると八丈島のお婆さんが黄八丈の色を紡いでいるところだそうです。

黄八丈の糸を紡ぐ八丈島のお婆さん
黄八丈の糸を紡ぐ八丈島のお婆さん(昭和39年 1954年1月撮影)

 コブナグサはイネ科の植物で雑草ですが、この全草を煎じて得られた染料はたいへん美しい黄金色となります。タブノキが八丈刈安と呼ばれるのは日本ではイネ科の刈安(カリヤス)が黄色(刈安色)に染めるのに使われていたからです。マダミ(タブノキ)はクスノキ科の木です。樹皮から得た染料に糸を何度も漬けて鳶色(とびいろ)の糸を作ります。スタジイはブナ科の木です。樹皮で染めた糸を沼で泥付けするとスタジイのタンニンと泥中の鉄分が結びついて黒色の糸となります。

黄八丈の着物(月岡芳年「風俗三十二相 はづかしさう」)
黄八丈の着物(月岡芳年「風俗三十二相 はづかしさう」)

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