坂本龍馬を現代のビジネスマン風にしてみた
この写真は慶応3年(1867年)頃に撮影された坂本龍馬の写真です。
この写真を生成AIにカラー写真にしてもらいました。
スーツを着た七三分けの髪型の現代のビジネスマン風にしてもらいました。
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箱館戦争に挑む際に撮影された洋装で椅子に座る土方歳三の写真。決戦を前に口を一文字に結び強い意志を感じさせながらどこか涼しい表情をしている。
この写真がどこで撮影されたのかについては2つの有力な説があった。ひとつは「新選組の舞台裏」(1998年、菊池明著、中経出版)の主張である。もうひとつは「新選組研究最前線再善戦(下)」(1998年、新人物往来社)の「写真師K・Gと土方歳三」(桑嶋洋一著)の主張である。前者は近藤勇の腕組写真と同じく慶応4年(1868年)に江戸の松本良順のところで撮影されたとしている。後者は同年(明治元年)に写真家の田本研造により箱館で撮影されたとしている。
近藤勇の腕組写真は敷物の上に和装で座っている。この時に土方歳三の写真が撮影されたのだとすると歳三も和装であった可能性が高いと考える。歳三の写真は洋装であるからもう少し後で撮影されたものであろう。問題はどこで誰により撮影されたかである。
「写真師K・Gと土方歳三」は歳三の座っている椅子が猫足であることに注目している。箱館戦争当時に箱館で撮影された写真に榎本武揚をはじめとする箱館政権首脳の写真が存在する。この写真の前列左側の海軍奉行の荒井郁之助が座っている椅子が歳三が座っている猫足の椅子と同じものとしている。著者はオリジナルの高解像度の写真を入手し椅子が同じものであることを確認したようである。
高解像度の写真は入手できないので荒井郁之助をトリミングした写真と土方歳三の写真をAIでカラー化してみたのが次の写真である。カラー化により椅子の形が明らかになった。確かに2つの椅子は猫足であり、4本の足をつなぐ貫が特徴的なX型であることが確認できた。おそらく高解像度の写真では白黒でも鮮明に写っていたのであろう。
箱館政権首脳の写真は箱館で田本研造により撮影されたものと考えられ、椅子が同じものであることから土方歳三の写真も箱館で田本研造のところで撮影されたものと結論づけることができる。
ただし「写真師K・Gと土方歳三」では土方歳三の写真の台紙に記載されているイニシャルK・Gに注目している。土方歳三の写真には台紙に「PHOTOGRAPHER K JAPAN ARTIST」と記載されたものがある。Kの部分には重なるようにGが書いてある。「歳三の写真」(1978年、草森紳一著、新人物往来社)の表紙の写真がまさにしれである。同じ台紙が使われた古写真が函館に現存しているという。
これは田本研造が使っていた台紙とは異なると指摘している。田本研造が撮影したのであれば自分の台紙を使うだろうということである。また箱館政権首脳写真の撮影場所も田本研造の写真館ではなかった可能性も指摘している。箱館政権首脳写真と土方歳三の写真がフランスに渡っていることからこの2つの写真を撮影したのは日仏写真に関係していた写真家ではないかと結論づけている。
確かに田本研造の台紙は別のデザインです。土方歳三の写真の撮影者は田本研造であり、K・G台紙の写真は写真師K・Gが複写し整えたものかもしれない。
【関連記事】
・土方歳三を撮影した写真師|田本研造の命日(1912年10月21日)
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ときどき幕末の頃と思われる古い写真が出回ることがあります。この写真は幕末の志士たちの集合写真とされ西郷隆盛、大久保利通、勝海舟、坂本龍馬、桂小五郎、中岡慎太郎など、名だたる志士の名前が記入されています。右下には「尊皇攘夷志士 四十六人」左下には「写真撮影 上野彦馬 慶應元年(一八六五年)」と記されています。この写真は「フルベッキ群像写真」として知られているものです。
もとのフルベッキ群像写真は次の通りです。志士たちの名前は記載されておおらず右下の尊皇攘夷志士、左下の上野彦馬の記載もありません。この写真はアメリカ合衆国に移民したオランダ出身の宣教師グイド・フルベッキが在米オランダ改革派教会から日本に派遣されたときに撮影されたものです。フルベッキと娘エマの2名と佐賀藩の藩校「致遠館」教師・学生44名を撮影した集合写真です。写真には後に政治家や官僚として活躍した人物も写っていますが上記写真に記入されている幕末の志士の名前はフェークです。
フルベッキ群像写真は幕末の長崎の写真師の上野彦馬が上野設営局で撮影されたものであることがわかっています。フルベッキ親子の左側の人物は和倉具視の三男の岩倉具経、右側の人物は同次男の岩倉具定であることがわかっています。この2人が「致遠館」に留学したのは明治元年(1886年)10月27日であることからこの写真はそれ以降に撮影されたものと考えられていましたが、2010年に明治元年10月8日に上野彦馬が撮影したフルベッキと佐賀藩士が一緒に写ったガラス湿板写真と日記が発見されています。「フルベッキ群像写真」は同じ日に撮影されたものと考えられています。
「フルベッキ群像写真」は昭和49年(1974年)に雑誌「日本歴史」でフルベッキを囲む幕末の志士たちとして紹介されました。雑誌ですから学術的な価値はありませんでしたし学会でも相手にされませんでしたが、夢のある写真であったためか広まっていきました。「日本歴史」で紹介されたときには、特定された人物は22名でしたが、時の流れを経ていく中で増えていき、現在では(上記の写真)44人にもなっています。幾度となくフェーク写真であると指摘されているにも関わらず定期的に流行する傾向があるようです。
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五稜郭公園にある函館奉行所の裏手に回ると奉行所の櫓の向こうに五稜郭タワーの展望台が見えます。展望台も櫓のようなものですから、復元でありながら幕末に建造された函館奉行所の櫓と現代の五稜郭タワーの櫓をこうして一枚の写真に収めるととちょっと感慨深いものがあります。
さて箱館奉行所の櫓の高さは16.5メートルです。櫓の中で人が立ったときの目線の高さを15メートルとします。この高さから見渡せる範囲は約14キロメートルです。一方、五稜郭タワーの展望2回の高さは90メートルです。この高さから見渡せる範囲は約34キロメートルになります。
写真では距離の関係でほぼ同じ高さに写っている2つの櫓ですが見える範囲には大きな差があります。
計算方法は下記を参照してください。
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先日、函館市の五稜郭公園に行きました。東京では4月には散ってしまったサクラですが函館はゴールデンウィークのこの時期が満開です。写真を撮影していたところ函館空港に向かうANAの777が飛んできました。タワーを通過したところを捉えた写真です。飛行機の乗客も空から五稜郭タワーとサクラが満開の五稜郭公園の景観を楽しむことができたのではないかと思います。
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スーパーに行ったらロサンゼルス・ドジャースの大谷翔平選手の大きな看板がありました。
その横には伊藤園のいろいろなお茶が山積みになっていましたが「大谷翔平ボトル」が売っていました。もちろん3種類買ってきました。
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北海道百貨店の丸井今井の源流は明治4年(1872年)4月に新潟県南蒲原郡三条町出身の今井藤七と高井平吉が札幌の創成橋の創川河畔で開業した小間物屋の今井商店です。最初の今井商店はむしろ敷きの屋台のような簡素な店でしたが、低価格で親切な対応が評判となり明治7(1874年)に移転し丸井今井呉服店を開きました。当時の北海道は開拓途上でした。丸井今井呉服店は物資を仕入れて低価格で販売しました。内地から移住してきた人々の生活の支えにもなり店は大繁盛しました。
明治21年(1888年)には洋服の販売も開始し、明治23年(1890年)には滝川支店、明治24年(1891年)に小樽支店と室蘭支店を開きました。明治25年(1892年)には函館支店、明治30年(1897年)には旭川支店を開きました。大正、昭和時代を通じて順調に成長し北海道で最大の丸井今井の百貨店グループとなりました。
丸井今井はさらなる発展をめざして新規事業を展開し多角経営化を図りました。事業は順調でしたが平成9年(1997年)11月にメインバンクの北海道拓殖銀行が経営破綻すると事業の多角化が仇となり財務体質が悪化して経営危機に陥りました。その後、再建をめざしましたが経営不振から脱却することはできず平成21年(2009年)に倒産しました。
現在、丸井今井は札幌本店と函館店が存在していまが、この2つの丸井今井は三越伊勢丹ホールディングスの完全子会社として運営されています。札幌本店と函館店が存在しています。
さてこの丸井今井小樽店の写真は自宅のアルバムの中にあったものです。丸井今井小樽店は明治24年10月丸井呉服店小樽支店として色内村(現在は稲穂町)で開業しました。この写真の建物には「丸に井」と「店服呉井今」(今井呉服店)の看板があります。建物の前の「のもきは」(はきもの)店などがありずいぶん古い写真と思います。丸井今井は小樽都通り商店街にありましたがこの通りは昭和41年にアーケードがかけられていますから、この写真はそれよりも前に撮影されたものと思われます。
自分が小樽に住んでいた頃には丸井今井の他に大國屋という百貨店がありました。小樽を離れてしばらくしてから大國屋が閉店し丸井今井が小樽で唯一の百貨店となりました。平成17年(2005年)4月に丸井今井は不採算店として小樽店の閉店を発表しました。店舗存続の署名活動などが行われましたが同年10月に閉店となりました。
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家のアルバムにあった1枚の写真です。「昭和48.3.29 漁業無線局下 釧路市知人町の崖工事」との添え書きがあります。
知人町は「ちじんまち」ではなく「しりとちょう」と読みます。知人町は赤い点線で囲まれたところです。この突き出た部分を知人岬(しりとみさき)といいます。この「知人」(しりと)はアイヌ語で「シレトゥ(sir-etu)」(地の鼻、岬)に由来します。
さて写真の崖工事ですが「漁業無線局下」を手がかりに探してみると現在も崖の上に立つ漁業無線局が存在していました。写真に写っている丸いタンクも存在しています。
確かに漁業無線局下に急な崖があります。写真のおじさんたちはこの壁を工事していたのですね。いつ作られたものかわかりませんが崖上から崖下に通じる階段も確認できます。工事のおかげで階段を作ることができるようになったのは間違いないでしょう。
この階段は崖上と崖下の間を結ぶ近道になっています。かつてこのあたりには太平洋炭鉱があり太平洋石炭販売輸送臨港線が敷かれ知人駅がありました。太平洋炭鉱と臨港線の写真もありましたので別の機会に紹介します。
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隅田川テラスを歩いているとあのオブジェが見えてきます。あのオブジェのある多々目のは東京都墨田区の我妻橋にあるアサヒビールの本社ビル(アサヒビールタワー)に隣接するスーパードライホールの屋上にあります。スーパードライホールはアサヒビール創業100周年を記念して毛建設され1989年10月に竣工しました。
スーパードライホールの建物とオブジェの設計はフランスのデザイナーのフィリップ・スタルクが手掛けました。特徴的な巨大なオブジェは燃え盛る「聖火台の炎」(フラムドール、フランス語 flamme d'or、金の炎)で、「新世紀に向かって飛躍するアサヒビールの燃える心」を表したものです。金色の炎の下のスーパードライホールは聖火台をイメージしてデザインされたものです。
最初にあれに見えるオブジェが登場したときビールの泡かと思っていたのですが、聖火台の炎であることを知ったのはずいぶん後のことでしたが、やはり今でもあれに見えるのは変わりません💩
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慰問袋は戦地へ出征した兵士を慰め不便を改善し士気を高めるため届けられた袋です。慰問袋は木綿のさらしや手拭い二つ折りしたものですい。その中にはちり紙、手拭い、石鹸などの日用品、シャツ、腹巻きなどの衣料品、食料品、薬品、写真、絵画、お守り札などが入れられ、差出人の住所と氏名を記した手紙が添えられました。慰問袋は日露戦争から始まりました。次の写真の慰問袋はダニ二次世界大戦で東南アジアの戦地に届けられたものです。今では普段の生活で当たり前のものかもしれませんが、心がこもったたくさんの楽しみが詰まっていたのです。
慰問袋の中身は戦地の戦況や生活環境なども考慮された内容となっていました。遙か遠く離れた日本から届く慰問袋は戦地で戦う兵士たちにとって楽しみでした。それを手にしたときには喜び、望郷の想いに駆られたことでしょう。
次の写真は慰問袋を手にした日本陸軍の兵士たちです。同僚の兵士が撮影した写真との裏書きがありました。毎日、厳しい環境の戦地で戦っていたことでしょう。慰問袋を手にしたこのときばかりは同僚が向けたカメラのレンズの前でとても良い笑顔をしています。
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