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2020年11月 4日 (水)

ハワード・カーターがツタンカーメンの墓を発見(1922年11月4日)

 古代エジプト第18王朝のファラオ、ツタン・カーメン。ツタン・カーメンが古代エジプトのファラオとして最も広く知られているのは、その墓が盗掘を受けずにほとんど無傷の状態で、黄金のマスクや財宝とともに発見されたからでしょう。

 ツタンカーメンの墓は古代エジプトの都市テーベ(現在のルクソール)のナイル川西岸の王家の谷にあります。古代エジプトでは日が沈む西の方角は死を象徴すると考えられ、そこに多くの墓が作られたのです。一方、日が昇る東の方角は生を象徴すると考えられ神殿が作られました。

 ツタン・カーメンの墓はイギリスのエジプト考古学者のハワード・カーターにより、今からおよそ100年前の1922年11月4日に発見されました。この発見により、ツタン・カメーンおよびハワード・カーターの名前が世界中に知られるようになりました。

ハワード・カーター
ハワード・カーター

 ところで、カーターが偶然にツタン・カーメンの墓を発見したと説明されることも多いのですが、カーターは決して一夜にしてツタン・カーメンの墓を発見したわけではありません。発見に至まで何度も王家の谷を訪れ長期間に渡って発掘作業をしていました。入念に事前の調査を行い、得られた情報から約3千年前の王家の谷の土地の様子を想像しながら、どこに墓が埋もれているのか考え、墓の位置を特定していく発掘作業を行っています。

 イギリスの貴族ジョージ・ハーバート(第5代カーナーヴォン伯爵)は古代エジプトの考古学に興味を持っていましたが、発掘を進めるためには専門家の協力が必要でした。カーナーヴォン伯爵が出会ったのがカーターでした。カーターはカーナーヴォン伯爵の資金援助を得ます。2人は1915年にエジプトの考古省から王家の谷の発掘許可を得て、発掘調査に着手しました。カーターは発掘を続けましたが、目新しい成果は得られませんでした。カーナーヴォン伯爵の資金援助も難しくなり、発掘調査の中止を検討していた矢先の1922年11月4日にツタンカーメンの墓へと導く階段を発見したのです。

 カーターの日記には11月4日の午前10時頃に階段が見つかったと記されています。もちろん、発見してすぐにその墓がツタンカーメンの墓とわかったわけではありません。日記の11月23日にカーナーヴォン伯爵が現地に到着し、11月24日(金)に墓の出入り口でツタンカーメンのヒエログリフのカルトゥーシュが識別できたと記載されています。11月25日(土)に最初のドアを開け、11月26日(日)に第二のドアを開けたとあります。まざまな財宝とツタンカーメンのカルトゥーシュを発見し、その奥にファラの墓があることを確信したと記しています。11月27日(月)には内部を照らすための電気設備が用意され、さらに詳しい調査が行われました。夢にも思わなかった光景を見た。想像を超えるオブジェクトの芸術の美しさと洗練さに驚愕した、圧倒的な印象だったと記しています。11月29日(水)には公式の公開セレモニーが行われています。

 1923年2月18日(日)、ツタンカーメンの埋葬室を開けるセレモニーがありました。このときベルギーの女王とその他のゲストが埋葬室の入り口を開けています。ところが、カーターとスタッフはこのセレモニーの準備で2月15日(木)ぐらいから入り口を開ける準備をしていたようで、翌16日(金)には入り口を開けていたようです。墓は25日(日)まで公開され、28日(水)に再び密閉されました。

 このときカーターはツタン・カーメンの石棺を開くことはできませんでした。重たい三重の石棺が開けられたのは最初の墓の発見から3年が経過した1925年10月28日のことでした。カーターはことときのことを次のように記しています。

 ピンが取り外され、蓋が持ち上げられた。究極の情景が現れた。非常に綺麗に包まれた若い王のミイラ。オシリスを象徴する悲しくて静かな表情の黄金のマスクをつけている。マスクは神の属性をもつが、ツタン・カーメンの生き写しだ。穏やかで美しい。彼の彫像や棺の上に見つけたものと同じ特徴である。マスクは少し後ろに下がっており、視線はまっすぐに天を見上げている。

 ツタンカーメンのマスクは1925年12月に棺から取り出され、それ以降はカイロにあるエジプト考古学博物館に保存されています。

 ツタンカーメンのマスクが最初に日本にやってきたのは1965年8月です。朝日新聞社と東京国立博物館主催の「ツタンカーメン展」が上野の国立博物館で開催されました。黄金のマスクをはじめ、ツタンカーメンの墓に埋葬されていた45点が展示されました。その後、京都市美術館、福岡県文化会館で展示されました。

 あれから47年後の2012年8月、再び上野の森博物館で「ツタンカーメン展」が開催されました。ツタンカーメンの黄金のマスクが再び日本にやってくることはありませんでしたが、1965年の展示品を含めた122点が展示され、古代エジプトを満喫するには十分な展示が行われました。冒頭の写真はこのときの土産品です(ゆるゆるのツタンカーメン展のお土産)。黄金のマスクの絵が入ったツタンラーメン麺というインスタントラーメンも販売されていました。

 ツタン・カーメンの調査は現在も続いています。3千3百年の時を経て、ツタン・カメーンが教えてくれるものはこれからもたくさん出てくるでしょう。


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