カテゴリー「宇宙」の38件の記事

2023年1月 5日 (木)

準惑星エリスを新天体として確認(2005年1月5日)

 準惑星(dwarf planet)は太陽の周りを公転し自身の重力によって球形になる質量をもつ惑星以外の天体のことです。2006年に国際天文学連合(IAU)が惑星の定義を見直したときに定義された比較的新しい天体の分類です。

 準惑星が定義されたのは天体観測の技術が向上し冥王星のような天体が多数発見されたからです。冥王星と同様なそれらの星を惑星と定義することはせずに準惑星という分類を定義しました。これによって冥王星も惑星でなくなり準惑星となりました。

 準惑星エリス(136199 Eris)は準惑星の中では最も質量が大きく、その直径は冥王星に次ぐ大きさの天体です。エリスの周りにはディスノミアと呼ばれる衛星が公転しています。

準惑星エリスと衛星ディスノミア(ハッブル宇宙望遠鏡)
準惑星エリスと衛星ディスノミア(ハッブル宇宙望遠鏡)

 エリスが2003年10月21日に撮影された画像の中から天文学者のマイケル・ブラウンが率いる観測チームによって2005年1月5日に発見されました。元の画像はカリフォルニア州のパロマー天文台の定期観測で得られたものです。観測データの解析は自動画像検索ソフトウェアで行われました。このソフトは天体の見極めをその移動速度によって判断していました。当初の解析ではエリスの移動速度が遅かったため天体として認識されませんでした。その後、エリスよりやや移動速度が速い天体が発見されたため観測チームは過去のデータを再解析したところ、エリスが発見されたのです。

 エリスには小惑星番号136199が付けられましたが2006年9月にギリシア神話の不和と争いの女神エリスに因んで名付けらました。当初、エリスは冥王星より大きいと考えられ、NASA(アメリカ航空宇宙局)は「太陽系の10番目惑星」と呼びました。しかし、エリスと同等の天体が見つかる可能性は十分にあり、それらを全て惑星と呼ぶには無理があるという判断から、国際天文学連合(IAU)は惑星の定義が見直されることになったのです。これによって準惑星という分類ができ、エリアは準惑星とされました。エリアとさほど大きさの変わらない冥王星も準惑星とされたのです。現在、準惑星は冥王星、エリス、ケレス、マケマケ、ハウメアの5つが確認されています。

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2022年12月 4日 (日)

ジェミニ7号打ち上げ成功とその後の苦労話(1965年12月4日)

 アメリカ合衆国の有人宇宙飛行計画「ジェミニ計画」で打ち上がられた宇宙船ジェミニ7号。ジェミニ7号の目的は、月への有人宇宙探査計画を実現するため14日間の長期に渡る宇宙滞在を実施することでした。

 ジェミニ7号は1965年12月4日にケープカナベラル空軍基地から打ち上げられました。搭乗員は船長フランク・ボーマン、操縦士ジム・ラヴェルの2人です。ジェミニ7号が無事に軌道に乗ると2人は宇宙服を脱ぎ船内で生活を始めました。打ち上げから5日後には高度300キロメートルで

宇宙船の軌道投入後、搭乗員は長時間の宇宙服着用が不快であったために、地上とのやり取りの末、宇宙服を脱ぐことにしている。周回31周目には潜水艦ベンジャミン・フランクリンがポラリス潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)を試験発射するのを軌道上から観測している。打上げ5日目には軌道の高度300キロメートルのより安定した軌道に移動しました。その後、12月15日に遅れて打ち上げられたジェミニ6-Aと30センチメートルまで近づくランデブー飛行を成功させました。

ジェミニ7号とジム・ラヴェル操縦士とフランク・ボーマン船長
ジェミニ7号
とジム・ラヴェル操縦士(左)とフランク・ボーマン船長(右)

 打ち上げから11日目、ほとんどのミッションをこなしたボーマン船長とラヴェル操縦士は船内で読書などをしながら過ごしていました。そして12月18日に大気圏に突入しフロリダ半島沖の大西洋上に着水しました。ジェミニ7号の宇宙滞在時間は13日18時間35分01秒の最長記録となりジェミニ7号の計画は成功を収めたのです。

 実はこの成功を裏でジェミニ7号では大事件が発生していました。

 宇宙空間といえどもそこには人の生活があります。睡眠を取ったり、食事をしたりしますが、先駆けの宇宙飛行士にとってだったのはうんちとおしっこの後始末だったようです。最初の頃は、宇宙服を着たままでおしめをしていました。

 アポロ計画の頃までのロケットにはトイレはありませんでした。この頃は、うんちとおしっこを袋に詰めて地球に持ち帰っていました。おしっこは管のついた採尿袋に集め貯まると宇宙空間に捨てていました。真空・低温の世界で細かな氷の粒となったおしっこに太陽光が当たると、ダイアモンドダストのように輝いて見えたそうです。うんちは接着剤のついた袋をおしりにあてがってしましたが、なにせ無重力ですからふんばりがききません。やっと出ても袋がぷかぷか浮くわけですから宇宙飛行士にはたいへん不評だったようです。

 さてうんちの入った袋は内部でガスの発生を防ぐために防腐剤を入れよく混ぜ合わせてから保管し地球に持って帰ってくることになっていました。ジェミニ7号でも同じように処理をしていましたが、防腐剤が十分に入っていなかった袋があったのです。その袋内部ではガスが発生し、内圧が高くなっていました。そして打ち上げから7日後に袋が破裂してしまったのです。袋の中身は船内に飛び散ってしまいました。そのような中でボーマン船長とラヴェル操縦士はミッションを続けていたのです。

 地球に無事に帰還したラヴェル操縦士はインタビューで「君はトイレの中で1週間過ごしたことがあるか」と逆質問したそうです。

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2022年10月12日 (水)

世界で初めて複数の人間を宇宙に送る(1964年10月12日)

 旧ソ連によってユーリー・ガガーリンを乗せた人類初の有人宇宙ロケット「ボストーク1号」が打ち上げられたのは1961年4月12日です。旧ソ連に宇宙開発で遅れを取っていた米国のJ・F・ケネディ大統領(当時)は10年以内に月面に人間を送るアポロ計画を進めることを決断しました。

 月面に人間を送るためには複数の人間が搭乗できる宇宙ロケットが必要です。米国は2人の宇宙飛行士が搭乗できるジェミニ宇宙船を用いたジェミニ計画を1961年に開始しました。ジェミニはラテン語で「双子」という意味です。1964年4月と1965年1月にそれぞれ打ち上げられたジェミニ1号と2号は無人宇宙船で、初めて2人の宇宙飛行士を乗せたのは1965年3月23日に打上げられたジェミニ3号でした。

 しかし、世界で初めて複数の人間を宇宙に送り出したのは旧ソ連のボスホート計画でした。ボスポート1号は1964年10月12日にバイコヌール宇宙基地のガガーリン発射台から打ち上げられました。ボスポート1号は地球を89.6分で公転し、当時としては世界で最高高度となる336 kmに達しました。翌日10月13日に地球に帰還しました。ボスポートはロシア語で「日の出」という意味です。このボスポート1号に乗ったのは宇宙飛行士・技術者・学者の3名でした。またボスポート宇宙船は世界で初めて船内で宇宙服を着る必要のない宇宙船にもなりました。

ボスホート1号記念切手
ボスホート1号記念切手

 ボスポート宇宙船は基本的にはボストーク宇宙船を継承したもので3人乗りの宇宙船としては十分な大きさではありませんでした。ペイロード(積載量)も十分ではなかったので緊急時の脱出シートも取り付けられていませんでした。実はボスポート宇宙船はもともと2人乗り用宇宙船として開発されたものでした。しかし政治的な理由で搭乗員が3人になった経緯があります。おそらく2人乗り宇宙船で計画された米国のジェミニ計画を突き放す目的があったのでしょう。

 1965年3月18日にボスポート2号が打ち上げられました。この宇宙船には宇宙服を着た宇宙飛行士2人が乗り込みました。宇宙飛行士のアレクセイ・レオーノフがわずか10分間ですが人類初の宇宙遊泳を行いました。ボスポート計画は3号から6号までの打ち上げが計画されていましたが、新型ソユーズ宇宙船を用いた有人月旅行計画にリソースを集中するためボスポート2号の打ち上げ成功をもって終了しました。

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2022年8月15日 (月)

「Wow! シグナル」6EQUJ5受信(1977年8月15日)

 地球外知的生命体探査SETI(Search for Extra Terrestrial Intelligence)は地球外知的生命体の文明を発見する取り組みの総称です。世界各地でさまざまなSETIプロジェクトが展開されています。

 オハイオ州立大学でSETIプロジェクトに参加していたジェリー・R・エーマン博士は1977年8月15日にビッグイヤー電波望遠鏡でおよそ約72秒間にわたる狭い周波数に集中した強い電波を受信しました。この電波は恒星間通信に最適な信号の特徴を有しており、これに驚いたエーマン博士は信号を印刷物の当該電波を示す文字列6EQUJ5に赤丸をつけて「Wow!」と書き加えました。そのためこの電波は「Wow!シグナル」と呼ばれるようになりました。

Wow!信号の印刷物
Wow!信号の印刷物

 「Wow!シグナル」は太陽系外の地球外知的生命体が発したものではないかと考えられました。引き続き電波の観測が行われましたが2度と同じ電波を受信することはできませんでした。「Wow!シグナル」の正体は現在も謎のままになっています。

 「Wow!シグナル」は電波天文学で使用が禁止されている周波数を含むため地球から発せられた電波ではないことがわかっています。また発生起源について自然由来の可能性も検討されましたがあくまでも予想であり、「Wow!シグナル」の正体を突き止めるまでには至っていません。「Wow!シグナル」に着想して制作されたのがカール・セーガンのSF小説を映画化した1997年公開の「コンタクト」です。

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2022年8月10日 (水)

史上初の宇宙結婚式(2003年8月10日)

 ウクライナ系ロシア人でロシアの宇宙飛行士ユーリ・マレンチェンコさんと米国テキサス州のエカテリーナ・ドミトリエワさんは1998年頃に出逢い2002年末に婚約しました。その後、マレンチェンコさんはISSのクルーとして2003年4月末から国際宇宙ステーション(ISS)に滞在することになりました。2003年8月10日に2人の結婚式が米テキサス州ジョンソン宇宙センターにおいて衛星中継で行われました。

ユーリ・マレンチェンコ宇宙飛行士
ユーリ・マレンチェンコ宇宙飛行士

 2人の結婚式は史上初の宇宙空間に滞在する宇宙飛行士の結婚式となりました。このときマレンチェンコが搭乗していた国際宇宙ステーションはニュージーランド上空384キロメートルに位置していました。マリチェンコさんが任務を解かれたのは同年10月、2人が地球で再開したのは結婚式から約2ヶ月半後の10月末となりました。

 史上初の宇宙結婚式は世界中で報道され2人の結婚は多くの人に祝福されました。かつて冷戦で宇宙開発競争をしていたロシアとアメリカの友好な関係を象徴する出来事にもありました。

 世界に平和が訪れますように。

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2022年7月10日 (日)

テルスター衛星打ち上げ(1962年7月10日)

 テルスター衛星(Telstar)は米国航空宇宙局(NASA)が打ち上げた通信放送衛星です。

 テルスター衛星はベル研究所がAT&Tの依頼で製作したものです。テルスター1号は1962年7月10日にケープカナベラル空軍基地からソー・デルタロケットで打ち上げられ、約2週間後にアメリカとヨーロッパを結ぶテレビ放送の生中継に使われました。テルスター1号から送られてきた映像は劣悪で短時間の生中継でしたが当時の人々は遠く離れた場所のリアルタイムの映像を見ることができるようになったことに感動しました。

テルスター衛星
テルスター衛星

 しかしながらテルスター1号はわずか7ヶ月で運用を終了しました。これは打ち上げの前日7月9日に実施された米国による核実験で放出された電磁波に曝されたためです。テルスター1号はこの影響で異常な動作を示すようになりました。しばらくは衛星の電源の再起動で対応していましたが次第に応答が悪くなり送信機が故障し1963年2月21日に運用を終了しました。テルスター1号の技術は未熟ではありましたが、その後の進歩していく通信衛星の基礎となりました。

 テルスターの成功は世界的にも盛り上がりました。イギリスの音楽プロデューサーのロバート・ジョージ・"ジョー"・ミークは1962年にバンド「トルネイドース」のために「テルスター」と題するインストゥルメンタル曲を作曲しました。この曲は同年12月にイギリスのシングルチャートおよびアメリカのビルボードホット100で1位を獲得し大ヒットしました。この曲は後にシャドウズやベンチャーズなどがカバーしています。

The Tornados - Telstar - New improved stereo remix

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2022年3月10日 (木)

惑星直列(1982年3月10日)

 惑星直列は太陽系内の惑星が一直線に並ぶ現象のことです。実際には全ての惑星が一直線に並ぶことはありませんし、惑星直列という天文用語もありません。一般に惑星直列とは全ての惑星が太陽を中心とした中心角90度位内の扇形に入ったときのことを言います。この条件の惑星直列は過去に何度か起きていることが計算により確認されています。1128年には中心角が39度で最も直列に近い惑星直列が起きています。

惑星直列
惑星直列

 さて間近の惑星直列は1982年3月10日に起きました。この惑星直列は数年以上前からテレビ、雑誌、書籍などで取りあげられ、水星から冥王星(※1)までの全ての惑星が一直線に並ぶことにより惑星同士の引力が影響し合い天変地異が起こるなどの予言が流布しました。当時、本当に天変地異が発生するのでないかと心配になった人も少なくありませんでした。昭和時代に小中高校生だった人は学年誌などで読んだことを覚えているのではないかと思います。

 しかし全惑星が完全に一直線に並んでも引力の影響はほとんどないことがわかっています。計算では地球と月の引力よりも遙かに小さく地球で天変地異が生じることはありあません。実際、1982年に惑星直列が原因と考えられる災害は起こりませんでした(※2)

 ところで1982年の惑星直列は中心角が96度のため惑星直列ではなかったという指摘もあります。ちなみに1982年の直前の惑星直列は1817年で中心角は83.9度でした。次回は2161年に中心角68.7度の惑星直列が起きることが予測されています。

(※1)当時、冥王星は惑星だった

(※2)3月29日にメキシコのエルチチョン山が132年振りに噴火している。この大噴火で地球の気温が0.3~0.5度低下した。

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巨大な小惑星7482(1994 PC1)が地球に大接近(2022年1月19日)

【おもしろ映像】地球の出と地球の入り

 

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2022年2月15日 (火)

【おもしろ映像】地球の出と地球の入り

 2007年に宇宙航空研究開発機構 (JAXA) の月周回衛星「かぐや」が撮影した月の地平線から出てくる地球と地平線に沈む地球、つまり月から望む「地球の出」と「地球の入り」です。

 地球の出は、ちょっと地球が小さくて迫力がないのですが、地球の入りはそこそこ大きく映っていてとても綺麗です。

Kaguya HDTV Images of Earth Rise Over the Moon

 ところで、月には空気がありませんから、地球のように宇宙からやってくる光が大気で屈折するということはありません。つまり大気差がないということになります。

 夜空に輝く星の光は地球の大気で屈折しています。この屈折の度合いは天頂ではゼロですが、星の高さが低くなればなるほど大きくなります。そのため高度の低い星は実際に星がある位置よりも浮き上がって見えています。この現象を大気差といいます。水平線(地平線)近くの星では角度にして約0.6度もずれています。見かけの月の直径は角度にすると約0.5度ですから、私たちが月が沈んでいくのを見ているとき、月の実体はすでに水平線(地平線)に沈んでいることになるのです。

大気差の仕組み
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2022年1月19日 (水)

巨大な小惑星7482(1994 PC1)が地球に大接近(2022年1月19日)

 日本時間19日午前6時51分(米東部時間1月18日午後4時51分)、約1.1キロメートルの大きさの地球近傍小惑星7482(1994 PC1)が地球に接近します。この小惑星が地球に衝突することはありませんが、地球から198万1398キロメートル離れたところを時速7万415キロメートルで通過すると予測されています。

7482(1994PC1)と地球の軌道の模式図
7482(1994PC1)と地球の軌道の模式図

 7482(1994 PC1)はオーストラリアのサイディング・スプリング天文台でスコットランド出身の天文学者ロバート・マックノートが1994年8月9日に発見した小惑星です。7482はこの小惑星の小惑星番号で1994 PC1は発見後に暫定的に付けられた仮符号です。後でわかったことですが実際には同天文台で1974年にも観測されていました。

 7482(1994 PC1)は潜在的に地球に衝突する可能性のある危険な小惑星に分類されていますが当面は地球に衝突する危険はないと考えられています。最も地球に接近したのは1933年1月17日で地球から月までの距離の約3倍の約113万 kmまで接近しました。

 本日2022年1月19日は午前6時51分に地球から月までの距離の約5倍の約198万 km離れたところを通過します。最接近時の見かけの明るさは10等級で肉眼で確認することはできませんが大口径の天体望遠極では観測可能です。

 さて地球から太陽までの距離は1億5000万キロメートル、月までの距離が38万キロメートル、地球と最接近したときの火星まで距離は7000万キロメートル、金星が4200万キロメートルです。ですから113万や198万キロメートルは本当に大接近なのです。

 NASAは今後200年の間ここまで接近する天体はないと予測していますのでひとまずご安心ください。

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2021年12月11日 (土)

アポロ計画最後の月面着陸(1972年12月11日)

 米国がソビエト連邦との冷戦下の宇宙開発競争で1961年に始めた米国のアポロ計画はアポロ11号による有人月探査船の月面着陸成功によって当初の目的を果たしました。その後、アポロ計画はアポロ13号を除いて月面着陸の成功を重ね、1972年に最後のミッションとなるアポロ17号を打ち上げました。

 アポロ17号は1972年12月7日に初めて夜間(米東部標準時間の午前0時33分)にサターンV型ロケットで打ち上げられました。発射30秒前にハードウェアの故障によりカウントが中断しましたが軽微なトラブルだったため復旧することができ2時間40分遅れの打ち上げとなりました。夜間の打ち上げだったためロケットの航跡は遠方からでも確認できたくさんの人が夜空を見上げました。アポロ17号は無事に地球周回軌道に乗り、発射から約3時間後に月に向かう軌道に投入され12月10日に月の周回軌道に入りました。

 アポロ17号のクルーは船長ユージン・サーナン 、司令船操縦士ロナルド・エヴァンス 、月着陸船操縦士ハリソン・シュミットです。ハリソン・シュミットは軍人ではなく一連のアポロ計画で初めて搭乗した地質学者でした。司令・機械船はアメリカ、着陸船はチャレンジャーと名付けられました。アメリカにはエヴァンスが残り、チャレンジャーにはサーナンとシュミットが乗り込みました。アメリカから切り離されたチャレンジャーは米国東部標準時間12月11日午後2時55分に静かの海と晴れの海の境目付近のタウルス・リトロー渓谷に着陸しました。

 サーナンとシュミットは船外活動を開始し、エヴァンスは軌道上から月の観測や実験を行いました。サーナンとシュミットは月面に3日間滞在し月面車で広範囲の探査を行いました。12月11日から13日までの3日間の滞在で66キログラムの試料を採集し、重力計測を9箇所で行いました。

 12月14日に着陸船チャレンジャーの上昇段が月面を離れ、司令・機械船アメリカとのドッキングに成功しました。上昇段はサーナンとシュミットおよび機器類が移動し、12月15日にアメリカから切り離され月面に衝突しました。地球に帰還する途上の12月17日、エヴァンスが船外活動を行い機械船からパノラマカメラなどの探査機器からフィルムを回収しました。

 12月19日、機械船が切り離され司令船は大気圏再突入しました。そして米国東部標準時間12月19日午後2時25分に太平洋に着水した。回収船タイコンデロガのヘリコプターがサーナン、エヴァンス、シュミットを回収し3人は無事に帰還、アポロ17号のミッションが終了しました。

アポロ17号のクルーとシュミットが操縦する月面車
アポロ17号のクルーとシュミットが操縦する月面車

 アポロ17号がアポロ計画最後の月面探査となり、当時としては最長の宇宙滞在時間、最長の月面活動時間、最長の月周回軌道滞在時間、過去最大量の月面試料の採集の記録を残しました。

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