ココログ「夜明け前」公式サイトで読む
硬式飛行船を実用化したドイツの軍人フェルディナント・フォン・ツェッペリン伯爵は1863年にアメリカの南北戦争に北軍の軍事観察者として従軍したときに気球部隊のドイツ人気球乗りジョン・シュタイナーと出会い気球による初飛行を経験しました。この経験によりツェッペリン伯爵は気球に興味をもつようになりました。1874年、ツェッペリン伯爵はドイツの郵政総局長ハインリヒ・フォン・シュテファンの「世界の郵便サービスと航空旅行」の講義を聴講し飛行船の開発に着手しました。同年のツェッペリン伯爵の日記には飛行船のアイデアが記されています。
フェルディナント・フォン・ツェッペリン(1900年)
1890年、ツェッペリン伯爵は52歳で退役し飛行船の開発に本格的に取り組み始めました。ツェッペリン伯爵は雇用した技師のテオドール・コーバーとともに開発を進め1893年には設計を完了させ1895年には特許を取得しました。1896年にツェッペリン伯爵はドイツ技術者協会で飛行船を紹介する講演を行いました。この講演が協会で高く評価されたことから硬式飛行船ツェッペリンLZ1の建造が始まりました。
1900年7月2日、ドイツ南部のフリードリヒスハーフェン近郊、ボーデン湖の湖上でツェッペリンLZ1が初飛行を成功させました。LZ1は全長128メートル、直径11.7メートルという大きな飛行船でした。主構造にはアルミニウムを中心とした骨格が採用され、17個の内部ガス袋に水素が充填されるようになっていました。ダイムラー社製の14.2馬力(10.6 kW)のガソリンエンジン2基がプロペラを駆動しました。機体のバランスを制御するための移動式バラストが装備されており安定した飛行を実現することができました。

ツェッペリンLZ1の初飛行(1900年)
LZ1の初飛行にはツェッペリン伯爵自らが搭乗しました。飛行時間は約17分におよび高度は150メートルに達しました。飛行中に方向制御に問題があることが発覚し、着陸時にはバランス制御装置の不具合により損傷を受けました。その後、LZ 1は2度の試験飛行を行いましたが機体性能の限界や資金不足により解体されました。ツェッペリン伯爵は飛行船の開発を諦めずLZ2を開発しました。そしてついに実用的な硬式飛行船ツェッペリンLZ3を完成させたのです。
【関連記事】
・熱気球の日(1783年6月4日)
・飛行船の日|飛行船「雄飛」の試験飛行(大正5年 1915年1月22日)
・ドイツの飛行船ツェッペリン伯号が世界一周を達成(1929年8月29日)
・エンパイアステートビルがオープン(1931年5月1日)
・ドイツの飛行船ヒンデンブルク号の爆発事故(1937年5月6日)
ココログ夜明け前|Googleニュース
にほんブログ村
人気ブログランキングへ
Amazonアソシエイトとしてブログ「夜明け前」は適格販売により収入を得ています。
プライバシーポリシー