イースター島が発見される(1722年4月5日)
1721年8月1日、オランダ(ネーデルラント連邦共和国)の航海者・探検家のヤーコプ・ロッヘフェーンはオランダ西インド会社の3隻の帆船からなる艦隊を率いてオーストラリア大陸に向けて出港しました。艦隊はフォークランド諸島を経て、ルメール海峡を通って南下し、太平洋に至りました。1722年2月にチリの沖合670キロメートルに存在するロビンソン・クルーソー島(旧名マサティエラ島)、アレハンドロ・セルカーク島、サンタ・クララ島の3つの島からなるファン・フェルナンデス諸島に滞在し、同年3月にオーストラリアに向けて出港しました。
1772年4月5日の復活祭(イースター)の夜、ロッヘフェーンの艦隊は南太平洋上に浮かぶ小さな島を発見し、発見日にちなみ島名を復活祭の島と名付けたと伝えられています。ロッヘフェーンは1,000体を超えるモアイ像とその前で祈りを捧げる島民を目撃しました。ロッヘフェーンはイースター島に数千人の島民がいたことを報告しています。
なお、イースター島の現地語名はラパ・ヌイ(ラパ・ヌイ語: Rapa Nui)で正式な名称はパスクア島(スペイン語:Isla de Pascua)です。スペイン語でPascuaは復活祭(イースター)を意味します。
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