マンテル大尉事件(1948年1月7日)
1948年1月7日、アメリカ合衆国のケンタッキー州で未確認飛行物体の目撃情報が相次ぎました。同州のゴットマン空軍基地に「直径75~150メートルの白く光る巨大な物体が浮遊している」との報告が入り、訓練飛行中のトーマス・マンテル大尉が率いる4機のP-51マスタング戦闘機が物体の追跡を開始しました。このうち1機は燃料不足により基地に戻り、マンテル大尉機を含む3機が物体を視認し上昇を開始しました。
高度15000フィートに達したところでマンテル大尉は未確認飛行物体について「金属でできているかのように太陽光を反射している。それにとてつもなく大きい」と報告しました。高度22000フィートでマンテル大尉以外の2機の酸素不足に陥ったため追跡を断念し離脱しました。マンテル大尉機はそのまま上昇を続けましたが高度25000フィートに達したところで連絡が途絶えました。その後、マンテル大尉機が墜落したことが判明しました。
米国空軍はこの未確認飛行物体の正体の調査を行いました。、いくつかの説を提示しました。 当初、空軍はマンテル大尉が金星を未確認飛行物体を誤認し追跡したと発表しましたが後に撤回してます。現在、未確認飛行物体の正体として有力視されている説は米国海軍がテスト飛行させていた観測用気球のスカイフックです。
スカイフック気球は極秘のプロジェクトだったため空軍には伝わっていなかっとされています。この気球は直径30メートル以上で高高度では太陽光を反射して巨大な銀色の円盤のように見えます。マンテル大尉はこの気球を追って上昇し続け酸素欠乏で意識を喪失して墜落したのではないかと考えられいます。
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