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2025年12月21日 (日)

赤城の山も今宵限り|國定忠治の最期

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 「赤城の山も今宵を限り、生まれ故郷の国定の村や縄張りを捨て国を捨て、可愛い子分の手前達とも別れ別れになる首途だ」。この台詞は新国劇の演劇「國定忠治」で國定忠治が役人に追われる身となり故郷の赤城天神山を去る際に子分たちに別れを告げる名場面の台詞です。

 國定忠治は江戸時代末期の実在の人物で上州(群馬県)や信州(長野県)で活動し一帯を支配していた博徒です。天保の大飢饉の際には弱気を助ける義侠心から農民を救済したことから上州一の大親分として人々に慕われたと伝えられています。後に講談・浪曲、演劇、映画の題材となりました。

國定忠治
國定忠治

 國定忠治は賭博に加えてその縄張り争いで殺人や殺人教唆などの罪を多数犯した罪と、会津に逃走するため大戸関所の関所破りの重罪を犯した罪で捕縛され大戸処刑場で磔の刑に処せられました。演劇では國定忠治の最期は大立ち回りを演じますが、実際には中風(脳卒中)で倒れ上州で匿われていたところを役人に捕縛されています。

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