江戸幕府が天文方を設置( 貞享元年 1685年12月1日)
日本では暦の編纂は朝廷の陰陽寮(おんようりょう )が所轄し土御門家(つちみかどけ)が担っていました。当時、暦として使われていたのは中国の唐の時代に作られ渤海から日本に伝わった太陰太陽暦「宣明暦」(せんみょうれき)でした。日本では宣明暦は862年から約823年間に渡り使われてきましたが、誤差が大きいため文化が発展するにつれて農業や祭礼に支障をきたすようになりました。
この暦の誤差を解決しようとして研究したのが囲碁技師で神道家の渋川春海(別名 安井算哲)です。春海は若い頃から数学・天文学を学び万治2年(1659年)21歳の時に天体観測のデータに基づき中国四国地で緯度・経度を計測しました。寛文10年(1670年)から独自に天体観測を行いその結果をもとにして中国の授時暦へ改暦を提唱しましたが、日食の予報に失敗したため却下されました。春海は朱子学者の中村惕斎の協力を得て日食の予報の失敗の原因を突き止め授時暦を日本向けに改良した大和暦を作成しました。 この暦は日本初の国産歴「貞享暦」(じょうきょうれき )として朝廷に採用されました。改暦の背景として、春海が碁や神道を通じた徳川光圀や土御門泰福などの有力者とのつながりがあったこと、観測データに基づいた春海の大和暦が正確で高く評価されたことが伝えられています。
江戸幕府は暦が政治や社会にとって重要であることを鑑み、編暦の権限を朝廷から幕府へ移管しました。貞享元年12月1日(1685年1月5日)に寺社奉行に天文方を設置し春海を250石で初代の幕府天文方「天文職」に任命しました。春海は貞享2年(1685年)に牛込藁町に司天台を設置し本格的な天体観測を始めました。この日を境に日本の暦は独自の観測に基づく科学的な裏付けのある暦法となりました。
天文方は延享4年(1747年)には若年寄支配となり幕府直轄の重要組織となりました。天台は何度かの移転を経て天明2年(1782年)に浅草に移設され浅草天文台(頒暦所)が設立されました。このとき初めて「天文台」と呼ばれるようになりました。
天文方は暦の編纂と全国への頒布、天体観測による暦の精度向上、地図作成や測量事業の役割を果たし江戸時代の科学技術の発展の象徴的組織となりました。
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