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2025年11月 7日 (金)

日本の立憲政治の象徴「国会議事堂」が竣工(昭和11年 1936年11月7日)

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 日本の政治の殿堂として東京都千代田区永田町一丁目7番1号に佇んでいる国会議事堂。中央塔の左側に衆議院、右側に参議院の議場が左右対称に配置された荘厳な建造物です。

国会議事堂
国会議事堂

 明治14年(1881年)10月12日、明治天皇は明治23年(1890年)までに「國會」(議会)を開くよう国会開設の勅諭を発せられました。明治18年(1885年)に第一次伊東内閣が発足すると国会議事堂の建設が構想されました。しかしながら、議事堂の建設には巨額な費用がかかり、帝国議会を開くことを優先するため仮議事堂が建設されることになりました。

 本格的な議事堂建設が決まったのは日露戦争後の明治39年(1906年)ですが大正2年(1913年)に大正政変が起きたため見送られました。大正7年(1918年)に議事堂のデザインが一般公募され宮内省(現 宮内庁)技手の渡辺福三の案が採用されました。

渡辺福三による国会議事堂の図案
渡辺福三による国会議事堂の図案

 実際の設計は大蔵省(現 財務省)臨時議院建築局により行われ、渡辺の図案を参考にしつつも大幅に変更されたデザインとなりました。鉄骨鉄筋コンクリート造、地上3階(中央会は4階)、地下1階建、資材は国産で賄う方針から全国各地から花崗岩が取り寄せられることになりました。大正9年(1920年)1月30日に当時の原内閣総理大臣をはじめとする閣僚が参列し永田町の高台において起工式が執り行われました。

 国会議事堂は建設工事は大規模となり長期間を要しました。大正12年(1923年)9月1日に発生した関東大震災により耐震構造と防火対策が見直されました。起工から17年の歳月を経た昭和11年(1936年)11月7日、当時の広田弘毅内閣総理大臣をはじめとする約3000名が集まる中で竣工式が執り行われました。

国会議事堂の竣工式
国会議事堂の竣工式

 国会議事堂の総工費は約2,573万円で現在の価値にすると数千億円になります。資材として国産の鉄骨約1万5000トン、花崗岩2万5000トン、37種類の大理石が使用されました。国会議事堂のシンボルでもある中央塔は4階建で高さは65.45メートルです。当時の日本では最も高層の建造物となりました。この中央塔を挟んで左側が衆議院、右側が貴族院(現 参議院)が配置されました。

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