五稜郭タワーに展示されている大砲「四斤山砲」
北海道函館市の五稜郭タワーを訪れると写真の大砲が展示されています。この大砲は1859年にフランスの砲兵士官ジャン・エルンスト・デュコ・ド・ライットが開発したライット・システムと呼ばれる大砲の一種で砲弾重量が4キログラムの前装ライフル式の青銅製山砲です。この大砲は幕末にオランダの紹介により江戸幕府が洋式野戦砲として輸入したもので四斤山砲と呼ばれました。四斤山砲は幕府陸軍により慶応2年(1866年)の第二次長州征討において初めて使用されました。五稜郭タワーに展示されている四斤山砲bは実物大のレプリカです。
四斤山砲は軽量で分解して馬2頭で運搬できるため山岳地帯での運用に適していました。また砲口から砲弾と装薬を装填する前装式ですが砲身にはライフリングが施されており砲弾に回転を与えることによって飛距離と命中精度を高めることができました。砲弾も内部に火薬を詰めた榴弾や榴散弾、内部に鉄球を詰めた爆裂弾が使用することができ敵を面制圧することが可能でした。こうした特徴が日本の戦場に適しており国内でコピー品が多数製造されるようになり戊辰戦争から西南戦争にかけて旧幕府軍や新政府軍の主力野戦砲として使用されました。
五稜郭タワーに展示されている四斤山砲のレプリカは函館で毎年5月に開催される「函館五稜郭祭」をはじめとする箱館戦争に関するイベントに登場し号砲を響かせています。
第56回箱館五稜郭祭【(2025年5月24日放送)函館市民ニュース】
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