初代「通天閣」の建設(1912年7月3日)
明治28年(1895年)、平安京遷都1100年記念行事として京都において第4回内国勧業博覧会が開催された際に、内国勧業博覧会は東京、京都、大阪において輪番で開催することが決まりました。このことから第5回内国勧業博覧会は大阪で開催されることになっていましたが、東京で開催する機運が高まりました。
これに対し大阪商業会議所会頭の土居通夫は協定違反であり大阪の信用が失墜させると激高し資金を集めて大阪誘致運動を行いました。その結果、明治36年(1903年)に第5回内国勧業博覧会の大阪開催が決まりました。土居は内国勧業博覧会を成功させるためパリへ渡り万国博覧会の詳細な仕組みを調査、第5回内国勧業博覧会を成功に導きました。
第5回内国勧業博覧会が閉会すると土居は博覧会跡地に娯楽施設の建設を構想し現在の新世界に「ルナパーク」を開設しました。そしてルナパークにパリのエッフェル塔を模した塔を建設することを構想しました。多くの関係者は塔の建設に反対しましたが、土居は周囲の反対を押し切って塔の計画を進めました。塔はパリの凱旋門の上にエッフェル塔の上半分をのせたようなデザインで設計は設楽貞雄が手がけました。ルナパーク開発会社で土居が社長を務めた大阪土地建物が建設を行いました。建設費用は約9万7000円とされています。
明治45年(1912年)7月3日、塔はルナパークとともに完成しました。塔の名前は儒学者の藤沢南岳によって「通天閣」と命名されました。「通」は土居通夫の「通」とされています。当初の入場料は10銭、高さは300尺(約91メートル)と宣伝されましたが実際は約75メートルでした。
通天閣は、東京浅草の「凌雲閣」、神戸新開地の「神戸タワー」と共に「日本三大望楼」と称され当時の日本を代表するランドマークとなりました。この初代「通天閣」は昭和18年(1943年)1月の火災で大破しました。その後、戦時下の鉄材供出により解体・撤去されました。現在の「通天閣」は昭和31年(1956年)に再建された2代目「通天閣」です。
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