ボーイング社が創業(1916年7月15日)
1909年、材木会社の社長を努めていたウィリアム・エドワード・ボーイングはワシントン州シアトルに旅行したときに初めて飛行機を見て航空機に魅せられた。ボーイングは友人の海軍技師ジョージ・コンラッド・ウェスターベルトと航空機を共同開発することにしました。
ボーイングとウエスターバレットは水上飛行機B&Wシープレーン(ボーイングモデル1)を共同開発し、1916年7月15日に2人のイニシャルをを社名とした航空機製造会社「B&W」を設立しました。
B&W社は設立後間もなく社名をパシフィック・エアロ・プロダクツ社に変更しました。同年、ウェスターベルトは海軍から西海岸へ転勤を命じられたため同社を退職しました。ボーイングは翌1917年に社名をボーイング航空機株式会社と改名しました。当時、第一次世界大戦中であり海軍は練習機としてボーイング社の双フロート複葉単発機モデルCを採用、ボーイング社は約700機を納入し航空機メーカーとしての地位を築きました。しかし1918年に第一次世界大戦が終了すると軍用機の需要はなくなりました。当時は旅客輸送の需要はありませんでした。一方で郵便事業の航空郵の需要が高まったことから、ボーイング社はアメリカのシアトルとカナダのバンクーバーの間で世界初の国際航空郵便業務を始めました。
1920年代になると再び軍用機の需要が高まりボーイング社は戦闘機メーカーのリーディングカンパニーとなりました。しかし民間の輸送機や旅客機の需要は十分ではなく航空機産業の将来は決して楽観できるものでありませんでした。ボーイング社は航空郵便のビジネスを続け1927年にボーイング・エラー・トランスポート社を設立しました。
1933年、ボーイング社は金属製で低翼・単葉・引き込み脚を採用した当時としては画期的な旅客機ボーイング247を開発しました。ボーイング247は巡航速度300 km/hでアメリカ大陸を8時間で横断することができたことから多くのアメリカの航空会社がボーイング247を採用しました。こうして民間航空機時代の幕が開けたのです。
Amazonアソシエイトとしてブログ「夜明け前」は適格販売により収入を得ています。
| 固定リンク | 0
「今日は何の日」カテゴリの記事
- 成人の日の由来「元服の儀」|小正月(1月15日)(2026.01.15)
- 江島生島事件(正徳4年 1714年1月12日)(2026.01.12)
- マンテル大尉事件(1948年1月7日)(2026.01.07)
- 警備体制の見直しのきっかけとなった二重橋事件(昭和29年 1954年1月2日)(2026.01.02)
- 神武天皇が初代天皇に即位(紀元前660年1月1日)(2026.01.01)
「飛行機」カテゴリの記事
- マンテル大尉事件(1948年1月7日)(2026.01.07)
- 三菱 零式艦上戦闘機二一型|デアゴスティーニ 第二次世界大戦 日本の傑作機コレクション 創刊号(2025.10.09)
- ボーイング社が創業(1916年7月15日)(2025.07.15)
- 一〇〇式重爆撃機「呑龍」(2025.06.14)




コメント