この世で一番悲しいことを実践した「福澤心訓」
額に入れられて飾られている次のような7条からなる教訓を見たことがあるでしょうか。この文章は一般に「福澤心訓」と呼ばれているものです。他に「福沢心訓」「福沢諭吉翁心訓」「福沢心訓七則」「諭吉心訓」「心訓」「七則」と題されることもあります。
心訓
一、世の中で一番楽しく立派な事は 一生涯を貫く仕事を持つという事です。
一、世の中で一番みじめな事は 人間として教養のない事です。
一、世の中で一番さびしい事は する仕事のない事です。
一、世の中で一番みにくい事は 他人の生活をうらやむ事です。
一、世の中で一番尊い事は 人の為に奉仕して決して恩にきせない事です。
一、世の中で一番美しい事は 全ての物に愛情を持つ事です。
一、世の中で一番悲しい事は うそをつく事です。
「福澤心訓」は題名の通り福沢諭吉が著した教訓として知られていますが、福沢諭吉がこのような教訓を残したという記録はありません。実際には作者不明の偽作であることが判明しています。慶応義塾大学も偽作であることを表明しています。
最初に「福澤心訓」を偽作であると指摘したのは「福澤諭吉全集」をまとめた富田正文氏です。富田氏は「福澤心訓」について1950年代の終わり頃から問い合わせが多くなったことから「福澤心訓」の文書を調べてみました。富田氏は7条はどれも立派な訓えではあるが、文体が福沢諭吉が活躍していた明治時代のものではないこと、福沢諭吉が書き残したものから拾い出したものではないことを指摘しています。そして、この7条を創作した作者は福澤諭吉の名を借りたばかりに自分の訓えの一つ「一、世の中で一番悲しい事は うそをつく事です。」にそむく結果となってしまったと皮肉っています(福澤諭吉全集第20巻 1963年初版刊行)。
なお福沢諭吉は子息の兄弟に「ひゞのをしへ」という教訓を残しています。福沢諭吉は毎日1つの教訓を兄弟に渡しました。「福澤心訓」は「ひゞのをしへ」を参考に創作されたものではないかという説もあります。
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