所得税法の公布(明治20年 1887年3月23日)
明治20年(1887年)3月23日、日本で初めて「所得税法」が公布されました。「所得税法」公布前の日本の税収は地租や酒造税などが中心でした。当時、政治に参加できるのは地租を納める大地主に限られていたことから自由民権運動を進める団体が選挙権のあり方を批判していました。政府も地租の納税義務者以外の資本家に対して選挙権を与えることにしました。また明治15年(1882年)に朝鮮で起きた壬午軍乱以降、清国に対する軍備の増強が必要となり税収を増やす必要がありました。このような背景のもと徴税に関する法整備が必要となり「所得税法」が公布されたのです。
当初の所得税は個人に対する課税ではなく世帯合算課税で戸主に納税義務が課せられました。すべての戸主が課税の対象となったわけではなく年間所得が300円以上の戸主に納税義務が発生しました。徴税は所得に対して1%(300円)から3%(3万円以上)までの5段階の累進課税方式が採用されました。
所得税法を承認し、ここに公布する。
天皇 睦仁
内閣総理大臣 伊藤博文
大蔵大臣 松方正義
勅令第五号 所得税法
第一条 すべての国民で、資産や営業などから生じる一年間の所得金額が三百円以上である者は、この税法に基づいて所得税を納めなければならない。ただし、同居の家族に属する者の所得は、すべて世帯主の所得に合算するものとする。
第二条 所得は、次の規定に基づいて算出する。
公債証書その他政府が発行する、または政府の特許を得て発行する証券の利子、営業によらない貸付金や預金の利子、株式の利益配当金、官民から受け取る俸給、手当金、年金、恩給金、割賦賞与金は、そのままその金額を所得とする。第一項を除く、資産や営業などから生じる所得は、その種類に応じて収入金額または収入物品を基準とする。
当時、所得が300円以上となる戸主は多くなく、納税義務は社会的地位を示すことにもなりました。そのため所得税は富裕税や名誉税とも呼ばれました。課税の対象とされたのは全戸数の1.5%の約12万人で納税額も税収の約0.8%に過ぎませんでした。つまり選挙権を新たに付与され国民はわずかでした。明治23年(1890年)に行われたた日本最初の国政選挙「第1回衆議院議員総選挙」では直接国税15円以上を納付している満25歳以上の男性に選挙権が与えられました。
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