「ヒジカタ君の華麗なるカレー」のカレーなるお話(ベル食品)
函館空港でお土産売り場を歩いていたら土方歳三のコーナーがありました。1月にはなかったので最近作られたコーナーではないかと思います。ぬいぐるみ、財布、手ぬぐいなど小物がたくさん並んでいます。その中にレトルトカレー「ヒジカタ君の華麗なるカレー」がありました。
いつもラッキーピエロのレトルトカレーを買って帰るのですが今回は「ヒジカタ君の華麗なるカレー」も買ってきました。土方歳三とカレーライスの関係は謎ですが幕末にはカレーライスは存在していました。
日本で初めてカレーを紹介したのは福沢諭吉とされています。万延元年(1860年)に諭吉が初めて出版した著書「増訂華英通語」に「Curry コルリ」とあります。「増訂華英通語」は諭吉が万延元年に咸臨丸で米国を訪れたときに清国の英単語集「華英通語」を入手し、これに日本語の読みをつけたものです。アメリカで販売されいた英語の単語帳ですから当時の日本人がカレーライスを食べていたということにはなりません。
いろいろ調べてみると慶応3年(1867年)に三河屋久兵衛が江戸に西洋料理店を出店するにあたり幕府外国方御役所へ「西洋御料理御献立」を提出しています。この著作には英国式のエビカレーとチキンカレーの献立が書かれています。当時は675年に天武天皇が出した肉食禁止令が有効だったためカレーライスは普及しませんでした。
王政復古の大号令が発令されたのは慶応3年12月(1868年1月)です。慶応4年(1868年)1月に鳥羽伏見の戦を皮切りに戊辰戦争が発生しました。同年4月に江戸城無血開城し、同年12月に榎本武揚が箱館政権を樹立しています。榎本武揚は西洋の文化に慣れ親しんでいましたからカレーを食べた経験はあったかもしれません。もしかすると榎本武揚は土方歳三にカレーライスを勧めたことがあったかもしれません。
余談ですが箱館政権の通詞だった五島英吉は箱館戦争後はハリストス正教会に匿われそこで料理を学び、後に函館のレストラン五島軒の初代料理長となりました。英吉が作ったカレーは「函館カレー」として販売されています。
さて「ヒジカタ君の華麗なるカレー」はポークカレーとあります。日本で肉食奇異指令が解除されたのは明治4年(1871年)です。「ヒジカタ君の華麗なるカレー」はエビカレーあたりにすると良かったかもしれません。
「ヒジカタ君の華麗なるカレー」、どの食品メーカーが製造・販売しているのかと思ったらなんとベル食品でした。
- 原材料名 豚肉(北海道産)、じゃがいも(北海道産)、牛乳、カレールウ、野菜炒めペースト、オニオンソテー、食用乳化油脂、ポークエキス、チキンエキス、香辛料、豚脂、てん菜糖蜜、チャツネ、しょうゆ、濃厚ソース、しょうがペースト、にんにくペースト、たんぱく加水分解物/調味料(アミノ酸等)、カラメル色素、増粘剤(加工デンプン)、酸味料、乳化剤、香料、(一部に乳成分・小麦・大豆・鶏肉・豚肉・りんごを含む)
- 内容量 200g
- 製造者 ベル食品株式会社
ベル食品と言えば子どもの頃から「成吉思汗たれ」でお世話になっています。自分はジンギスカンを食べるタレは「成吉思汗たれ」以外には考えられません。
Amazonアソシエイトとしてブログ「夜明け前」は適格販売により収入を得ています。
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