文化の大火(文化3年 1806年3月4日)
文化3年(1806年)3月4日午前10時頃、江戸の芝の車町(牛町)(現在の東京都港区高輪2丁目)の材木座あたりで火事が発生しました。薩摩藩上屋敷(芝公園)および増上寺五重塔が全焼し強風にあおられて延焼し木挽町・数寄屋橋、京橋・日本橋のほとんど殆どを焼失しました。さらに神田、浅草方面まで燃え広がり大火となりましたが翌日の降雨でようやく鎮火しました。約12万6000戸の家屋が焼失し1200人以上の死者が出ました。町奉行所は救援活動を行い江戸8か所で炊き出しを行い被災者11万人以上に支援金を支給しました。
この大火は「文化の大火」と呼ばれ、「明暦の大火」(明暦3年 1657年1月18日)と「明和の大火」(明和9年 1772年 2月29日)と並ぶ江戸三大大火の一つとされています。丙寅の年に大火のため丙寅の大火、車町火事・牛町火事とも呼ばれます。度重なる大火に対して第11代将軍の徳川家斉は延焼を防ぐため広小路を作るなど江戸の火災対策を強化しました。
この頃、「遠山の金さん」で有名な若かりし頃の遠山金四郎景元は江戸の町で放蕩生活をしていたと伝えられています。景元は庶民の生活の厳しさや娯楽の重要性を認識したのでしょう。
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