鉄の記念日(1857年12月1日)
嘉永6年(1853年)、水戸藩主の徳川斉昭は鉄製大砲を製造するため那珂湊反射炉を建設しました。反射炉の建設にあたり水戸藩は盛岡藩で御鉄砲役を務め蘭学や採鉱術をはじめとする豊富な知識を身につけていた大島高任(おおしまたかとう)を招きました。高任は他の技術者とともに反射炉の建設を進め安政2年11月26日(1856年1月3日)に第一炉が完成しました。この反射炉で鉄製大砲の鋳造に成功しましたが、原材料として使われた鉄が砂鉄だったため大砲の性能は制限されました。
列強に匹敵する大砲を製造するためには高品質な鉄と製鉄技術が必要です。高任は良質な磁鉄鉱が産出される大橋(釜石)に南部藩の承諾を得て西洋式高炉を建設しました。高炉の建設にあたり高任はオランダのウルリッヒ・ヒュゲーニン著「ロイク王立鉄製大砲鋳造所における鋳造法」(Het Gietwezen in's Rijks Ijzer - geschutgieterij te Luik)を参考にしました。この蘭書は天保7年(1836年)頃に高島流砲術の創始者の高島秋帆が入手したとされますが翻訳されたものはありませんでした。佐賀藩の第10代藩主鍋島直正が藩の蘭方医の伊東玄朴らに翻訳を命じ、それをもとに建造されたのが佐賀藩の築地反射炉です。
高任は建設した高炉を用いて安政4年12月1日(1858年1月15日)に鉄鉱石の製錬による本格的な連続出銑に成功しました。日本において高炉での出銑は安政元年(1854年)の鹿児島の集成館高炉によるものですが、高任の高炉は日本初の商用高炉とされています。これを記念し昭和33年(1958年)に日本鉄鋼連盟が12月1日を「鉄の日」と制定しました。
高任は明治以降も鉱業界で活躍しました。明治4年(1871年)には岩倉使節団に同行し海外の鉱山を視察しています。明治7年(1874年)には釜石に新設される国内初の官営製鉄所の建設計画に参画しましたがドイツ人技師ルイス・ビヤンヒーと意見が対立しました。高任は小型高炉を建設し運河を整備するべきと主張し、ビヤンヒーは大型高炉を建設し鉄道を整備するべきと主張しました。政府がビヤンヒーの主張を採用したため高任は計画を降りて釜石から離れました。この官営製鉄所は3年で頓挫し、「鉄商」と呼ばれた田中長兵衛に払い下げられ所長の横山久太郎らによって民間企業として再建されました。高任と同型の高炉が建設され試験操業を重ね明治19年(1886年)10月16日に49回目の試験にて連続出銑に成功しました。このことから10月16日は釜石製鉄所の創立記念日とされています。
高任は幕末から明治まで鉱業界で中心人物として活躍したことから「日本近代製鉄の父」と呼ばれています。明治23年(1890年)には日本鉱業会の初代会長に就任しています。
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