明治時代が始まる(1868年9月8日)
慶応3年(1867年)、江戸幕府の15代将軍の徳川慶喜が大政奉還を行うと明治天皇は勅令「王政復古の大号令」を発しました。これによって新政府が成立し江戸幕府は終焉しました。
第121代孝明天皇と公武合体を進めようとしていた徳川慶喜と佐幕派の大名は大政奉還をしたうえで新政府への参画を考えていました。しかし、慶応2年(1866年)12月25日に孝明天皇が崩御しその後ろ盾を失っていました。孝明天皇が崩御すると慶応3年1月9日(1867年)に明治天皇が14歳で第122代天皇を継承しました。。即位の礼は同年11月に執り行う予定でしたが「大政奉還」に始まる混乱により見送られました。
これをきっかけに倒幕派の公家、薩摩藩、長州藩が台頭し徳川慶喜の排除を画策しはじめました。薩摩藩の西郷隆盛は幕府を挑発するため勤王派浪士たちに江戸の名だたる商家を襲撃させました。幕府は江戸市中の警備を強化しましたが勤王派浪士は過激な活動を続け、たまりかねた幕府はこれを薩摩藩の開戦と見なし慶喜は朝廷に薩摩藩の罪を訴え京都に軍勢を送りました。これがきっかけとなって慶応4年(1868年)1月3日に鳥羽・伏見の戦いが起こり戊辰戦争が開戦したのです。
明治天皇の即位の礼は慶応4年(1868年)8月27日)に執り行われました。即位の礼は江戸時代の唐風儀式を取りやめ日本古来の方式で行われました。新政府は徳川幕府の時代が終焉し新しい時代を迎えることを知らしめたのです。
慶応4年4月11日(同年5月3日)に江戸開城すると新政府は同年5月12日(同年7月1日)に江戸府を設置し7月17日(9月3日)に江戸を東京と改称、江戸府は東京府となりました。この日、明治政府が「江戸を東京と称す」との明治天皇の公文書「詔書」を公示しています。
明治元年(1869)年に明治天皇が皇居に入ると東京は事実上の首都となりました。
慶応4年(1868年)9月8日(1868年10月23日)、明治に改元されました。慶応は江戸時代における最後の元号となりました。明治以降は一世一元の制となり(一世一元の詔発布)となり同じ天皇の時代に改元されることはなくなりました。
戊辰戦争の最後の戦いとなった箱館戦争が終結したのは明治2年(1869年)5月18日(1869年6月27日)のことです。
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