明治天皇が崩御(1912年7月29日)
明治天皇が崩御したのは公式には明治45年(1912年)7月30日午前0時43分とされています。明治天皇の崩御により皇太子嘉仁親王が皇位継承し第123代天皇となり大正時代が始まりました。
明治天皇は同年7月11日に東京帝国大学卒業式に出席したあたりから体調を崩し病状が悪化し重態でした。当時の記録によると明治天皇が実際に崩御したのは明治45年(1912年)7月29日22時43分であり公式に発表された日時より2時間早い前日のことでした。
これは皇太子が天皇になるための践祚の儀式は天皇の崩御日に行わなければならないという規定があり、29日のうちに儀式を執り行うことができなかった崩御の時刻を2時間遅らせ7月30日午前0時43分としたという経緯がありました。
明治天皇の大喪儀は大正元年9月13日に執り行われました。大日本帝國陸軍練兵場(明治神宮外苑)で葬儀が執り行われ翌14日に伏見桃山陵に埋葬されました。
天皇1代の元号を1つにする一世一元の法の制定前のため大正元年8月27日に大正天皇が追号を明治天皇とすると勅定しました。
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