ミラード・フィルモアが第13代アメリカ合衆国大統領に就任(1850年7月9日)
ミラード・フィルモアはアメリカ合衆国の第13代大統領です。第12代大統領ザカリー・テイラーのもとで副大統領を務めていましたがテイラーが1850年7月9日にコレラで病死したため同日付で大統領に就任しました。
フィルモアは大陸横断鉄道の建設を推進した人物として高く評価されています。または当時フランスの影響を受けていたイギリス保護領ハワイ王国を米国の影響下に置いたことも評価されいます。
フィルモアの大きな成果として日本の開国があります。1851年5月29日(嘉永4年4月30日)、フィルモアは日本の開国と通商条約締結を目的として東インド艦隊司令官代将ジョン・オーリックに遣日特使の任務を与えました。同年6月8日にオーリックは蒸気フリゲート艦サスケハナで出発しました。サスケハナは東インド艦隊と合流しその旗艦となる予定でしたが、オーリックがサスケハナ艦長と問題を起こしたため更迭されました。1852年2月、代将マシュー・カルブレース・ペリーに遣日特使の任が与えられました。
ペリーが率いる東インド艦隊が浦賀沖に現れたのは1853年7月8日(嘉永6年6月3日)午後5時頃です。ペリーは日本に対して開港と通常条約締結を求めるフィルモア大統領の親書を幕府に渡すためにやってきました。黒船来航と言われるこの事件で幕政は大混乱、日本は幕末を迎え新たな時代を迎えることになったのです。
【関連記事】
・イギリス船ブラザーズ号が浦賀に来港(1818年5月14日)
・米国捕鯨船マンハッタン号が日本に寄港(1845年4月18日)
・東インド艦隊司令長官ジェームズ・ビドルが浦賀に来航(1846年5月26日)
・イギリス軍艦マリーナ号が浦賀で測量開始(1849年4月9日)
・マシュー・ペリー提督の艦隊の再来航(1854年1月16日)
・ペリーが日本初の電信の公開実験を行う(1854年の2月24日)
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