フランシスコ・ザビエルが来日(1549年7月22日)
フランシスコ・ザビエルは16世紀のスペイン出身のカトリック司祭・宣教師でイエズス会の創設メンバーの一人です。
世界各地での宣教を目指していたイエズス会はポルトガル王ジョアン3世の依頼で会員をポルトガル領インド西海岸のゴアに派遣することになりました。ゴア行き打診されたフランシスコ・ザビエルは承諾し1540年3月15日にローマを出発しポルトガルのリスボンに向かいました。リスボンでミセル・パウロ、フランシスコ・マンシリアス、ディエゴ・フェルナンデスと合流し1541年4月7日にリスボンを出発しました。同年8月にアフリカのモザンビークに到着しここでしらばく過ごして1542年5月6日にゴアに到着しました。
ザビエルはゴアを拠点とし各地で宣教を始め多くの人々をキリスト教に導き信者としました。1547年12月にマラッカで日本人ヤジロウ(アンジロー、安次郎)に出会いました。ヤジロウは薩摩もしくは大隅の鹿児島出身で若い頃に殺人を犯し、天文15年(1546年)に商人ジョルジュ・アルヴァレスのポルトガル船でマラッカに逃れたと伝えられています。ジョルジュは罪を告白したいと考えていたヤジロウをザビエルに引き合わせました。ヤジロウはザビエルによりゴアの教会で洗礼を受けパウロ・デ・サンタ・フェ(聖信パウロ)の名を授かりました。このヤジロウが日本人で初めて洗礼を受けイエズス会の信者となった人物とされています。フロイスの著書「日本史」ではヤジロウは八幡と紹介されています。この八幡は当時朝鮮や中国沿岸に出没していた日本の海賊船のことですからヤジロウは海賊や貿易に関わっていたと考えられています。
ザビエルはヤジロウに日本でのキリスト教布教の可能性について尋ねると、ヤジロウは日本人の気質や日本の様子をザビエルに伝え布教は円滑に進むと答えました。ザビエルはヤジロウを気に入り日本で布教を行うため訪日することを決断しました。
ザビエルは1548年11月にゴアで宣教監督となりました。翌1549年4月15日、イエズス会士コスメ・デ・トーレス神父、フアン・フェルナンデス修道士、中国人のマヌエル、インド人のアマドール、日本人のヤジロウらとともにゴアを出発し日本を目指しました。日本上陸にはヤジロウが案内を行い薩摩半島の坊津に上陸し、許可を得て1549年8月15日(天文18年7月22日)に現在の鹿児島市祇園之洲町を訪れました。この日はちょうど聖母被昇天の祝日にあたり、ザビエルは日本を聖母マリアに捧げる儀式を行いました。日本におけるキリスト教布教の第一歩を記しました。ヤジロウはザビエルの通訳者として働きながらキリスト教の書物などを日本語に翻訳し日本での布教・宣教活動に貢献しました。
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