松前藩がゴローニンを捕縛|ゴローニン事件(1811年6月4日)
1807年7月、北太平洋地域の調査の命令を受けたロシア軍艦スループ船ディアナ号の艦長ヴァシリー・ミハイロヴィチ・ゴローニン海軍大尉はサンクトペテルブルク沖合フィンランド湾に浮かぶコトリン島クロンシュタットからカムチャッカまでの世界一周航海に出ました。ディアナ号は赤道を越えてブラジルに向かいました。1808年4月、アフリカ大陸の喜望峰からアジアに向かおうとしたところで英露戦争の影響によりイギリス軍に拿捕されました。ディアナ号はここで1年以上も拘留されましたが1809年5月に視界不良と順風が重なった日に逃亡しました。ダイアナ号は1810年にカムチャッカに到着しました。
文化8年(1811年)、ディアナ号はカムチャッカのペトロパブロフスクから千島列島南部の測量に向かいました。同年5月に択捉島の北側から上陸したところ千島アイヌ漂流民の護送をしていた松前奉行所調役下役の石坂武兵衛と出会いました。ゴローニンが薪水の補給を要請すると武兵衛は振別会所に赴くよう指示しました。ところが天候が悪く逆風であったことや当時未開地であった根室海峡にも関心があったためゴローニンは振別には向かわず国後島の南部に向かいました。
5月27日、ディアナ号が泊湾に入港したところ国後陣屋の松前奉行支配調役の奈佐瀬左衛門が砲撃で警告すると、ゴローニンは補給を要請しました。6月3日に武装した日本の役人に陣屋に赴くよう指示され、6月4日、ゴローニン、フョードル・ムール少尉、アンドレ・フレブニコフ航海士をはじめとする水夫らが陣屋を訪問しました。国後陣屋はゴローニンらを接待し松前奉行に補給の許可を得るまで人質を預けるよう要求しましたが、ゴローニンがこれを無視してディアナ号に引き上げようとしたためゴローニンらを捕縛しました。
これを受けてディアナ号副艦長ピョートル・リコルドはゴローニンらを救出するため国後陣屋を砲撃しましたが逆に彼らの身が危うくなる可能性があることから救出を断念しオホーツクへ戻りました。
その後、ゴローニンらは陸路で箱館に連行されました。7月2日に箱館に到着し箱館詰吟味役の大島栄次郎の予備尋問を受け、8月25日に松前で監禁されました。松前奉行の荒尾成章の取り調べの結果、ゴローニンは文化3年(1806年)と文化4年(1807年)の文化露寇の事件(フヴォストフ事件)とは無関係であることが判明し幕府に対してゴローニンらの釈放を上申しましたが却下されたのです。
この続きはまた別の機会に。
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