横浜港の開港記念日(1859年6月2日)
安政5年(1858年)に幕府がアメリカ・オランダ・ロシア・イギリス・フランスの5ヵ国と結んだ安政五カ国条約によってそれまで開港されていた下田と箱館に加えて横浜港と長崎港が開港されることになりました。
横浜港は安政6年6月2日(1859年7月1日)に日露修好通商条約、日英修好通商条約、安政6年6月5日(1859年7月4日)に日米修好通商条約、日蘭修好通商条約、安政6年7月17日(1859年8月15日)に日仏修好通商条約に基づいて開港されることになっていまし。それぞれの条約には最恵国待遇が定められていたため最も早く開港された安政6年6月2日(1859年7月1日)に5カ国に対して開港されました。
幕府は開港日に祝賀行事などを行いませんでしたが翌年の万延元年6月2日(1860年7月19日)に洲干弁天社で開港1周年の祝賀祭が盛大に行われました。以降、この日が開港記念日となりました。明治42年(1909年)の開港50周年で記念事業が新暦7月1日に行われ、大将7年(1918年)には7月1日が開校記念日と定められました。しかし、昭和3年(1928年)には開港記念日を7月1日から6月2日にすることになり新暦6月2日が開校記念日となりました。
長崎港は古くから開港されており開港記念日は天正16年4月2日(1588年4月27日)に豊臣秀吉が鍋島直茂を長崎代官に任命したことに由来します。
また6月2日は「横浜カレー記念日」でもあります。横浜開港のときに日本にカレーがやって来たことに由来し「横濱カレーミュージアム」が制定しました。
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