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2024年5月 4日 (土)

第14話「戊辰戦争開戦」|明日なき戦いの果てに

ココログ「夜明け前」公式サイト

 王政復古の大号令が発せられ新政府が樹立すると、徳川家が政治の中心的役割を果たすことに反対する薩摩藩や長州藩の勢力が主導権を握った。慶喜は領地を朝廷に返還し、内大臣を辞職することになった。

 慶喜は恭順したように見せかけ二条城から大阪城に移り大阪の地の利を活かして政治的に優位に立とうと画策した。諸外国には外交はこれまで通り行うと宣言、新政府内でも土佐藩や越前藩など佐幕派が徳川家再生を図り大政奉還後の徳川家への厳しい対応が綻び始めた。

 この状況を憂慮した西郷隆盛は幕府を挑発するため江戸を中心に関東各地で勤王派浪士らに薩摩のしわざとわかるように商家を襲撃させた。浪士らには多数の狼藉者も含まれ江戸市民から薩摩御用盗と呼ばれ恐れられた。

 幕府は江戸市中警備を強化したが浪士らを刺激しないよう配慮したため被害は拡大した。江戸城の西の丸が放火により消失、警備を担う庄内藩屯所への発砲事件が起こると、慶応3年(1867年)12月25日に新徴組が江戸薩摩藩邸を襲撃し焼失させた。慶喜はこの江戸薩摩藩邸の焼討事件を幕府と薩摩藩の開戦と見なし朝廷に薩摩藩の罪を訴え京都に軍勢を送った。

 慶応4年1月2日、旧幕府軍艦2隻が兵庫沖で薩摩藩軍艦を砲撃、翌3日に慶喜は大坂で諸外国に薩摩藩と開戦したことを宣言した。同日、京都郊外で新政府軍と旧幕府軍による鳥羽・伏見の戦いが起こり戊辰戦争が始まったのである。

戸薩摩藩邸の焼討事件と鳥羽・伏見の戦
戸薩摩藩邸の焼討事件と鳥羽・伏見の戦

 

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