日本ダービー記念日(1932年4月24日)
日本で初めての西洋式の競馬は江戸時代の安政5年(1858年)に締結された日米修好通商条約をはじめとする安政五カ国条約による鎖国の解除がきっかけとなって開催されました。この条約に基づいて安政6年に横浜港が開港され外国人居留地が設置されました。安政7年に横浜の元町で居留地競馬が開催されこれが日本最古の洋式競馬の開催となりました。この居留地競馬は治外法権で馬券が発売されていました。やがて国内の各地で洋式競馬が開催されるようになりましたが当時の競馬はあくまで上流階級向けのものでした。また法律で馬券の販売ができなかったことから経営が成り立たず各地の洋式競馬は1890年代の終わりには終焉してしまいました。
大正時代になると競走馬の生産業者から英国クラシック競走のダービーステークスのような高額賞金の競走を開催し馬産奨励をしてほしいという要望が高まり、東京競馬倶楽部会長の安田伊左衛門は英国エプソム競馬場のダービーステークスを参考に4歳場(現在は3歳場)の「東京優駿大競走」を創設しました。
第1回「東京優駿大競走」は昭和7年(1932年)4月24日に目黒競馬場で芝2400m競争として行われました。出走は19頭で優勝は1番人気のワカタカでした。パドックの様子から本馬場入場、本競争、表彰台までの様子が全国にラジオ中継されました。
優勝馬の賞金は副賞などと合わせて約2万5000円となりました。当時の国内競争の最高賞金額は6千円でしたから競走馬の生産業者の要望通り高額賞金競争となりました。「東京優駿大競走」をきっかけとして競走馬の取引価格も高まりました。
【関連記事】日本ダービー記念日(1932年4月24日)
・トキノミノル日本ダービー優勝で10戦10勝(1951年6月3日)
・第1回中山グランプリ(有馬記念)が開催(1956年12月23日)
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