慰問袋を手にして喜ぶ兵隊さん
慰問袋は戦地へ出征した兵士を慰め不便を改善し士気を高めるため届けられた袋です。慰問袋は木綿のさらしや手拭い二つ折りしたものですい。その中にはちり紙、手拭い、石鹸などの日用品、シャツ、腹巻きなどの衣料品、食料品、薬品、写真、絵画、お守り札などが入れられ、差出人の住所と氏名を記した手紙が添えられました。慰問袋は日露戦争から始まりました。次の写真の慰問袋はダニ二次世界大戦で東南アジアの戦地に届けられたものです。今では普段の生活で当たり前のものかもしれませんが、心がこもったたくさんの楽しみが詰まっていたのです。
慰問袋の中身は戦地の戦況や生活環境なども考慮された内容となっていました。遙か遠く離れた日本から届く慰問袋は戦地で戦う兵士たちにとって楽しみでした。それを手にしたときには喜び、望郷の想いに駆られたことでしょう。
次の写真は慰問袋を手にした日本陸軍の兵士たちです。同僚の兵士が撮影した写真との裏書きがありました。毎日、厳しい環境の戦地で戦っていたことでしょう。慰問袋を手にしたこのときばかりは同僚が向けたカメラのレンズの前でとても良い笑顔をしています。
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