「佐賀の乱」勃発(1874年2月1日)|明治政府に対する士族の反乱
明治新政府は戊辰戦争後に政治の改革を進めますが意見対立もあり方針はなかなか定まりませんでした。明治4年(1871年)に廃藩置県を行った後も新政府の改革に反発する士族は少なくありませんでした。その中でも大きな意見対立は西南戦争の原因となった征韓論です。
明治6年(1873年)10月14日の閣議で征韓論が議題に上り政府内で対立が起こりました。征韓論を主張する西郷隆盛、板垣退助、副島種臣、江藤新平が下野しました。
明治7年(1874年)2月1日、佐賀県で明治政府に対する士族の反乱「佐賀の乱」(佐賀の役、佐賀戦争)が起こりました。征韓論を唱える江藤新平を擁する征韓党と島義勇を擁する憂国党が中心となった旧佐賀藩の士族たちの反乱軍が政府に対して武装蜂起したのです。
しかし、征韓党と憂国党との間においても意見対立が多く、また佐賀藩内にも反乱に対する反対派も多く、反乱軍が一丸となって政府軍と戦うことにはなりませんでした。政府軍は西洋の知識と技術を取り入れた近代的な軍備を備えており、反乱軍は圧倒的な政府軍の前に1ヶ月であっという間に鎮圧されました。
この佐賀の乱は国政を変えることはありませんでしたが象徴的な士族の反乱となり、その後の西南戦争をはじめとする各地の反乱に影響しました。
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