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2024年1月 2日 (火)

新聞に初めて写真が掲載|報知新聞と川上貞奴

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 明治37年(1904年)1月2日、日本の新聞に初めて写真が掲載されました。日本で初めて写真を掲載したのは報知新聞で被写体となったのは日本初の女優とされる川上貞奴です。

 川上貞奴は東京日本橋の両替商の越後屋に生まれましたが、実家が衰退したため7歳で芸妓置屋「濱田屋」の養女となり貞奴を襲名しました。日本舞踊など技芸に秀で才色兼備の貞奴は注目されるいおうになり政治家や各界の有名人などから贔屓にされました。

川上貞奴
川上貞奴

 明治27年(1894年)、貞奴は自由民権運動活動家で「オッペケペー節」で有名となった興行師の川上音二郎と結婚しました。当初は音二郎の政治活動で厳しい生活を強いられましたが、明治32年(1899年)に川上音二郎一座と渡米し巡演に同行した。この巡演で日本の伝統的な着物を着た演技力の高い日本舞踊で貞奴は絶賛されました。明治33年(1900年)にはロンドンで公演、この年開催されたパリ万国博覧会に招かれ舞台公演で称賛されました。フランス大統領の園遊会でも舞を披露しました。

 パリ万博の公演を見た彫刻家オーギュスト・ロダンは貞奴の彫刻を彫りたいと申し出ました。貞奴はスケジュールが合わず、またロダンを知らなかったため断ってしまいました。ピカソ、アンドレ・ジッド、イサドラ・ダンカン、クロード・ドビュッシーなどの芸術家たちも貞奴の演技を絶賛しました。貞奴の影響で「ヤッコドレス」が流行しました。貞奴はフランス政府からオフィシェ・ダ・アカデミー勲章を授与されました。

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