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2023年12月22日 (金)

三方ヶ原の戦いで家康の身代わりとなった夏目廣次(吉信)(1572年12月22日)

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 徳川家康の譜代家臣の夏目吉信は永正15年(1518年)に三河国幡豆郡六栗村(愛知県額田郡幸田町)で生まれました。夏目家は古くから松平家(徳川家)の譜代衆で父の夏目吉久も松平清康と宏忠に仕えました。吉信の通称は通称は次郎左衛門でしたが15歳のときに手柄を立て家康の父の松平廣忠から廣の字を賜り廣次に改名しました。

 家康は天文16年(1547年)に駿河国の今川家の人質となりました。永禄3年(1560年)の桶狭間の戦いで今川義元が討ちとられると、家康は今川家から独立し永禄4年(1561年)に織田家と清洲同盟を結び三河国平定をめざします。同年、家康は長沢松平家の長沢城(愛知県豊川市)を攻め長沢松平家を支配下に置きました。この戦で廣次は軍功をあげています。また永禄5年(1562年)家康は酒井忠次に今川家の八幡村城(愛知県豊川市)を攻略させています。このとき酒井の軍勢は城主の板倉重定の反撃で総崩れとなりました。このとき殿を務めたのが廣次でした。その後、槍半蔵と呼ばれた渡辺守綱の活躍もあって反撃に転じた酒井軍によって八幡村城は落城しました。廣次はこの軍功で家康から備前長光作の脇差を賜りました。

 永禄6年(1563年)、廣次に転機が訪れます。三河一向一揆です。この一揆では家康に敵対する徳川家家臣も多数出ました。廣次は自身が一向宗の門徒であったことから一揆側について徳川軍と戦い野場西城に籠城しました。このとき城を攻めていた松平伊忠が落城必至と諦めていた乙部八兵衛と久留正勝と内通し、野場西城が落城し廣次は捕らえられました。八兵衛が伊忠に廣次の助命を嘆願したことから松平伊忠に仕えることになりました。夏目家は家康の譜代家臣の立場を失ったのです。しかし、廣次は伊忠に忠実に仕えたことから伊忠が家康に嘆願し徳川家の家臣に帰参することになり家康から三河・遠江の郡代に任命されます。

 それから10年の時が流れた元亀3年(1573年)、武田信玄の軍と徳川・織田連合軍の間で「三方ヶ原の戦い」が起こります。この戦で浜松城で籠城していた家康は家臣の反対を押し切って打って出ますが、待ち受けていた武田軍の反撃に遭います。徳川・織田連合軍は多くの死傷者を出し敗戦濃厚となりました。廣次は浜松城を守っていましたが家康の危機を知り出陣しました。

 家康は戦場で正気を失い家臣の退却の進言を聞き入れず武田軍に向かって突撃を開始しようとしました。廣次は突撃をしかけようとする家康の乗る馬の向きを逆向きに変えて馬の脚を刀のみねで打ち馬を走らせました。そして、廣次は家康の兜をかぶり十文字の槍を手にわずかな配下とともに「我こそ家康である」と叫びながら武田軍に向かって突進し討ち死にしました。廣次が家康の身代わりとして影武者となったことで家康は危機を脱することができたのです。このとき夏目廣次55歳、徳川家康は30歳でした。家康は三方ヶ原戦死者の慰霊碑を法蔵寺に建立し「信誉徹忠居士」と刻んだ夏目廣次の墓を建てました。

 次の絵は徳川家康三方ヶ原戦役画像と呼ばれ三方ヶ原で惨敗した家康が肝に銘ずるため敗走時の姿を描かせたものとされています。実際、この伝承に根拠はありませんが、夏目廣次をはじめとして失った家臣への思いが伝わってくるような表情です。

徳川家康三方ヶ原戦役画像(徳川美術館所蔵)
徳川家康三方ヶ原戦役画像(徳川美術館所蔵)

 夏目廣次には5人の男子がいましたが長男の吉治と次男の吉季は早世していました。三男の信次は同僚を殺害したため出奔し名前を変えて徳川家に仕えていました。そのため四男の吉忠が家督を継ぎましたが、吉忠は病死し子も早世し家督を継ぐ者がいなくなりました。あるとき家康が信次に声をかけ廣次の息子と知り父の忠義から夏目姓を名乗ることを許しました。五男の吉次は加藤清正に仕えていましたが、徳川秀忠の家臣となりました。余談ですが夏目家は夏目漱石の祖先と言われています。

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