空母「信濃」沈没(1944年11月29日)
日本海軍「信濃」は昭和19年(1944年)11月19日に竣工した航空母艦です。もともとは大和型戦艦の3番艦(110号艦)として建造が計画されましたが、ミッドウェイ開戦後の戦局により戦艦から航空母艦に計画が変更されました。
「信濃」は昭和15年(1940年)の春から横須賀海軍工廠で建造されました。昭和17年(1942年)4月18日の横須賀海軍工廠は米軍機による日本本土に対する初めての空襲「ドーリットル空襲」を受けました。米海軍空母「ホーネット」を飛び立ったB-25爆撃機16機のうち1機が横須賀を空襲し空母に改造中の潜水母艦「大鯨」(後の飛龍)が被害を受けました。このとき「信濃」は「大鯨」の近くにいましたが被害は受けず米軍にも発見されませんでした。米軍による横須賀空襲はその後も度々行われました。
竣工した「信濃」は完成には至っていませんでしたが昭和19年(1944年)11月28日に空襲を避けるため呉海軍工廠に移されることになりました。第十七駆逐隊に護衛されながら紀伊半島潮岬の沖合を航行中の同年11月29日午前3時20分に米海軍バラオ級潜水艦「アーチャーフィッシュ」の攻撃を受けました。魚雷4本を受けた「信濃」は浸水を防ぐことができず傾き始め同日午前10時50分頃に転覆して沈没しました。「信濃」は竣工からわずか10日間で失われてしまったのです。
「アーチャーフィッシュ」はもともと東京空襲に参戦したB-29爆撃機のクルーの救助活動で日本近海にやってきてたのですが、「アーチャーフィッシュ」による「信濃」の撃沈は潜水艦が撃沈した軍艦の記録としては最大級の戦果となりました。
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