映画「レイダース/失われたアーク」公開(1981年6月12日)
映画「レイダース/失われたアーク」(Raiders of the Lost Ark)は1981年6月12日に米国で公開されたジョージ・ルーカスとフィリップ・カウフマン原作、スティーヴン・スピルバーグ監督、ハリソン・フォード主演の映画です。
1973年、映画「アメリカングラフィティ」を完成させたルーカスは自身が若い頃に楽しんだシリーズ映画を制作したいと考え、さまざまな謎を解き明かすために冒険をする考古学者の活劇を構想しました。数年後、ルーカスは友人の映画監督のカウフマンと構想を練り直し、実在の冒険家や考古学者について調べて主役のインディー・ジョーンズの人物像を設定しました。このときカウフマンが「契約の箱」の発見を冒険の目的とすることや「契約の箱」をめぐる主人公と旧ドイツ軍との対立を提案しました。2人は大まかな構想をまとめましたがカウフマンはクリント・イーストウッド監督・主演の映画「アウトロー」(1976年)の脚本を手がけており、ルーカス自身も「スターウォーズ」(1977年)の制作に取り掛かるため構想を棚上げしました。
ルーカスは「スター・ウォーズ」が試写で酷評されたため自信をすっかり失い、巨額の製作費をかけた映画が大失敗になることを悟って公開目にハワイの別荘に雲隠れしていました。このときルーカスが出会ったのがハワイで休暇を取っていたスピルバーグでした。ルーカスはスピルバーグに「スターウォーズ」と「未知との遭遇」の印税収入の2.5%を交換する提案をしスピルバーグはこれを了承しています。スピルバーグはルーカスに「007」のようなシリーズ映画を撮影したいと相談すると、ルーカスはカウフマンとの構想について話をしました。ハワイから戻ったルーカスはカウフマンと連絡を取り構想の映画化の話をしましたが、カウフマンが映画化に参加できないことからスピルバーグに正式に監督を依頼し、スピルバーグも正式に監督を引き受けたのです。
ルーカスとスピルバーグは物語を完成させるため脚本家のローレンス・カスダンを採用しました。カスダンはスピルバーグが満足する脚本を仕上げましたがあまりにも物語が長かったためルーカスとカスダンは物語を短縮しました。このときカットされたシーンは次作の「インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説」で採用されています。
こうして映画の骨子ができあがりましたが映画制作の資金が十分ではありませんでした。ルーカスは映画会社に声をかけましたがことごとく断られます。費用が莫大だったことに加え、映画「1941」の失敗でスピルバーグの評判が落ちていたからです。交渉のうえ資金提供に応じたのがパラマウント映画でした。
ルーカスはシリーズ映画に継続的参加できる無名の俳優をインディー・ジョーンズ役に採用したいと考えていました。候補として多くの俳優があげられましたがその中にはハリソン・フォードはいませんでした。最終的にトム・セレックが選ばれましたが「私立探偵マグナム」の撮影の契約のため出演することができませんでした。スピルバーグはスター・ウォーズのハン・ソロを演じたハリソン・フォードを見てインディー・ジョーンズ役に推薦しました。最初の候補の中にフォードの名前がなかったのはフォードが既に有名になっていたからです。またルーカスは自身の作品がフォードの人気に支えらていると言われることを避けるためフォードの登用には反対でしたが他に当てもなく時間切れとなり、フォードがインディー・ジョーンズ役となりました。
インディアナ・ジョーンズという名前は企画の段階ではインディー・スミスという名前でした。これはスティーヴ・マックィーンの映画「ネバダ・スミス」(1966年)を思い起こすとスピルバーグが指摘したことからジョーンズに変更されました。インディアナはルーカスの愛犬の名前です。
映画のタイトルの「レイダース」 は(不法な)侵入者を意味します。映画の内容からすると盗掘者のような感じでしょう。盗掘者はインディーか旧ドイツ軍なのか意見がわかれますが、レイダース(Raiders)がRaiderの複数形になっているので両方をさしているのではないかと思います。
「レイダース/失われたアーク」が日本で公開されたのは 1981年12月5日です。自分は映画館で見ましたが銀幕の大画面でとても迫力のある映像で冒険もハラハラ・ドキドキの連続でした。テンポ良く物語が進むのであっという間に終劇となりました。当時は映画館は入れ替えがなかったのでもう一度見なおしてストーリーを確認しました。
余談になりますがこの映画がきっかけになって冒険もののロールプレイングゲームが流行したように思います。T&E Softのハイドライドなどインディー・ジョーンズを彷彿させるようなBGMでした。
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