映画「プレデター」日本公開( 1987年6月28日)
「プレデター」はジョン・マクティアナン監督、アーノルド・シュワルツェネッガー主演の 1987年6月12日公開の米国のSFアクション映画です。日本では米国公開から約2週間後の1987年6月28日に公開されました。
「プレデター」の脚本は1985年にジム・トーマスとジョン・トーマスの兄弟によって「ハンター」という題名で書き上げられたものです。プレデターのデザインは映画「ターミネーター」「ターミネーター2」や「エイリアン2」で特殊メイクを担当したSFX技術者のスタン・ウィンストンが担当しました。
「プレデター」はその制作費1,500万ドルに対して興業収入は9,800万ドルで成功を収めましたが、当初は評論家の評価は賛否両論でした。自分もシュワルツェネッガー主演ということで見たのですが最初は何だかよくわからない不気味な映画という印象でした。当時はプレデターのような高度な技術がありならが人間を襲うような異星人の設定は斬新でもあり異質な存在で理解されにくかったからもしれません。
映画公開終了後、ビデオで見直したのですが、残忍に見える姿をしたプレデターと高度な技術のギャップ、そんな高度な異星人がなぜ人間を襲うのかという疑問、その背景にある捕食者でハンターを性とする生物などを理解していくうちに物語にも引き込まれるようになりました。そのうち気持ち悪いデザインが格好良く見えるようにもなりました。気が付いてみたらプレデターの方が主演のシュワルツェネッガーを凌ぐ人気で、映画の評価も高くなっていました。
ジムとジョンの兄弟が「ハンター」を執筆するきかっけはシルヴェスター・スターロン主演の「ロッキー4」公開後に流行った「この地球上にはロッキーと闘う相手はおらず次の対戦相手は異星人になるだろう」というジョークでした。兄弟はこのジョークをもとにロッキーを倒すことができるぐらいの強靱な異星人の物語を執筆したのです。「ハンター」の脚本は1985年に20世紀フォックスに採用されました。映画「コマンドー」を制作した映画プロデューサーのジョエル・シルバーがこの映画を制作することになり、監督には1986年公開のホラー映画「ノーマッズ」の脚本・監督を担当したジョン・マクティアナンが選ばれました。
先にも述べた通り「プレデター」と言えばそのデザインが印象的ですが、最初のスタン・ウィンストンのデザインは現在知られているプレデターとは異なる昆虫のような姿をしていました。デザインの変更にはプレデターを演じる役者の変更などもあったのですが、一番の特徴となる顎の部分のデザインは1986年の映画「エイリアン2」のジェームス・キャメロン監督の助言によるものです。
あるときウィンストンはフォックス・スタジオに向かう飛行機で偶然にキャメロン監督と一緒になりました。そのときウィンストンはプレデターのスケッチを描いていたそうですが、キャメロン監督がウィンストンにプレデターの下顎を節足動物のようにしてはどうかと助言したのですす。ウィンストンはキャメロン監督の提案を受け入れ、あのプレデターの特徴的な顔のデザインが生まれたのです。なおウィンストンをジョエル・シルバーに紹介したのはアーノルド・シュワルツェネッガーでした。
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