マクドナルド兄弟がマクドナルドを開業(1940年5月15日)
マクドナルドと言えば世界規模のハンバーガーのファーストフードチェーン店です。いまや世界中のほとんどの都市にマクドナルドが存在します。次の写真はイタリアのミラノのドゥオーモの広場とスカラ座を結ぶアーケード商店街ガレリアにあるマクドナルドです。建物と調和するようなデザインのロゴになっています。
リチャード・マクドナルドとモーリス・マクドナルドはファーストフードのマクドナルドの創業者でマクドナルド兄弟として知られています。マクドナルド兄弟は1940年5月15日にカリフォルニア州サンバーナーディーノでマクドナルドの原点となるレストランを開業しました。
この店でマクドナルド兄弟はバーベキューを中心とした料理を提供し店も繁盛していましたが、やがて利益のほとんどがハンバーガーによるものであることの気が付きました。1948年に店のメニューをハンバーガーを中心スとした飲み物やサイドメニューのみのシンプルなものとしました。また店の営業形態を当時20年以上に渡りファーストフード店を営業していたホワイト・キャッスルを参考にファーストフード店としスピーディーサービスシステムを導入しました。マクドナルドは繁盛しマクドナルドは店を新築さらに店舗数を増やしていきました。
1954年にプリンスキャッスルのミキサーやミルクセーキマシンの販売員だったレイ・クロックがマクドナルド兄弟が自社の製品を使用していることを知りマクドナルドを訪れました。マクドナルドの事業の成功を信じたクロックはマクドナルド兄弟に全米でフランチャイズ化を提案しましたが、マクドナルド兄弟は全米でのフランチャイズが成功するかどうか懐疑的でした。そこでクロックはマクドナルド兄弟が直接事業展開をしている地域を除いた場所でクロックの責任においてフランチャイズ展開することを提案しました。このときマクドナルド兄弟は自身の店が繁盛すれば全国的なフランチャイズには興味がないと考えマクドナルドの商標やフランチャイズ権をクロックに与えました。
クロックは1955年3月2日にマクドナルドコーポレーションを設立し、同年4月15日にイリノイ州に自身の店を開きました。この店はすぐに繁盛し、クロックはマクドナルドの出店を重ねていきました。そして1961年にマクドナルド兄弟からマクドナルドの事業と商標権を買い取りマクドナルドのオーナーとなりました。クロックは世界規模でのフランチャイズ展開を行い、マクドナルドはやが世界規模のハンバーガーのファーストフードチェーン店となりました。日本では1971年に東京・銀座にマクドナルド1号店がオープンています。
マクドナルドは英語で「McDonald’s」と表記されますが、これをマクドナルドと発音してもアメリカでは通じません。Mをマとメの間のように発音しDにアクセントを置き最後のsはやや控えめに「メクダーノズ」「メクダーノルズ」のように発音すると通じます。
最後にマクドナルド兄弟の店はどうなったでしょう。マクドナルド兄弟はクロックにマクドナルドというブランドを譲渡したため店名を「ビッグM」に改称しました。クロックは1号店の買収を申し入れましたがマクドナルド兄弟は断りました。クロックは「ビッグM」の近くにマクドナルドを出店しました。「ビッグM」の売上は減少しマクドナルド兄弟は店を閉めることになりました。
マクドナルド兄弟は経営から退いた後も同社の親善大使のような役割を果たしました。マクドナルドの特徴的なロゴは黄色いMの文字の形をした「ゴールデンアーチ」です。この「ゴールデンアーチ」はマクドナルド兄弟が自身の店に掲げていたものです。
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