映画「ブルース・リー 死亡遊戯」日本公開(1978年4月15日)
映画「死亡遊戯」(The Game of Death)はゴールデン・ハーベスト制作、ロバート・クローズ監督、ブルース・リー主演の1978年公開の香港映画です。
ブルース・リーは1972年「ドラゴンへの道」に続く自身の監督作品として「死亡的遊戯」の構想を重ね1972年秋に撮影を開始しました。「死亡的遊戯」の原案は主役の格闘家がある塔を登って行き各階にいる格闘家と対戦していくというものでしたがストーリーはできていませんでした。ブルース・リーは撮影を重ねながら台本を作成していたとされています。このときワーナー・ブラザーズ社からハリウッド映画「燃えよドラゴン」の企画が持ち上がり、ブルース・リーは「死亡的遊戯」の撮影を中断、1973年1月から「燃えよドラゴン」の撮影に入りました。
「燃えよドラゴン」は香港で1973年7月26日、米国で同年8月17日、日本で同年12月22日に公開されましたが、ブルース・リー自身は公開前の同年7月20日に32歳の若さでこの世を去りました。「死亡的遊戯」の台本は「燃えよドラゴン」の撮影終了後には完成していたと言われていますがその所在は不明となっています。
日本でブルース・リーの遺作となった「燃えよドラゴン」が人気になると過去のブルース・リー主演映画「ドラゴン危機一発」(制作1971年、日本公開1974年4月13日)、「ドラゴン怒りの鉄拳」(制作1972年、日本公開1974年7月20日)が公開、そして最後のブルース・リーとして「ドラゴンへの道」(制作1972年、日本公開1975年1月25日)が公開されました。これらの作品で主役のブルース・リーが「燃えよドラゴン」に比べて若々しかったのはブルース・リー自身が若くて元気だったからでしょう。
ブルース・リーとドラゴンシリーズは日本で大人気になりブロマイドやキャラクター商品など販売されましたが当のブルース・リーはこの世にいなかったのです。香港のカンフー映画、日本の倉田保昭さん主演の和製ドラゴンのテレビドラマ、Gメン'75香港空手シリーズ、志穂美悦子さんの女ドラゴンの映画などが人気となりました。ブルース・リーの人気は絶えることなく当時の映画雑誌「スクリーン」や「ロードショー」に写真が掲載されたり特集号が組まれました。
当時、自分はブルース・リーの映画はもうないだろうと思っていましたが、やがて映画雑誌で「死亡的遊戯」の残されたフィルムが話題になりどうやらブルース・リーの映画が制作されるらしいという記事を読みました。映画の題名は「死亡的遊戯」と紹介されていたように思いますが公開が近くになると「ブルース・リー死亡遊戯」となり「的」がなくなりました。
公開前にチケットショップで前売り券を買い、公開日は友人と数人で朝から映画館に行きました。当時は映画終了後に観客の入れ替えなどなかったので2回見ました。ブルース・リーにさらに魅了されてしまいました。映画館を出てチケットショップを再び訪れ余っていた前売り券を購入し次の週に同じメンバーで再び見に行きました。このときも2回見た記憶があります。
「死亡遊戯」の制作でブルース・リー本人が演じているのはラストシーンの映像だけです。「死亡遊戯」はこれに過去のブルース・リーの映像とブルース・リーの代役の映像を組み合わせて制作されました。最初はあまり気にせずに見ていましたが、ラストシーンになると映像の雰囲気がすっかり変わり、なんとも言えない緊張感が走ったことを良く覚えています。しかし、代役もそれなりにうまく演じていたので、どのシーンで誰が演じているのかわかったのは後年にビデオを入手したときです。どこで過去の映像が使われているのかなどを確認するため何度も見直しました。たとえば冒頭でスタイナーが鏡の中のリーの顔にナイフを仕込んだ杖を突きつけますが、あのシーンに使われているリーの顔は映像ではなくて写真をはめ込んでいます。
「死亡遊戯」は世界的にはそれほどヒットしませんでしたが日本では大ヒットしました。「燃えよドラゴン」公開時に小学生だった子どもたちは「死亡遊戯」の公開には中学生になっていました。「死亡遊戯」がブルース・リーファンの世代を若年層にまで広げたことは間違いありません。
【関連記事】映画「ブルース・リー 死亡遊戯」日本公開(1978年4月15日)
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