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2023年4月21日 (金)

映画「ローマの休日」が日本で公開(1954年4月21日)

 映画「ローマの休日」は1953年公開のアメリカ合衆国のウィリアム・ワイラー製作・監督、グレゴリー・ペックとオードリー・ヘプバーン主演の映画です。

 イタリアのローマを表敬訪問したオードリー・ヘップバーン演じる某国のアン王女。自由のない生活に嫌気をさしてある日の夜に宿泊先からローマ市内へと抜け出します。アン王女はグレゴリー・ペック演じる新聞記者ジョー・ブラッドレーに出会います。ジョーは出会った女性がアン王女であることを知ると王女のローマ市内観光をスクープしようと考えアン王女をローマ市内のトレヴィの泉や真実の口などの名所に連れ出します。アン王女は生まれて初めて自由な時間「ローマの休日」を過ごします。こうして2人の1日はあっという間に過ぎ去ります。 ジョンの手元にはアン王女を撮影したフィルムが残されていました。

真実の口(ローマの休日)
真実の口(ローマの休日)

 「ローマの休日」は1940年代に映画監督のフランク・キャプラが映画製作会社のリバティ・フィルム社での映画化のために小説家ダルトン・トランボと脚本家のイアン・マクレラン・ハンターに執筆を依頼した物語です。トランボが原案を作成しハンターと脚本を作成しました。

 1948年にパラマウント映画会社がリバティ・フィルム社を買収すると、キャプラ監督による「ローマの休日」の映画化が決まりました。しかし、パラマウント映画から提示された予算が少なかったためキャプラ監督は「ローマの休日」の映画化から手を引きました。これによって「ローマの休日」はお蔵入りとなりましたが、1951年にウィリアム・ワイラー監督がこの物語に興味を示し、ローマでロケをすることを条件にパラマウント映画で制作することになりました。

 キャブラ監督の企画ではアン王女と新聞記者ジョンの役にはエリザベス・テイラーとケーリー・グラントンが候補でした。ワイラー監督はアン役としてジーン・シモンズ、ジョン役としてグレゴリー・ペックに出演交渉しました。ジーン・シモンズとの交渉は決裂しましたが、グレゴリー・ペックとの交渉は何とか説得にこぎ着けました。グレゴリー・ペックという大スターを起用したことと予算の都合でアン王女役には無名の新人が選ばれることになりました。1951年の前半までに2人の有力候補が推薦されましたが、最終的には1951年6月に公開された映画「素晴らしき遺産」に煙草売りの娘として2シーンだけ登場したオードリー・ヘップバーンが注目されアン役に選ばれました。さっそくワイラー監督はヘップバーンのスクリーン・テストを行いました。ヘップバーンの自然で素朴な仕草が評価されアン役に抜擢されました。

 主役のペックはヘップバーンの可能性を高く評価し「ローマの休日」ではヘップバーンも主役としてクレジットすることを要求しました。結果としては「ローマの休日」はグレゴリー・ペックとオードリー・ヘップバーンの2人が主役の映画となりました。

 ジョーが「真実の口」に手を入れるシーンでは、ペックとワイラー監督はヘップバーンに事前に説明せず本当に腕が挟まって噛みちぎられたような演技をしました。そのことを知らなかったヘップバーンは素で驚いて叫び声をあげました。このようなヘップバーンの自然で素朴な演技が観客を魅了し、かくして新人だったオードーリー・ヘップバーンは「ローマの休日」の演技で1953年のアカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞したのです。

Vacaciones en Roma La Bocca Della Verità

 

ローマの休日(字幕版)1953年 Amazon Prime Video

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ローマの休日(字幕版)1953年 Amazon Prime Video

 

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