「星条旗」アメリカ合衆国の国家に制定(1931年3月3日)
アメリカ合衆国の独立宣言(建国日)は1776年7月4日。1783年9月3日にパリ条約で国家承認され、1865年4月9日に南北統一しました。
アメリカ合衆国の国歌は「星条旗」(The Star-Spangled Banner)ですが、この曲が建国当時からの国歌ではありませんでした。「星条旗」が国家として定められたのは1931年3月3日です。
1931年以前はアメリカ合衆国には法で定められた国歌はありませんでした。1831年にサミュエル・フランシス・スミスが作詞し、英国の国歌「女王陛下万歳」と同じ旋律で歌われた「マイ・カントリー・ティズ・オブ・ディー」(My Country, 'Tis of Thee)、別名アメリカ(America)が事実上の国歌として親しまれていました。
アメリカ合衆国 旧国歌(非公式 1831 - 1931)「マイ・カントリー・ティズ・オブ・ジー(My Country, 'Tis of Thee)」
1812年から1815年にかけて起こった米英戦争中の1814年9月、米国の詩人で弁護士のフランシス・スコット・キーは捕虜の交換釈放の交渉のため英国の軍艦に乗り込みました。英国は捕虜の解放に同意しましたが、軍艦がメリーランド州ボルティモアのマクヘンリー砦の攻撃を行う間、キーは軍艦に留め置かれました。マクヘンリー砦は軍艦から激しい砲撃を受けましたが、キーは夜明けの光の中で砦の上にそびえる星条旗と砦が死守されている様子を見て感動し「マクヘンリー砦の防衛」という詩をその場で書き留めました。その後、軍艦から解放されたキーは書き留めた詩を推敲(すいこう)した4節からなる詩を公開しました。
「マクヘンリー砦の防衛」は当時人気だった「天国のアナクレオンへ」の旋律に合わせてアレンジされ同年10月にボルティモアのホリデー・ストリート・シアター(Holliday Street Theatre)で発表されました。その後、この詩は「星条旗」(The Star-Spangled Banner)として出版されました。その後、「星条旗」は国民の間で親しまれるようになりました。
1929年から1933年3月4日まで第31代アメリカ合衆国大統領を務めたハーバート・フーヴァーが1931年3月3日に「星条旗」をアメリカ合衆国の国歌として正式採用する法律に署名しました「星条旗」がアメリカ合衆国の国歌として正式に採用された瞬間でした。
アメリカ合衆国 国歌「星条旗(The Star-Spangled Banner)」ロングバージョン
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